髣髴ほうふつ)” の例文
学者である以上、その態度は誠に立派なもので、ことごとく書を信ぜば書無きにかずといった孟子の雄々おおしさを髣髴ほうふつさせるのであります。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
奇怪にも曲馬団の交渉報告等に不必要な暗号電報で、しかも国際文書に髣髴ほうふつとした非常な長文電報である事を確かめた一事であった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この城山つづきを東山一帯に見做みなすことも決して無理ではない。無論、京都の規模には及ばないが、その情趣の髣髴ほうふつは無いではない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小ぢんまりした宮廷生活を髣髴ほうふつたらしめるものであろうし、また反面には、従えた召使バトラーの数に、彼等の病的な恐怖が窺えるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
よそに行っていて不図わが家の情景が髣髴ほうふつする、そんな鮮やかさで、西日を受け赤銅色に燃え立っているけやきの梢や校舎の白い正面。
雑沓 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その後、樗牛の墓というと、必ず自分の記憶には、この雨にぬれている菫の紫が四角な大理石といっしょに髣髴ほうふつされたものである。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かくの如く嘉靖または万暦の初年と康煕の初年との間、ほとんど百年乃至ないし百五十年のうちにも髣髴ほうふつとして如此かくのごときの音韻変化の迹がたどられる。
羽目はめには、天女——迦陵頻伽かりょうびんが髣髴ほうふつとして舞いつつ、かなでつつ浮出うきでている。影をうけたつかぬきの材は、鈴と草の花の玉の螺鈿らでんである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔しかめたりとも額にしわよせたりともかく印象を明瞭ならしめじ、事は同じけれど「眉あつめたる」の一語、美人髣髴ほうふつとして前にあり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その夜の情景は髣髴ほうふつと浮んで来たが、にぎやかな和気より、別のものがまず彼をおそって来た。あんまはしずかな口調で話題を変えた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
春章しゅんしょう写楽しゃらく豊国とよくには江戸盛時の演劇を眼前に髣髴ほうふつたらしめ、歌麿うたまろ栄之えいしは不夜城の歓楽に人をいざなひ、北斎ほくさい広重ひろしげは閑雅なる市中しちゅうの風景に遊ばしむ。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし、一重ながら同じふっくりと開く黄色い花は、紅の勝った紫色の花底を覗くまでもなく、友太にネリの畑を髣髴ほうふつさせたのであった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
消える印象の名残なごり——すべて人間の神秘を叙述すべき表現を数え尽してようやく髣髴ほうふつすべき霊妙な境界きょうがいを通過したとは無論考えなかった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牡丹の妖艶嬌冶きょうやの態は単に「美しき人」だけでは十分に現れない。「帯せぬ」の一語あって、はじめてこれを心裏に髣髴ほうふつし得るのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
市平の心には、昔の思い出が髣髴ほうふつとして湧きあがった。自分の生まれた土地の尊さが、彼の今の心には、不思議な力で神秘なものとされた。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼は到底現実の真佐子を得られない代償だいしょうとしてほとんど真佐子を髣髴ほうふつさせる美魚を創造したいという意慾がむしろ初めの覚悟に勝って来た。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼の目の前に、再び現実のそれよりはなお一層高き神秘なる美と権威とにおいて、長老と、モニカの結合体が髣髴ほうふつと現われた。
何か奇怪な幻影げんえいのようなものが頭の隅にこびりついていて、それが少しずつ髣髴ほうふつとよみがえって来、朝の光が次第に明るさを増すのにつれて
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
髣髴ほうふつとして意気な声や微妙な節廻しの上にあらわれて、吾心の底に潜む何かに触れて、何かが想い出されて、何とも言えぬ懐かしい心持になる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
以上いじやうで、敬愛けいあいする讀者どくしや諸君しよくん髣髴ほうふつとして、このてい構造かうざうそのおどろくべき戰鬪力せんとうりよくについて、ある想像さうざう腦裡こゝろえがかれたであらう。
がしかしそれも、脱ぎ棄てた宿屋の褞袍どてらがいつしか自分自身の身体をそのなかに髣髴ほうふつさせて来る作用とわずかもちがったことはないではないか。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それから、京極の宿所の釣殿つりどのや、鹿ヶ谷の山荘の泉石せんせきのたたずまいなどが、髣髴ほうふつとして思い出される。都会生活に対するあこがれが心をただらせる。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今の細君が大きい桃割ももわれに結って、このすぐ下の家に娘で居た時、かれはそのかすかな琴の髣髴ほうふつをだに得たいと思ってよくこの八幡の高台に登った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と斬りつけますと、パッと立ちます一団の陰火が、髣髴ほうふつとして生垣いけがきを越えて隣の諏訪部三十郎様のお屋敷へ落ちました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私は別項「漱石氏と私」中に掲げた漱石氏の手紙を点検している間に明治四十年の春漱石氏と京都で出会った時の事を昨日の如く目前に髣髴ほうふつした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この様子は、内地の昔を髣髴ほうふつさせるではないか。沖縄本島では聞得大君を君主と同格に見た史実がない。が、島々の旧記にはその痕跡が残っている。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そう言って、凝然じっとして見戍みまもっている児太郎は、しだいに、その眼底に髣髴ほうふつする焦燥をありありと燃え立てさせた。弥吉は、からだのすくみを感じた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
治外の法権れしはやや心安きに似たれど、今もかの水色眼鏡の顔見るごとに、髣髴ほうふつ墓中の人ので来たりてわれと良人おっとを争い、主婦の権力を争い
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
本田は仲々雄弁に、春泥の面影を髣髴ほうふつさせるのであった。そして、彼は最後に実に奇妙な事実を報告したのである。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
吶々とつとつということばには真実があって、むしろ、妹思いな兄と、兄思いな妹とが、髣髴ほうふつとして、眼を閉じて聞いている人々のまぶたに迫ってくるほどなのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人の動物と違うところは思想あるがためで、この思想なるものを養わない以上は、禽獣きんじゅう髣髴ほうふつたるものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しそれらを掴むのが不可能のことならば、公平な観察者鑑賞者となって、両極の持味を髣髴ほうふつして死のう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この時において御朱印船ごしゅいんせんなる貿易特許を得たるもの、西南洋に輻輳ふくそうするのみならず、到る所日本の植民なきはあらざりしは、今日においても、なお髣髴ほうふつとして
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
逆にこの画の芸術的価値にもとづいて古代への愛と空想とを刺戟され、この画を通じてこの画よりもさらに偉大な多くの画のあった時代を髣髴ほうふつし得るのである。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
図442は船上の我々の炉、図443は舟夫の二人が飯を食っている光景を髣髴ほうふつたらしめんとしたもの。
大異の家ではそこで大異を葬ったが、葬る時その柩の周囲に、大異の霊の髣髴ほうふつとしているのを感じた。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
親父の圓太郎が師匠の二代目三遊亭圓生の身振りうれしき芝居噺の画面の姿を髣髴ほうふつと目に躍らした。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
彼は今日きょう学校から帰って、ぐ浜へ遊びに行ったのですが、ふといつもの福浦岬の端の水天髣髴ほうふつとしているところに、白山の恐ろしい姿が薄青く浮んでいるのを見とめたので
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
わが邦の玄猪神に髣髴ほうふつたる穀精の信念が今も欧州に存しいるので、かかる獣形の穀精が進んでデメテルごとき人形の農神となった事、狐は老翁形の稲荷大明神となったに同じ。
こうやって書いているうちにも、あの男の姿は髣髴ほうふつとして眼の前にある。たけは並よりも低いくらいで、足早に背中をまるめて、うしろに廻した両手でステッキを持ちながら歩く。
幻滅 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
そこに、くさ草紙ぞうしの世界が現われ綿絵の姿が髣髴ほうふつとした。田之助たのすけが動き、秀佳しゅうかが語る——
何だかこう国民の精粋というようなものが髣髴ほうふつとしてイキな声や微妙の節廻しの上に現れて、わが心の底に潜む何かに触れて何かが想い出されて何ともいえぬなつかしい心持になる。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そうして、それはやはり日本の化け物のようでもあるが、その中のあるものたとえば「古椿ふるつばき」や「雪女」や「離魂病」の絵にはどこかに西欧の妖精ようせいらしい面影が髣髴ほうふつと浮かんでいる。
ノアノパリの絶壁ぜっぺき上に立ち、世界で三番目に強いと言われる風速何十メエトルかの突風とっぷう、顔をたえずたたかれ上衣うわぎをしょっちゅうくられているような烈風を受けつつ、眺めた景色は髣髴ほうふつ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
このときの消息はウォルムスにおけるルーテルの行動をわれわれに髣髴ほうふつせしめる。
モコウの指さすほうを望み見ると、水天髣髴ほうふつのあいだに一点の小さな白点がある。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あまり上手でない、それだけかえって厳粛感を与える、その聞きなれたラッパの音は、応召者を先頭に立てて町内の人たちが神社へ参拝に行く、その行列の姿を髣髴ほうふつとさせるのである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
私が念仏するのではまだ本当の念仏とは申されません。「しかれば名号が名号を聞くなり」とも同じ上人は申されました。こう思いみて、土瓶絵の性質が髣髴ほうふつと浮ぶように感じられます。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
徳川末期趣味を髣髴ほうふつとさせているが、その趣味だけに停滞しないで、愛慾心理を追窮ついきゅうしているところに作者自身が意識するしないに関わらず、シリアスな感じが読者の心に伝わるのである。
武州公秘話:02 跋 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
入道の宮の十三絃の技は現今第一であると思うのは、はなやかにきれいな音で、聞く者の心も朗らかになって、弾き手の美しさも目に髣髴ほうふつと描かれる点などが非常な名手と思われる点である。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)