くず)” の例文
国中に内乱の起った場合で取りくずす人夫も無く其のまま主人を見殺し、イヤ聞き殺しにした、けれど真逆まさかそうとも発表が出来ぬから
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
稲荷町へ行き着いてみると、富蔵の家は半焼けのままでくずれ落ちて、せるような白い煙りは狭い露路の奥にうずまいてみなぎっていた。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ一呑ひとのみ屏風倒びょうぶだおしくずれんずるすさまじさに、剛気ごうき船子ふなこ啊呀あなやと驚き、かいなの力を失うひまに、へさきはくるりと波にひかれて、船はあやうかたぶきぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二百米近く下った所から両側に崩岩のくずれを押し下した薄ぺらな鎌尾根と変って、縦走の意外に困難なるべきを偲ばせるものがある。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
頭もくずれて来たし、だるい体も次第にむしばまれて行くようであった。酒、女、莨、放肆ほうしな生活、それらのせいとばかりも思えなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
親ゆずりである繻珍しゅちんの丸帯をひろげてくずれた模様の上に泣き伏した。それでも思いかえして、裏の井戸に行き清水にすすいでみた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして、これらのものは、ときにじっと眼をとめていると、絶え間なしに磨り減り、くずれ朽ちてゆくのが、見えるようであった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
方々がくずれて、谷底へと揺落してしまう、そうしてその分身が、水陸両棲の爬行はこう動物のように、岩を蜿ねり、谷に下って、見えなくなる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
横川よりゆくての方は、山のくずれおちて全く軌道をうずめたるあり、橋のおちたるありて、車かよわずといえば、わらじはきていず。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は、飛行帽の中で、厚い唇をペラペラ舐めずると、さも嬉しそうに、醜い顔をにたにたとくずしながら、倦かず葉子の淫らな姿に見入るのだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
老人はこんなことを言いながらやっとこさと腰をあげ、すこしくずれて時おり隣の灯の漏れてくる壁の処へ行って顔をぴったりつけて好奇ものずきに覗いて見た。
牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「そうか、」と立ちながら足をたたいてくずれるように笑った。「かった、宜かった、最少もすこし遅れようもんなら復た怒られる処だった。さあ、来給え、」
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
おのがいおの壁のくずれかかれるをつくろはす来つる男のこまめやかなる者にて、このわたりはさておけよかめりとおのがいふところどころをもゆるしなう
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
もしあなたがたがそれを見たらば、魂は消え、息は止まり、総身そうみは海綿のように骨なしになって、からだの奥までぐずぐずにくずれてしまうことでしょう。
あの気持のわるい位くずれたところは、病院生活でいくらか単純化されている。やっぱり鼻の頭にしわをよせて、ピカント〔鋭い、刺激的〕な笑いかたをする。
ぼろぼろにくずれて、戸をあけて内へ入ると、一種嫌な臭気がプーンと鼻をつく、それゆえ以前まえに居た人なども、物置にでもつかったものらしい形跡がある、こんな風に
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
それがさらにくずれて、現に妻として夫を持っている者にも、巫女の資格は認められていたと見える。
最古日本の女性生活の根柢 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
いわゆる仁義をって覇業を成すの徒が現れるので、世の降り俗のくずるると共に、王道は益々湮没いんぼつして明らかならざる事久しきを致した。けれども天道はついに善にくみする。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
やがてミシミシという音響を発して真ン中の部分がまずくずれ始め、続いて、緑色りょくしょくの鉄と、煙を吐きつつある石炭と、真鍮製附属品と、車輪と木片と長腰掛とが、奈落の底をめがけて
かくのごとき美風も、西洋思想が流入してから漸くくずれた。またあるものは、時勢に恵まれて美食し、残りを蓄えるであろう。あるものはこれに反して職を失い、暮らしに泣くであろう。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
赤くけた樹の肌であった。高さは七八十メートルもあるかと思われたが、枝はそぎ落したように千切ちぎれ、頂き付近に僅か残る葉も白くくずれた色であった。宇治はほっと肩を落してふり返った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
根津を抜けて帰るつもりであったが頻繁に襲って来る余震で煉瓦壁のくずれかかったのがあらたに倒れたりするのを見て低湿地の街路は危険だと思ったから谷中三崎町やなかみさきちょうから団子坂へ向かった。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは夏の燃えるような暑い時であった。その村にしゅうという家の庭園があって、へいくずれ家は破れて、ただ一つのあずまやのみが残っていたが、涼しいので村の人達がたくさんそこへ泊りにいった。
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
主家おもやつづきに牛舎があり、中庭を隔てて、一層古びてくずれかけた茅舎かややの穀物納屋もあった。その間の庭の突き当りに細丸太の木柵があり、その外は野菜畑やクローバーの原っぱになっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
其痛みをこらえて我生血いきちに指を染め其上にて字を書くとは一通りの事にあらず、充分に顔を蹙め充分にそうくずさん、それのみか名を書くからには
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
切明けはあるが若木が足に絡まって大に困難した。午後一時半に岩が露出して甲州方面に赭い砂の滝をくずれ落している処に着いて一休みする。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一個の武士を葬った墓は、雨叩きになってもくずれても誰も苦情は云うまい。身分の尊い人々の建てられた石碑は、粗末にしては甚だ恐れ多い。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その浴衣ゆかたは所々引き裂け、帯は半ばほどけてはぎあらわし、高島田は面影をとどめぬまでに打ちくずれたり。こはこれ、盗難にえりし滝の白糸が姿なり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
枯れくずれ、——積みあげ積み重ねた数えきれないほどの春夏秋冬が、踏めば沈むような低位泥炭土をつくっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
磯谷との間が破れて以来、お銀の心持は、ともするとくずれかかろうとしていた。笹村はすさんだお銀の心持を、優しい愛情で慰めるような男ではなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
泰山前にくずるるともビクともしない大西郷だいさいごうどんさえも評判に釣込まれてワザワザ見物に来て、おおいに感服して「万国一覧」という大字の扁額をふるってくれた。
朝から頸をかしげさせていた空模様が、一時にくずれて、大粒の雨が、無気味な風を含んで、ぽたりぽたり落ちて来たかと思うと、もう篠つくような豪雨に変っていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
老人はこんなことを云いながらやっとこさと腰をあげ、すこしくずれて時おり隣のれて来る壁の破れの見える処へ往って顔をぴったりつけて好奇ものずきのぞいて見た。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それ自らの重力に堪えがたいように、尖端が傾斜して、くずれ落ちた大岩石を谷底までぶちまけている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
の淡き地におなじいろの濃きから草織出したる長椅子に、姫は水いろぎぬの裳のけだかきおほひだの、舞の後ながらつゆくずれぬを、身をひねりて横ざまに折りて腰掛け
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
くずれた荒い線で、ここに一人の瘠せて小さいまるむき女性が乱暴に描かれて居り、二つの眼のこりかたまった大さと、腕のつけねや腹の下のくまがそれぞれ体に不似合な猛然さで誇張されている
日々の映り (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
最早もう家はないのだが、くずれて今にもたおれそうな便所が一つ残っている、それにうまく孟宗竹もうそうちくの太いのが、その屋根からぬっきり突貫つきぬけて出ているので、そのめに、それがたおれないで立っているのだ
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
塀ばかりは昔のままのが大方はくずれながらなほ残つて居るが、その内を見ると家はなくて竹藪が物凄きまで生ひ茂つて居る処もあり、あるいは畑になつて茄子なす玉蜀黍とうもろこしなどつくつてある傍に柿の木が四
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
此頃は其金にてトローンの近辺へ不評判なる酒店を開業し倉子は日夜酒に沈溺せる有様なれば一時美しかりし其綺倆きりょうも今はくずれて見る影なし
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
お冬の胸に燃えていた恋の火は、灰となってもうくずれてしまったのかも知れない。彼女は過去の楽しい恋の記憶については、何も話そうとしなかった。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
草も碌々生えていない山腹をえると、赭茶化た破片岩の石滝が個々の稜角を尖らして、互に噛み合いながら底なしの池ノ谷を目懸けてくずれ落ちている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
どうかするとはなりの強いその気象と同じに、とても征服しきれない肉塊に対してでもいるような気がしていたが、それもだんだんくずされそうになって来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは、くずれた家臣団に忍びよった何かのささやきであったかも知れぬ。高倉の環境は、自分でものを考えるようになったときには実際に既に喪われていたのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「イヤ、実に面白い作で、真に奇想天来です。」と美妙も心から喜ぶように満面笑いくずれて
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
くずるる潮の黒髪を洗うたびに、顔の色が、しだいに蒼白そうはくにあせて、いまかえって雲を破った朝日の光に、濡蓑は、さっ朱鷺色ときいろに薄く燃えながら——昨日きのう坊さんを払ったように
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
周囲から白い尖波が、爪立つやうに小刻みに擦り寄つて、二三尺の高さの、小さい夕立となつて、水柱がザアと音して、くずれ落ちる、その中を蹴立てる船の姿は、沙漠を走る駝鳥のやうで
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
ともにくずれゆくものとしての挨拶でなくてなんであろう。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
電信柱にり掛かってしばらく休んでいたかと思ううちに、急にぐたぐたとくずれるように倒れてしまったんです。
ゆず湯 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
急傾斜の上に霜柱がくずれて滑るために、邪魔はないがやはり時間はかかる。わずかに三百米足らずの登りに五十五分を費し、一時三十五分皇海山の西峰に達した。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
成るほど身体の中の第一に位する首と云う大切の権衡つりあいがなくなったのだから全体がくずれるのは当然だ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)