贔負ひいき)” の例文
「日本よりあたまなかの方がひろいでせう」と云つた。「とらはれちや駄目だ。いくら日本の為めを思つたつて贔負ひいきの引き倒しになる許りだ」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかしかえって内敵をこそ怖れてよい。内敵というのは、贔負ひいきをしながら、民藝を浅く甘く受取っている人たちを指すのである。
改めて民藝について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
... 贔負ひいきにしているかは、」と云いかけて食卓の顔ぶれを見廻し「みんな異口同音でしょうよ。先生お一人だけではありませんよ。」
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
旦那様がじっと奥様の横顔を御眺めなさるときは、もう何もかも忘れて御了いなすって、芝居好が贔負ひいき役者に見惚みとれるような目付をなさいます。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今になってそんな事を言うのは満の贔負ひいきばかりしてお代を見捨てるおつもりですか。東京の怪しい女をれさせて満の嫁にするつもりですか。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
去る四五年にて同じく三十一にて死す二人は骨折損にして皆な頼朝にシテやられぬ氣の毒至極の事共なり我が贔負ひいき役者を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
私も中学に居る頃から其が面白くて、政党では自由党が大の贔負ひいきであったから、自由党の名士が遊説ゆうぜいに来れば、必ず其演説を聴きに行ったものだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
新内しんない若辰わかたつが大の贔負ひいきで、若辰の出る席へは千里を遠しとせず通い、寄宿舎の淋しい徒然つれづれにはさびのある声で若辰のふしころがして喝采かっさいを買ったもんだそうだ。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いや、権六の言葉も冗談だとは言い切れぬぞ、——というのはお嬢さまが下郎をひどく贔負ひいきにしているのだ。
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昼の方が興行的に断然優勢を示していたのは矢張り大菩薩峠の贔負ひいきが相当力をなしていたものと思われる。
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
爾来じらい三年、清水君と大谷君は僕の親友だ。僕の為めに二人が結びついた形もある。僕は二人の関係から団さんの夫婦にも特別贔負ひいきになっている。まことに親切な人達だ。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
酔ったわよ。あたし、ばかね。どうして、こんなに、男を贔負ひいきするんだろ。男を、弱いと思うの。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
枕許に心細く籠洋燈かごランプが消え残っていた。——自棄やけで、その晩、何としてもうちへ帰れないまゝ、平生ふだん贔負ひいきにしてくれる浅草の待合へころがりこんでしまった奴である……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
さうして自分は暗々裏に小さい蟻の贔負ひいきをした。その贔負のうちにはただの贔負でない切実なものがあつたこと無論である。そのうち段々くらくなつて来て夕飯になつた。
三年 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
どうか盛んに批評をやって御貰おもらい申したいと思うのである。それがなければとても善い政治は出ない。団十郎でも菊五郎でも、贔負ひいきがあってやあやあ言うと力は百倍する。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
たちまち桟敷さじきの上からもアーチの上からも拍手と口笛が湧き起こり、おのおの贔負ひいきとする仕止師マタドールの名を呼びかけるその声々、円戯場アレエヌの壁もために崩れ落つるかと思わるるばかり。
惚れた弱味や惚れない強味、先入主や後入主、自惚うぬぼれや贔負ひいき目、身の可愛さや子の可愛さなぞいう物質的や精神的な条件が、底も知れぬ位入れまじって淀みつ流れつしております。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「今日も昨日も一昨日おとついも、もうかれこれ十日余りも、お邸方へ参上致し、さまざまご贔負ひいきにあずかりましたが、この布ばかりは買っていただけず、一巻ひとまきだけ残りましてございます」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唐人の阿魔なんぞにれられやあがって、このあいの子め、手前てめえなんだとか、だとかいうけれどな、南京なんきんに惚れられたもんだから、それで支那の介抱をしたり、贔負ひいきをしたりして
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長吉は我が門前に産声うぶごゑを揚げしものと大和尚だいおしよう夫婦が贔負ひいきもあり、同じ学校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元来愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなきあはれさ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
菊池三渓を贔負ひいきにしている。僕は裔一に借りて、晴雪楼詩鈔ししょうを読む。本朝虞初新誌ほんちょうぐしょしんしを読む。それから三渓のものが出るからというので、僕も浅草へ行って、花月新誌を買って来て読む。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
巌山利きこと刀の如しというような実際とは全く相反している記事さえも捏造して、故に名づくというなどととぼけても、文字の上の戯れか又は贔負ひいきの引倒しに過ぎぬというものである。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それから自然と相客の贔負ひいき贔負が有るから、右方贔負の人々をば右方へ揃え、左方贔負の人々を左方へ揃えて坐らせる仕方もあれば、これを左右錯綜さくそうさせて坐らせる坐らせ方も有る訳で
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
はっきりこっちの心持を判らして金で買って呉れるようなご贔負ひいき筋に仕替えるか、それともきっぱり断るか、こっちも惚れさせられてしまえば歴とした女房にするか、そのどのみちか一つを取り
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし単に夫を贔負ひいきにしてくれるという事が、何でその人を妻の前に談話の題目としてはばかられるのだろう。お延は解らなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岡さまはその当時から贔負ひいきにしていたが、主人の仲造が死んだあと、料理茶屋のほうが女手ではやりいいだろうと云って、金を出して呉れたのだそうである。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母の方は自分の身内だけに向うへ贔負ひいきをするかも知れんが東京へ来てあの天女てんにょごときお登和嬢を
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
どうして、こんなに、男を贔負ひいきするんだろ。男を、弱いと思ふの。あたし、できることなら、からだを百にして千にしてたくさんの男のひとを、かばつてやりたいとさへ思ふわ。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「中学校には贔負ひいきってことがありません。お父さんが校長をしている学校とは違います」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
唐人とうじん阿魔あまなんぞにれられやあがつて、このあいめ、手前てめえ、何だとか、だとかいふけれどな、南京なんきんに惚れられたもんだから、それで支那の介抱をしたり、贔負ひいきをしたりして
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私がそれじゃ不可いけないと言うと、そこで何時でも言合でサ……家内が、父さんは繁の贔負ひいきばかりしている、一体父さんは甘いから不可、だから皆な言うことを聞かなくなっちまうんだ
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その御隠居さま寸白すばくのお起りなされてお苦しみの有しに、夜をとほしてお腰をもみたれば、前垂でも買へとて下された、それや、これや、おうちかたけれど他処よそよりのお方が贔負ひいきになされて
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何処の女中でも、自分の付添うておる者には贔負ひいきが勝ちますもので……
梅岡うめおか何某なにがしと呼ばれし中国浪人のきりゝとして男らしきにちぎりを込め、浅からぬ中となりしよりよその恋をば贔負ひいきにする客もなく、線香の煙り絶々たえだえになるにつけても、よしやわざくれ身は朝顔のと短き命
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
姿色きりょうは少し劣る代り、遊芸は一通り出来て、それでいて、おとなしく、愛想あいそがよくて、お政に云わせれば、如才の無いで、お勢に云わせれば、旧弊なむすめ、お勢は大嫌だいきらい、母親が贔負ひいきにするだけに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其の楽屋に出入りしているうち同じ贔負ひいきの国太郎と知り合い
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
贔負ひいきなだけにしゃくさわる。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
まあそんな贔負ひいきがあるから独仙もあれで立ち行くんだね。第一八木と云う名からして、よく出来てるよ。あのひげが君全く山羊やぎだからね。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人間の感覚器官のうち視聴の二覚ほど天邪鬼あまのじゃくな唯物論的な無拘束な自由主義者はない、例えば眼のことにしても、芝居などで贔負ひいき役者のぎっくりきまる表情を見ようとするときとか
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その御隱居ごいんきよさま寸白すばくのおおこりなされておくるしみのありしに、とほしておこしをもみたれば、前垂まへだれでもへとてくだされた、それや、これや、おうちかたけれど他處よそよりのおかた贔負ひいきになされて
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
尚お校長の子だから特別に贔負ひいきされているというひがみもあった。先生が教室で
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それほど斯の女は柿田を贔負ひいきにして居た。
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「もしそうでないとしたら、……おれに対する同情のため? おれを贔負ひいきにし過ぎるため?」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「しかし手の出しようがない。新聞を見て、相撲の贔負ひいきをするような関係だ」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私の父といふは三つのとしえんから落て片足あやしき風になりたれば人中に立まじるも嫌やとて居職いしよくかざり金物かなものをこしらへましたれど、気位たかくて人愛じんあいのなければ贔負ひいきにしてくれる人もなく
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
わたしちゝといふは三つのとしゑんからおち片足かたあしあやしきふうになりたれば人中ひとなかたちまじるもやとて居職いしよくかざり金物かなものをこしらへましたれど、氣位きぐらいたかくて人愛じんあいのなければ贔負ひいきにしてくれるひともなく
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それゆえ作物から当然得べき感情が作家に及ぼして、しまいには justice という事がなくなって贔負ひいきというものができる。芸人にはこの贔負が特にはなはだしい。相撲すもうなんかそれです。
おはなし (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「自分の家内が侮辱されているのに、余所よその奥さんの贔負ひいきをなすって」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それゆえ当然作物からのみ得られべき感情が作家に及ぼして、しまいには justice という事がなくなって、贔負ひいきというものが出来る。芸人にはこの贔負が特に甚だしい。相撲すもうなんかそれです。
無題 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ロシヤの贔負ひいきをする奴は露探だ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)