おとづ)” の例文
しかし、ローウッドの不自由、といふよりも寧ろ苦難くるしみは、だん/\少なくなつて來た。春が近づいたのだ。事實、春はもうおとづれてゐた。
貫一も彼のあるじもこの家に公然の出入でいりはばかる身なれば、玄関わきなる格子口こうしぐちよりおとづるるを常とせり。彼は戸口に立寄りけるに、鰐淵の履物はきものは在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
わが今引ける汝のことば、新しき道を傳ふる者とその調しらべを同じうせしかば、彼等をおとづるることわが習ひとなり 七九—八一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
讀者諸君にして若しレイクランヅの地をおとづれられたならば、この物語についてもつと聞かれるところがあらう。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
せめて嵯峨の奧にありと聞く瀧口が庵室におとづれて我が誠の心を打明うちあかさばやと、さかしくも思ひさだめつ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
此夜彼が「梅子、相変らずの勉強か」と、いともやはらかに我女わがこの書斎をおとづれしもれが為めなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
弔礼てうれいのために、香川家かがはけおとづれたものが、うけつけのつくゑも、つばかり、応接おうせつやまをなすなかから、其処そことほされた親類縁者しんるゐえんじや、それ/″\、また他方面たはうめんきやくは、大方おほかた別室べつしつであらう。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大久保おほくぼ出発前しゆつぱつぜんよりも一そうあせつてゐたが、おとづれたのは、やはり竹村たけむらであつた。かれはロンドン仕立じたて脊広せびろこんでゐただけで、一ねんまへかれすこしもかはつたところはなかつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼等かれらあるものさらよるねむりにまへ戸口とぐちちか蚊帳かやすそにくるまつてはひそか雨戸あまどそとおとづるゝをとこたうとさへするのである。をとこ雨戸あまどけてしのときつきてさへ躊躇ちうちよせぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
判事はあの欝陶うつたうしい部屋で、あの気色きしよく悪い人間の死をおとづれることを避ける為には、少くない金をもをしまなかつた。婚礼と新築祝ならいつでも行くんだけれど、俺は病人や葬式は真平だ。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
をぢは母上のみまかり給ひしを聞き、又人の我に盾銀二十をおくりしを聞き、母上の追悼くやみよりは、かの金の發落なりゆきのこゝろづかひのために、こゝにはおとづれ來ぬるなり。をぢは聲振り立てゝいふやう。
眼に映るすべては、秋のおとづれ速かな北國の寂しい朝の姿であつた。港を包む遠近をちこちの山の頂には冷たい色の雲が流れて、その暗い陰影に劃られた山山の襞には憂欝と冷酷の色が深く刻まれてあつた。
修道院の秋 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
さびのある聲が少し落着きを失つて、また平次の戸口をおとづれました。
お道は半ば夢中で、まだ若かつた春の頃、情人に臥床をおとづれられた折のやうな風をして、何かなしに扉の錠前を開けると、轉げ込むやうにして入つて來たのは、大きな黒い塊のやうな太政官であつた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼女は、はじめておとづれる北風の街をせつなく心に描いた……。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
鷹師たかしのもとにおとづれて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
やうやく私におとづれて來たのだとばかり思つて、それを取りに行つてみると、何でもないブリッグス氏からの事務に關した手紙であつた。
山遠く谷深ければ、入りにし跡をふ人とてあらざれば、松風ならで世に友もなき庵室に、夜に入りておとづれし其人を誰れと思ひきや、小松の三位中將維盛卿にて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
が、興行こうぎやうをり桟敷さじきまた従兄弟いとこ住居すまゐで、かほはせれば、ものをはす、時々とき/″\ふほどでもないが、ともに田端たばたいへおとづれたこともあつて、人目ひとめくよりはしたしかつた……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
多分彼女等は尊敬すべきその肉親と共に馬車でおとづれ、彼が取締りと事務を處理したり、洗濯婦に質問したり、監督者に説教したりしてゐる間中
如何いか女性によしやう、我れに在りし時は、御所ごしよる人あるを知りし事ありしが、我が知れる其人は我れを知らざる筈なり、されば今宵こよひ我れをおとづれ給へる御身は、我が知れる横笛にてはよもあらじ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
……極暑ごくしよみぎりても咽喉のどかわきさうな鹽辛蜻蛉しほからとんぼ炎天えんてん屋根瓦やねがはらにこびりついたのさへ、さはるとあつまど敷居しきゐ頬杖ほゝづゑしてながめるほど、にはのないいへには、どの蜻蛉とんぼおとづれることすくないのに——よくたな
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)