見下みくだ)” の例文
が、こんな時、一座を冷然と見下みくだすように座っているのは良沢だった。彼は、みんなが発するような愚問は、決して発しなかった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それはどうも自分を見下みくだしている微笑のように思われて、その見下されるのが自分の当然受くべき罰のように思われたからである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
『愚僧の申す事が疑わしければ、あの采女柳うねめやなぎの前にある高札こうさつを読まれたがよろしゅうござろう。』と、見下みくだすように答えました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは道のために熱中する至純な心を裏から言ったものであるが、それによって横柄な俗物を高い所から見下みくだしたことにもなる。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
やはり自分は田舎侍であったという正直なである。しかし相手がそれを見下みくだしているような倨傲きょごうでないことは十分にわかっていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
健三はまた自分を認めない細君を忌々いまいましく感じた。一刻な彼は遠慮なく彼女を眼下に見下みくだす態度を公けにしてはばからなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士は水つぽい吸物すひものすゝりながら、江戸つ子に附物つきものの、東京以外の土地は巴里パリーだらうが、天国だらうが、みんな田舎だと見下みくだしたやうな調子で
智力思想の活溌高尚なることは王侯貴人きにん眼下がんか見下みくだすと云う気位きぐらいで、ただ六かしければ面白い、苦中有楽くちゅううらく苦即楽くそくらくう境遇であったと思われる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それは鷹雄といふ若者が、話にも聞いてゐたがそれ以上の文学者流の神経質で、「俗物」のわたしを見下みくだしてゐるのを、この眼で見知つたことだつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
こうして総てを眼下に見下みくだして、自分だけ慢心してしまいました。たった一人で、俺は人間以上のものだと威張り腐って生きているようになりました。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ステパンはこれまで自分の羨んでゐる人々を眼下に見下みくだすやうな、高い地位に身を置いたのである。併しステパンが僧になつた動機はこればかりではない。
それを此様こんな読方をして、難有ありがたがって、たまたま之を読まぬ者を何程どれほど劣等の人間かのように見下みくだし、得意になって語る友も友なら、其を聴いて敬服する私も私だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「いやいやまんざらそうでもあるまい。飯田の南条右近というは小野派一刀流では使い手だそうだ。その方の三男とあって見れば見下みくだすことは出来ないではないか」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さん豺狼さいろう麋鹿びろくおそれ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威をたくましうして、自ら金眸きんぼう大王と名乗り、数多あまた獣類けものを眼下に見下みくだして、一山万獣ばんじゅうの君とはなりけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
阿諛あゆ諂佞てんねいに取卷かれ、人を見下みくだしてばかり來た貫兵衞は、自分の世帶になつて、世の中に正面から打つかつた時、初めて、自分の才能、容貌ようばう魅力みりよく——等に對する
捨てぬ春琴のような娘が代々の家来筋に当る佐助を低く見下みくだしたことは想像以上であったであろう。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もっとも、モンセーニュール一門の優秀な人種だけは常にその例外で、その連中は、彼の妻もその中に含めて、最も高慢な侮蔑の念をもって彼を見下みくだしていたのである。
しかるに三友の容貌は少しもやわらがないのみか、かえって傲然ごうぜんとして彼を見下みくだすその態度に
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
いま零落れいらく高見たかみ見下みくだして全體ぜんたい意氣地いくぢさすぎるとひしとかこくおもふはこゝろがらなり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「どう、白状したら……、でも、いい醜態ざまじゃないの。自分がさんざん、罪科つみとがもない人たちを、見下みくだしていたんだからね。その台の下へ、いまに御自分が立つんでしょうからねえ」
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
アユノカゼに東風の二字をてたものが有名であるので、多くの国語辞典にはこの語を東風と註し、それを他の方角の風とするものを方言と見下みくだすらしいが、この漢字の使用こそは
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかるに、上役うわやくは、冷然れいぜんとして、皮肉ひにくつきで、そのおとこ見下みくだして、命令めいれいします。この場合ばあい、だれがいても無理むりおもわれるようなことでも、おとこは、服従ふくじゅうしなければなりませんでした。
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
いばりやでぼうで、世界一大金持のようにおもい上がって、ほかの商人たちのなかまを見下みくだしながら、侯爵こうしゃくとか伯爵はくしゃくとか貴族きぞくのやしきによばれて、ぶとう会やお茶の会のなかまになることを
高楼にのぼせて、道庵先生の古屋敷を眼下に見下みくださせながら、そこでお化粧をさせたり、なまめかしい振舞ふるまいをさせたり、鼻をかんだ紙を投げさせてみたり、どっと声を上げて笑わせたりなどしていました。
こう云って二人の侍は、女のような木樵きこりと三匹の犬とをさも莫迦ばかにしたように見下みくだしながら、途を急いで行ってしまいました。
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
京都の市民を見下みくだすということ、或は礼拝堂の上に住屋を重ねるのは日本の風でないということ、などであった。
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
中津人は俗物であるとおもって、骨肉こつにく従兄弟いとこに対してさえ、心の中には何となくこれ目下めした見下みくだして居て、夫等それらの者のすることは一切とがめもせぬ、多勢たぜい無勢ぶぜい
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
けれどもそれは彼の胸に来る痛さで、彼の頭にこたえる痛さではなかった。彼の頭はこの露骨な打撃の前に冷然として相手を見下みくだしていた。細君は微笑した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
足かけ三年にわたる籠城に、さすが気節を以て、上方武者は浮華軽薄ふかけいはくのものと、一概に見下みくだしていた中国の将士も、いまは見るかげもない姿を持ち合って
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやに名優づらをして、人の舞台を見下みくだすやうな笑ひ方をしやがる。一度おもさま油を取つてやらなくつちや。」
その上、彼の心の一隅には、日頃一座に対して高飛車な、見下みくだしたような態度を取っている良沢が大切な企てにもれることを、いい見せしめだと思う心が、かすかではあるが動いていた。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ソレで私は中津なかつに居て上流士族から蔑視べっしされて居ながら、私の身分以下の藩士は勿論もちろん、町人百姓にむかっても、仮初かりそめにも横風おうふうに構えてその人々を目下に見下みくだして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
下手へたには見下みくだせぬやつだ。気軽なようで底が知れぬし、大雑把おおざっぱなようで、ひとみづかいは鋭くて細かい)
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春雨の欄に出て、連翹れんぎょうの花もろともに古い庭を見下みくだされた事は、とくの昔に知っている。今更引合ひきあいに出されても驚ろきはしない。しかし二階からもとなると剣呑けんのんだ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
敗軍の将が、勝利の使者を、城下に見下みくだして、物を問うも異なものである。——ここでは主君の意を申すわけに相成らん。それがしを城内へ迎え、正当の礼をられたい
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のちに人の説明を聞いて始めて知ったのだが、このだだっ広い応接間は、実は舞踏室で、それを見下みくだしている手摺付の二階は、楽隊の楽を奏する所にできているのだそうだ。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この納所にも、ただの日蓮坊主ではないような骨ぐみがある、武蔵を見下みくだして意見するのである。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども時々は、つい年長者のおごる心から、親しみの強い彼を眼下がんか見下みくだして、浅薄と心付こころづきながら、その場限りの無意味にもったいをつけた訓戒などを与える折も無いではなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と女は、そんな大身の所へ用があって行くという伊織の小さな身なりを、見下みくだしてまた笑った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
師が老いてゆくと、善鬼はその師を見下みくだして、一刀流は自己の独創であるように誇称した。一刀斎は、善鬼の剣が、磨かれて行くほど、社会に害があって、益のない成行きをながめ
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は一切働かずに天下を見下みくだし、父の名を時々振廻しておりさえすれば
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小次郎は、傲岸ごうがんな微笑を含んでその人々を見下みくだしながら
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ざまを見ろ」と、降伏者を見下みくだすように、誇りきった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)