あで)” の例文
旧字:
すると、その門や、あたりの様とは、余りにもふさわしくないあでやかな絵日傘が、門の蔭から、牡丹ぼたんの咲くように、ぱちんと開いた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なゝめに振り上げて、亂れかゝる鬢の毛を、キリキリと噛んだ女の顏は、そのまゝ歌舞伎芝居かぶきしばゐの舞臺にせり上げたいほどのあでやかさでした。
二人はさっきから一面の明るい日を浴びて、からだが少しだるくなるほどに肉も血も温まって来た。二人の若い顔はあでやかに赤くのぼせた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この山とこの池とは二重に反対した暗示をった容貌かたちを上下に向け合っている、春の雪が解けて、池に小波立つときだけあでやかに莞爾にっこりする
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そこへいくとこの文楽師匠は赤でなし、青でなし、巧緻に両者を混ぜ合わせた菖蒲あやめ鳶尾いちはつ草、杜若かきつばた——クッキリとあでに美しい紫といえよう。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
黄金色わうごんいろ金盞花きんせんくわ、男の夢にかよつてこれとちぎ魑魅すだまのものすごあでやかさ、これはまた惑星わくせいにもみえる、或は悲しい「夢」の愁の髮に燃える火。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
優しいジーナは、あのあでやかな眼に涙ぐんで、凜々りりしいスパセニアは、涼しい瞳に一杯涙を溜めて、さぞびっくりして喜んでくれるでしょう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
漁師の娘なぞというさえ勿体もったいない。女王と云った方がずっとよく似合っているこの美しさ、気高さ、優しさ。まあ、何というあでやかさであろう。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
昨日狩野氏の門前では何の色艶もないように思われた春雨が、今朝はまた漱石氏と私とを包んで細かくあでやかに降り注ぎつつあるように思われた。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それからもう一人、あのあでやかな御新造が追蒐おっかけて来るにきまっている、そこでまた面白い一仕事があるんでございます
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人々の顔かたちも見慣れた村の風景も濛つとした黄昏時の乳色の中に舞ひ出した彼女の姿は、まことに寒村居酒屋の娘とは享けとれぬあでやかさであつた。
武者窓日記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
にぎやかな竜宮劇場の客席で聞けば、赤星ジュリアの歌うこの歌も、薔薇ばらの花のようにあでやかに響くこの歌詞ではあったけれど、ここは場所が場所だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
またそこに昔のあでな美しい空気が深くたたまれてはいるけれどもわざとじみにしているそのつくりの中に何となく年を取ったさびしさがのぞかれて見えた。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
を隔てた座敷に、あでやかな影が気勢けはいに映って、香水のかおりは、つとはしりもとにも薫った。が、寂寞ひっそりしていた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しきい外の畳廊下に、ほっそりとしなやかな手を突いて、あでやかな鬘下地かつらしたじの白く匂うくびすじを見せた雪之丞、真赤な下着の襟がのぞくのが、限りもなくなまめかしかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あでやかな愛嬌に溢れている夫人の顔を、それ以上見るのが恥かしく、青年はまた視線をそらした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まるで、人形のような端正たんせいさと、牡鹿めじかのような溌刺はつらつさで、現実世界にこんな造り物のような、あでやかに綺麗きれいな女のひとも住むものかと、ぼくは呆然ぼうぜん、口をあけて見ていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
二つが一々主峯の影を濃くひたして空もろ共に凝っている。けれども秋のように冷かではない。見よ、眄視べんし、流目の間にあでやかな煙霞えんかの気が長い睫毛まつげを連ねて人ににおいかかることを。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なだらかに通った高い鼻、軽くとざされた唇がやや受け口に見えるのがおとなしやかにもあでやかである。水のように澄んだ切れ長の眼が濃い睫毛に蔽われたさまは森に隠された湖水とも云えよう。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「しかし、世にもあでやかなる娘じゃわい。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
斜めに振り上げて、乱れかかるびんの毛を、キリキリと噛んだ女の顔は、そのまま歌舞伎芝居の舞台にせり上げたいほどのあでやかさでした。
婆やの返辞がしたが、ふと、縁先に取り込んである、一抱え程な干衣ほしものを見ると、中に、あでやかな女着物おんなものが一枚、まぎれこんでいた。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女たちがまた手伝って、衣桁いこうにかけてあるあでやかなお振袖を取って、お蝶のすくんでいる肩に着せかけた。錦のように厚い帯をしめさせた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
哀愁をたたえられた沈思のまなざしと薄小麦色に蒼白さを交えた深みのある肌膚きめあでやかさとは、到底自分らの筆をもっては表わすこともできないと書いていました
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いったん尼の姿をしていたお君は、ここへ来ては、やはりあでやかな髪の毛を片はずしに結うて、綸子りんずの着物を着ていました。兵馬は刀をとってその前に坐り
もともとあでな人形遣いであるというのが、同じ寒さに風邪をひくにしても、厳冬の寒さよりは春さきの寒さにひいたという方が、その艶な心持によくそうのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
見ているうちにあまり美しくあでやかで、何だかこの世の人間とは思われぬようになりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
あのあでやかな雪之丞が、真白な肉体をき出しにされて、むちで打たれ、なわで絞め上げられているありさまを想像すると、その光景がまざまざと目に浮かんで来て、一種異様な
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「モチ、あたしだったら、もっと凄くなっちゃう。」と、あでやかな笑顔をしてみせた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
竜宮劇場の舞台からあでやかな赤星ジュリアの歌を聴いているような気持で、あの悲鳴入りの口笛を聴き過ごすことはできない。吸血鬼の歌を口笛に吹いた奴が、あの殺人者に違いあるまい。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銀杏返いてふがへしに結つた髪、黒の紋附の縮緬ちりめんの羽織、新しい吾妻あづま下駄、年は取つてもまだ何処かに昔の美しさとあでやかさとが残つてゐて、それがあたりの荒廃した物象の中にはつきりと際立きはだつて見えた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
まだ、充分に若くも美しくもあるお品、後家とも見えないあでやかさが橋の上の人足をよどませて、平次をすっかりハラハラさせるのでした。
堂をめぐって、幕舎は幾つもあるが、そこの一つの蔭には、あでに粧った子づれの女性と、平服の侍が一人その側にひかえていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小姓に持たせていた太刀を引き取って、秀吉はわが眼の前にたたずむ怪しい上﨟を睨みつめていると、かれもそのあでやかな顔色を見るみる変えた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その市街の列なった丘陵に向っては、方十数マイルにもわたるなだらかな大傾斜スロープが脚下遥かに展開して、眼も醒めんばかり若草萌ゆる大草原に、繚乱花の咲き乱れたあでやかさ!
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と、そんな風に、すっかり感心してしまったのが、運のつきとでも云おうか、その晩以来、寝ても醒めても、どうしても忘れられないのが、雪之丞のあですがたとなってしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
はなやかな声、あでやかな姿、今までの孤独な淋しいかれの生活に、何等の対照! 産褥から出たばかりの細君を助けて、靴下を編む、襟巻えりまきを編む、着物を縫う、子供を遊ばせるという生々した態度
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
舞台姿とはまた違うあでな装いに脂粉しふんの香をきこぼしながら、ツツウと幟竿のぼりざおの下へ歩いて来て、雷横の顔をさも憎しげにめすえていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その表情のあでやかさや、目鼻立の美しさの外に、此の人形だけには何んかしら、生命の通うものでなければ持って居ない温かさと、冴えとがあるのです。
京の町の四つ辻で、あかあかと照らす秋の月の下に、歴々の家の娘御とも見えるあでやかなおとめと、気違いか乞食かとも見える異国の眇目の男とが向かい合って語っている。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
絵にいたようにあでやかな男女一対の木乃伊であったろうか! ギョッとして飛び退いたも道理! まるで昨日にでも死んだかのように水々しい薔薇ばら色の皮膚と潤いを見せて
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あでやかな声がする。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
若い殊にあでやかな白拍子の姉妹きょうだいに、自由にもてあそばれている間、彼の血は、生れて初めて知る大きな動悸どうきに音を立てていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妹のお徳はあだっぽい作為的な品で、ちょいと見は綺麗にもあでやかにも映りますが、こう並べると、玉にきざんだ女神と、泥焼のお狐様ほどの違いがあります。
そうして、ひとりのあでやかな上臈じょうろうの立ち姿がまぼろしのように浮き出て来た。柳の五つぎぬにくれないの袴をはいて、唐衣からごろもをかさねた彼女の姿は、見おぼえのある玉藻であった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
妹とよく似た面差おもざしはしていますが、これは妹と違って細面の、あでやかなひとみ……愛らしい口許くちもと……たかい鼻……やっぱりふさふさとした金髪を、耳の後方うしろで付けて、せいも妹よりは
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「わからない! ……」と、あでやかに、かぶりを振って「わかりませんわ、わたしなどには、殿御のほんとのお心は」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
場所柄らしくないあでやかな聲がして、お勝手がクワツと明る/\なりました、二十歳前後と見える成熟しきつた美しい娘が、外から不意に入つて來たのです。
「関白の殿のおん身内、才学は世にかくれのない御仁ごじん……。桜さくらの仇めいてあでなるなかに、梨の花のように白う清げに見ゆるおん方……。もうその上は申されぬ。お察し下さりませ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちょうどその時刻ヴィルプール駐劄ちゅうさつの英国駐在官レジデントサー・ロバートソン・ジャルディンきょうは、国王に拝謁はいえつして退庁しようとしてたまたま王女のあでやかなお姿を、開け放したドアの向うに垣間見た。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)