耳朶みみたぶ)” の例文
金色の髪は、耳朶みみたぶを掠めて頬を流れ、丸い玉のような肩に崩れ落ちた。それを左の手でそっとき、また右の手でゆっくりと梳いた。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頭髪を無雑作に掻き上げて、耳朶みみたぶが頭部と四十五度以上も離れていて、その上端が、まるで峻烈な性格そのもののように尖っている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「人格」、「大事にする」、「当り前」、こんな言葉がそれからそれへとそこに佇立たたずんでいる彼女の耳朶みみたぶたたきに来るだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ああ、うつくしい白い指、結立ゆいたての品のいい円髷まるまげの、なさけらしい柔順すなおたぼ耳朶みみたぶかけて、雪なすうなじが優しく清らかに俯向うつむいたのです。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして北の方はたゞうなずくか、たまに一と言か二た言、老人の耳のはたへ口を寄せて、唇が耳朶みみたぶへ触れるくらいにして云うのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
杉の後ろから出てきて、ギュッと自分の耳朶みみたぶをつねっていた。例の探索癖たんさくぐせで、それからそれへの幻想が暗示を描いてやまないのである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと同時に、耳朶みみたぶがやけに熱くなるのを感じた。——さうだ、あの人だわ……子供のくせに、あたしにあんな変なこと云つたのは……。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ひげの跡青く、受け口にて、前歯二本欠け落ちたり。右耳朶みみたぶ小豆あずき粒ほどの黒子ほくろあり。言葉は中国なまり。声小にして、至って穏やかなり——
もっとこっちへ来るとよい。春の風だ。こんな工合いに、耳朶みみたぶをちょろちょろとくすぐりながら通るのは、南風の特徴である。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
今はからの丼や小皿をも片づけ終り、今日一日の仕事もやっとしまったという風で、耳朶みみたぶにはさんだ巻煙草まきたばこの吸さしを取って火をつけながら
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
無理に大きく引伸ばした耳朶みみたぶに黒光りのする椰子殼製の輪をぶら下げ、首から肩・胸へかけて波状のいれずみをした・純然たるトラック風俗である。
雪よりも白いえりの美くしさ。ぽうッとしかも白粉しろこを吹いたような耳朶みみたぶの愛らしさ。匂うがごとき揉上もみあげは充血あかくなッた頬に乱れかかッている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
黒に近い葡萄色の軽装で両手を高くまくり上げ、薄紅い厚ぼったい耳朶みみたぶには金の耳環みみわを繊細に、ちらちらとふるえさしていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
金三は良平の、耳朶みみたぶつかんだ。が、まだ仕合せと引張らない内に、怖い顔をした惣吉の母は楽々らくらくとその手をぎ離した。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、彼の耳朶みみたぶのうしろに貼りつけてある顕微検音器が、低くぶーんと呻りだして、秘密電波が、彼の無電機から流れだしたことを知らせた。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あんなあかほっぺたをして」と節子も屋外の空気に刺激されて耳朶みみたぶまで紅くして帰って来たような子供の方を見て言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
薄々聴いた噂では十兵衛も耳朶みみたぶの一ツや半分られても恨まれぬはず、随分清吉の軽躁行為おっちょこちょいもちょいとおかしないい洒落か知れぬ、ハハハ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
由子は、流石に、一寸顔をあからめて、横を向いた。その赤らんだ耳朶みみたぶにかかった二三本の遅れがかすかにふるえていた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私は毛布を頭から被って耳朶みみたぶの熱するのを我慢して早く風をなおそうと思って枕や、寝衣ねまきがびっしょり湿れる程汗を取った。これで明日は癒りそうだ。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
呑気のんきなことを言っている。お絃は、おかんを引き上げた指先を、熱かったのだろう、あわてて耳へ持って行って、貝細工かいざいくのような耳朶みみたぶをつまみながら
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その顔の両脇に在る赤い薄っペラな耳朶みみたぶをズッと上の方へ動かしたので、私は又、思わずゾッとして眼を伏せた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
見る見る、錦子の耳朶みみたぶが、葉鶏頭はげいとうのような鮮紅あかさの色になって、からだをギュッと縮め、いよいよ俯向うつむいてしまった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お島は耳朶みみたぶまで紅くなった。若い男などをっているみだらな年取った女のずうずうしさを、蔑視さげすまずにはいられなかったが、やっぱりその事が気にかかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
顴骨かんこつも出ていない。下顎したあごにも癖がない。その幅のある瓜実顔うりざねがおの両側に大きな耳朶みみたぶが少し位置高く開いている。
九代目団十郎の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
康おじさんはみんなが耳朶みみたぶを引立てているのを見て、おおいに得意になって瘤のかたまりがハチ切れそうな声を出した。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
おきみは急に深く首を下げましたが、彼の頸元から耳朶みみたぶへかけて日の出のさしたようにあかくなっていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
耳朶みみたぶ生毛うぶげが光っていて、唇が花のように薄紅く濡れている。啓吉とは似ても似つかない程、母親に似て愛らしかった。——貞子は、小奇麗な自動車を止めた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その左手に短刀で人の耳朶みみたぶを切落したところがかいてある。その短刀の絵具が半ばげてゐる。この図は
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
耳朶みみたぶの小さく可愛らしいのが、日にいて、うすら紅い何とも言われぬ美くしさを見せているのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
耳朶みみたぶは大きく凍傷のために脹れ上り、頬は赤くかじかんでいた。そして手足が氷のように冷え切った。
田原氏の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それは、直吉の髪の毛や耳朶みみたぶを、自由に掴むことが出来たからである。しかも幸いなことには、直吉の髪の毛は相当長かった。彼は早速髪の毛をむしることにした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
医者は入院患者に対して先づ鼻汁と耳朶みみたぶの血液を採る、成程そこにも一ぴきくらゐはゐるかもしれん、がほんとは骨の中にゐるんだ、骨の中には癩菌が巣を造つてゐる
間木老人 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
そいつは右の耳から始まって、恐ろしい裂け目をなして左の方へずっとのび、——両方の耳朶みみたぶにつけてある短い耳環は、絶えずその口の中へぴょんぴょんと跳びこんでいる。
綱手は、周章てて、少し、耳朶みみたぶを赤くしながら、ちらっと、益満を見て、すぐに眼を伏せた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
フォーシュルヴァンは左手の中指で耳朶みみたぶをかいた。非常に困まったことを示す動作だった。
まずはじめに私の国のやり方によって誓い、次にこの国のやり方で誓わされたのですが、それは右の足先を左手で持ち、右手の中指を頭の上に、拇指おやゆびを右の耳朶みみたぶにおくのでした。
えり首や、びんのかげにふっくらと——動くたびにちらついて見える桜色の耳朶みみたぶなどを見おろして、彼はちょっとの間その返事を待った。若い人妻はむせび泣くように見えるのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
米友はその声を聞くと、その声の起った自分の耳朶みみたぶきむしって地団駄じだんだを踏みました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
越前屋の主人の口から静かに吐き出す温かい息がやわらかに耳朶みみたぶでるように触れるごとに、それが彼女自身の温かい口から洩れてくる優しい柔かい息のように感じられて、身体が
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
年齢よりもけていて、気の毒なほど頭の頂が禿げ、眼が落ちくぼみ、ほおがこけ、太いり返った鼻ががり、知恵のありそうな口つきをし、耳朶みみたぶのこわれた無格好な耳をしていて
それは即座に耳朶みみたぶをつかむので、耳は常に冷かであるから、苦痛を軽くする。
大変ものやわらかに、品のいいような快さを感じるとともに、年に似合わない単純さに、罪のない愛情を感じて、尨毛むくげだらけの耳朶みみたぶを眺めながら自ずと微笑ほほえまれるような心持になるのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
返事もせずに俯頭うつむいてゐる。派手な新しい浴衣の肩がしよんぼりとして云ひ知らず淋しく見ゆる。まだ幾分酒のせゐが殘つてゐると見えて、襟足のあたりから耳朶みみたぶなどほんのりと染つてゐる。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
茶を運んできた此家このやの美しい奥様は、耳朶みみたぶを染めながら嬉気に頬笑んだ。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
ルパンは絶大の恥辱でも受けた時の様に耳朶みみたぶまで真赤まっかになるのを覚えた。ルパンは一語も発しなかった。やがてビクトワールは仕事に出て行った。彼はその日終日室内に籠もって沈思黙考した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
聞きなれない、面倒な熟語が、釘ッ切れのように百姓の耳朶みみたぶを打った。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
まづその鼻の色はすみれの色をしてゐます。それに目玉はあゐ、耳朶みみたぶはうす青、前足はみどり、胴体はきい、うしろ足は橙色オレンヂで、尾は赤です。ですから、ちやうど、にじのやうに七色をしたふしぎな猫でした。
虹猫の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
部屋に陰鬱な乱雑がねくたれていて悪どい空気がじっとりいている中だのに、麻油は悠々と煙草をつけ厚ぼったい空気の澱みへ耳朶みみたぶを押しつけるようにしてうつらうつらと頬杖を突いていたのだが
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
椅子を動かす音が雑然と彼の耳朶みみたぶを打ってきた。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
ういういしい百姓の娘の、耳朶みみたぶのような花だ。
馬鈴薯の花 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)