破屋あばらや)” の例文
窓からは線路に沿った家々の内部なかが見えた。破屋あばらやというのではないが、とりわけて見ようというような立派な家では勿論もちろんなかった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
縁側もない破屋あばらやの、横に長いのを二室ふたまにした、古びゆがんだ柱の根に、よわい七十路ななそじに余る一人のおうな、糸をつて車をぶう/\、しずかにぶう/\。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それは丸太まるたんで出来できた、やっと雨露うろしのぐだけの、きわめてざっとした破屋あばらやで、ひろさはたたみならば二十じょうけるくらいでございましょう。
この破屋あばらやに花のようなお嬢さんたちだの、いかめしい八字髭などが大勢目白押ししてるので、おやおや、と、吃驚びっくりしてしまう。
天気の時には二時ごろに家を出かけて、しばしば破屋あばらやに立ち寄ったりしながら、徒歩で田舎いなかやまたは町の方へ散歩した。
翁は我手のさきに接吻し、我衣の裾に接吻していふやう。かしこなるは我破屋あばらやなり。されど鴨居かもゐのいと低くて君が如き貴人を入らしむべきならぬを奈何せん。
下碑げじょが是非御来臨おいでなされというに盗まれべき者なき破屋あばらやの気楽さ、其儘そのまま亀屋かめやへ行けば吉兵衛待兼顔まちかねがおに挨拶して奥の一間へ導き、さて珠運しゅうん様、あなたの逗留とうりゅうも既に長い事
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
両親ぐらゐにひもじい思はきつとせませんから、破屋あばらやでも可いから親子三人一所に暮して、人に後指をさされず、罪も作らず、うらみも受けずに、清く暮したいぢやありませんか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
赤毛布が消える。小僧が消える。主人と茶と煙草盆が消えて、破屋あばらやまでも消えた時、こくりとねむりめた。気がつくと頭が胸の上へ落ちている。はっと思って、もちやげるとはなはだ重い。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし今彼は破産してしまって、郊外の破屋あばらやに棲んでゐるのであった。女房も丁稚もゐなかった。なにくそ、大丈夫だ、この家が顛覆するなら、してみろと彼はおびえながら闇の中で力み返った。
難船 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
習ひもおさぬ徒歩かちの旅に、知らぬ山川をる/″\彷徨さまよひ給ふさへあるに、玉のふすま、錦のとこひまもる風も厭はれし昔にひき換へて、露にも堪へぬかゝる破屋あばらやに一夜の宿を願ひ給ふ御可憐いとしさよ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
いつも住む人がなく、「貸し間」という札が常にはりつけられていたその五十・五十二番地の破屋あばらやには、その頃珍しくも、大勢の人が住んでいた。
「さあ、タヌ君、えらいことになった。これではとても角力すもうにはなるまい。なにしろ、灯台と破屋あばらやほども違う」
お殿様が御微行おしのびで、こんな破屋あばらやへ、と吃驚びっくりしましたのに、「何にもらない。南画のいわのようなカステーラや、べんべらものの羊羹なんか切んなさるなよ。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新聞懐中して止むるをきかずたって畳ざわりあらく、なれ破屋あばらや駈戻かけもどりぬるが、優然として長閑のどかたて風流仏ふうりゅうぶつ見るよりいかりも収り、何はさておき色合程よく仮に塗上ぬりあげ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こんな破屋あばらやでも泊る事が出来るんだったと、始めて意識したよりも、すべての家と云うものが元来がんらい泊るために建ててあるんだなと、ようやく気がついたくらい、泊る事は予期していなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貧しい木立ちに破屋あばらやや小屋が建ち並んだそのわずかの土地は、彼にとっては尊いそしてじゅうぶんなものであった。
たがひに——おたがひ失禮しつれいだけれど、破屋あばらや天井てんじやうてくるねずみは、しのぶにしろ、れるにしろ、おとひきずつてまはるのであるが、こゝのは——つて後脚あとあし歩行あるくらしい。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わら屋根がくずれ落ち、立ち腐れになったようなひどい破屋あばらやだった。柱だけになった門を入って行くと、雨戸の隙間から、チラリと灯影ほかげが見える。涙が出るほど嬉しかった。
やぶも一つの足場であり、壁の一角も肩墻けんしょうである。よるべき一軒の破屋あばらやがないためにも、一個連隊が遁走とんそうする。
拓を背にし、お雪をうなじに縋らせて、滝太郎はおもてらずくだん洞穴ほらあなを差して渡ったが、縁を下りる時、破屋あばらやは左右に傾いた。行くことわずかにして、水は既に肩を浸した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しのびで、裏町の軒へ寄ると、破屋あばらやを包む霧寒く、松韻颯々さつさつとして、白衣びゃくえの巫女が口ずさんだ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が住んでいた下町にはただ一つの学校しかなくて、それもこわれかけたひどい破屋あばらやだった。で彼は二つの学校を建てた、一つは女の子のために、一つは男の子のために。
今日なお、ジュナップにはいる数分前の所、道の右側にある煉瓦れんが破屋あばらやの古い破風はふに、その霰弾の連発の跡が刻まれてるのが見られる。プロシア軍はジュナップに突入した。
軽くあえいで、それを上ると、小高い皿地の中窪みに、垣も、折戸もない、破屋あばらやが一軒あった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
相州さうしう逗子づしすまつたときあきもややたけたころあめはなかつたが、あれじみたかぜ夜中よなかに、破屋あばらや二階にかいのすぐその欄干らんかんおもところで、けた禪坊主ぜんばうずのやうに、哃喝どうかつをくはしたが、おもはず
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
フランス軍は一時礼拝堂を占領したが、また追い払われて、それに火を放った。炎はその破屋あばらやを満たし、溶炉ようろの様を呈した。とびらは焼け、床板は焼けた。しかし木造のキリストは焼けなかった。
これがむかし母親の住んだうちではないかと心の迷うのも慕わしさのあまり、しばらく住んでいた、破屋あばらやいたく古いのにつけても、もしやそれかと、梓はあたかも幻というものをいて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その破屋あばらやに住んでいた人々のうちで最もみじめなのは、四人の一家族だった。父と母ともうかなり大きなふたりの娘とで、前に述べておいたあの屋根部屋の一つに、四人いっしょになって住んでいた。
塵芥ごみうまった溝へ、引傾いて落込んだ——これを境にして軒隣りは、中にも見すぼらしい破屋あばらやで、すすのふさふさと下った真黒まっくろ潜戸くぐりどの上の壁に、何の禁厭まじないやら、上に春野山、と書いて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっとも、下職したじょくも三人入り、破屋あばらやも金銀の地金に、輝いて世に出ました。
この破屋あばらやへ、ついぞない、何しに来たろう——
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)