“あばらや”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
破屋24.2%
茅屋24.2%
荒屋17.6%
廃屋12.1%
破家9.9%
荒家3.3%
廢屋1.1%
敗屋1.1%
粗屋1.1%
茅家1.1%
茅廬1.1%
茅舎1.1%
荒破屋1.1%
阿婆良也1.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
縁側もない破屋(あばらや)の、横に長いのを二室(ふたま)にした、古び曲(ゆが)んだ柱の根に、齢(よわい)七十路(ななそじ)に余る一人の媼(おうな)、糸を繰(く)つて車をぶう/\、静(しずか)にぶう/\。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そしてまた(結婚式は、安東村の、あの、乞食小屋見たような茅屋(あばらや)で挙げろ)でしょう。貴下はまるッきり私たちと考えが反対(あべこべ)だわ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とある小山の麓に僅かに倒れ殘つた荒屋(あばらや)が即ちそれで、茅葺(かやぶき)の屋根は剥がれ、壁は壞(こは)れて、普通の住宅(すみか)であつたのを無理に教場らしく間に合せたため
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
誰一人訪ふものもないその廃屋(あばらや)の扉を、ひよつこり敲いて来たある昔馴染の客と、こんな言葉を取交してゐるのは、南禺集の著者、明の豊南禺その人であつた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
その濁流の中を泳いで行くめあては、今しも中流を流れ行く一軒の破家(あばらや)の屋根のあたりであるらしく見えます。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この荒家(あばらや)に来ず、行かず、住まずだったら
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
小舍(こや)、廢屋(あばらや)のかたかげに
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
引かるゝまゝに、いぶせき巷(こうぢ)を縫ひ行きて、遂にとある敗屋(あばらや)の前に出でしとき、僕は星根裏の小き窓に燈(ともしび)の影の微かなるを指ざしたり。
その小屋というのも大分壊れた粗屋(あばらや)で壁の代りに立て廻した亜鉛板などが倒れている場所もある。しかしこの辺は沖から吹き付(つけ)る北風が烈しいと見えて、家が稍々(やや)南に傾いていた。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
フト立留まって、この茅家(あばらや)を覗(なが)めた夫人が、何と思ったか、主税と入違いに小戻りして、洋傘(ひがさ)を袖の下へ横(よこた)えると、惜げもなく、髪で、件(くだん)の暖簾を分けて、隣の紺屋の店前(みせさき)へ顔を入れた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「わたしは貧しいから、立派な邸宅のないのを慚(は)じます。ただ茅廬(あばらや)があります。しばらく一緒に匿(かく)れようではありませんか。」
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
私の、上新田の茅舎(あばらや)は、利根の河原へ百歩のところにある。朝夕、枕頭に瀬音の訪れを聞くのは、子供の時からの慣わしである。利根川なくして、私の人生はないようなものだ。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
荒破屋(あばらや)同然の二階。裸電気の下で、母と私ははだかになって涼む。燈火の賑やかな上り列車が走って行く。羨(うらや)ましい。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これだけでは不安心だが、アバラケは亭を阿婆良也(あばらや)と訓(よ)むごとく荒れ寥(すさ)んだ義で毛なしと近く、ほとんど相通ずる意味の詞であろう。