いや)” の例文
私は、愛やゆるしやいやしや労働やのキリスト教的徳を尊ぶ心は深くなるばかりです。けれどそれだけではキリスト信者ではありません。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼は堪りかねて、さりげなくルバシュカに近寄つて行き、彼の吐き出すバットの煙を鼻の穴を膨らまして吸ひ取つては渇をいやした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
いや、金花はこの瞬間、彼女の体に起つた奇蹟が、一夜の中に跡方もなく、悪性を極めた楊梅瘡やうばいさういやした事に気づいたのであつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
またエッキス線で照らして皮膚や血液の病をいやす事も往々あるが、しかしこの線のために癌腫がんしゅを生じた例があるから注意を要するとの事。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
此の時河内介に取っては、父の膝下しっかへ戻るうれしさもさることながら、桔梗ききょうかたとの別離の悲しみも当分はいやし難い痛手いたでであった。
それでは、魂はいやされ得るが運命はいかんともし難いということは、果たして真実なのか。不治の宿命! 恐るべきことである。
だが、黙々として心をむしばむ憂愁は彼女の魂のなかにはいりこんでしまっていて、何ものもそれをいやすことはできなかった。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
彼はガリラヤの町々村々を巡回して、福音を宣べ伝え、多くの病をいやした。多くの群衆が彼の跡を追うて、彼のいやしにあずかろうとした。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
頭脳の疲れをいやし、新しい勇気を盛り返したばかりでなく、うっかり遊び過したりすると、「こうしていては、ベートーヴェンにすまない」
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
われ人共に、何をもってしてもいやし難い無限に続く人生の哀音なるものが僕の弛緩しかんした精神のよろいの合せ目から浸み込むためか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
汝のいやしゝわが魂が汝のこゝろにかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわがうちまもれ。 八八—九〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
心にまかせざること二ツ三ツあれば、怨みもし憂ひもするは人の常なるが、心あつげなるこの花に対ひて願はくは憂ひを忘れ愁ひをいやさんかな。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
人間に慰藉なぐさめを給はる父よ。精霊よ。願くはわたくしの此胸にお宿下やどりください。そしてあらゆる罪悪をおいやし下さつて、わたくしの霊をお救下さい。
いま天下の大乱は、重病者の気脈のごとく、万民の窮状は、瀕死の者の気息にも似ている。これを医しいやさんに、なんで短兵急にまいろうか。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ故医者がその智慧と技術とを傾けて、人々をいやそうとする如く、吾々もまた美しさの性質を出来るだけ健全なものに育てねばなりません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
れた町々の屋根はわずかに白い。雪は彼女の足許あしもとへも来て溶けた。この快感は、湯気で蒸された眼ばかりでなく、彼女の肌膚はだかわきをもいやした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「…………、こんどが初めてじゃないんだ。何度もあったもんだよ。——それに君ァ病気じゃないか、落ちついてそれからまずいやしたまえ……」
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
病の故に人が厭わば、その病をいやしたる医者が証人に立つのは当然の事ではないか。汝これを拒むからには、この者の病は未だ癒えざるは必定。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
恋を失った心の痛みを毎日毎晩の喧嘩でいやしていた彼は、この後どうしてその痛みを鎮めるか。それを思うと、彼はさびしかった。悲しかった。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫人がこのときの風采ふうさいは、罪あるものを救うべく、めるものをいやすべく、雲にしてかえる神々しい姿であった。廊下を出ると、風が冷い。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分で飲みつぶし、使いつぶした身代は、また観念もするが、他から侵入され、征服されて、つぶされる運命はしゃくだ。いやし難い無念だ、残念だ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
又そういう自分の心が何物によってもいやされないということが幼い私にも予覚せられていたのだったけれど、ただそうやっていつまでもむずかり
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
傷手いたでが新女御の宮でいやされたともいえないであろうが、自然に昔は昔として忘れられていくようになり、帝にまた楽しい御生活がかえってきた。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私は彼女に向って、すべてをいやす「時」の流れに従ってくだれと云った。彼女はもしそうしたらこの大切な記憶がしだいにげて行くだろうと嘆いた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「憎しみに何よりも強くうち勝つものは暴力ではないの——危害をほんたうに確かにいやすものは復讐ではないのよ。」
夫人は、前川氏を意地悪く、真綿で首をめるようないじめ方をして、つまり精神的にサジズムによって、その不満をいやしているような傾向があった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「心安い多くの婦人から奪われた大事の物の紛失はいやすにすべなきを見てやむをえず、勝者の愍憐びんれんを乞いに来ました」
うるわしい前面。生活は実質的よりもいっそう外見的であった。その下には、あらゆる国の上流社会に共通である、いやすべからざる軽佻けいちょうさが潜んでいた。
休茶屋で、ラムネにかわいた咽喉のどいきる体をいやしつつ、帰路についたのは、日がもう大分かげりかけてからであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから、吉原へ行こうという友人の発議に、僕もむしゃくしゃ腹をいやすにはよかろうと思って、賛成し、二人はその道を北に向って車で駆けらした。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
その折から偶然銀座の人中ひとなかでお千代にたもとを引かれ、これが噂に聞く街娼がいしょうだと思った処から、日頃の渇望を一時にいやし得たような心持になったのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
修治さんは、わたしなどどんなに身も心もささげつくしておつかえしても、心のいやされることはないのでしょう。
彼女の美貌びぼうが彼女を悲運におとしたのである。彼女はその心のいたでをいやすには、全力をそそいで芸の道にまっしぐらとならなければならないと思った。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
時はあらゆるものをかすめ去るものだ、どんなに大きな悲しみも苦痛も、過ぎてゆく時間にいやされないものはない。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
少女おとめは見て、その悲哀をいやす水はここにありと、小枝を流れに浸しこなたに向かいて振れば、冷たきしぶき飛び来たりて青年のほおを打ちたり。春の夢破れぬ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
寮に住居をしているのは、父母に逝かれた悲しさから、気欝の性になったのを、いやそうとしてに他ならなかった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実を言えば、鶴見は結婚後重患にかかり、その打撃から十分にいやされていなかったのである。そればかりか、病余の衰弱はかれの神経を過度にたかぶらせた。
旅のかわきをいやすため、ステファアヌ・マラルメがでた果実、「理想のにがみに味つけられた黄金色こがねいろのシトロン」
(最近の戦争は日本人の性情の現われではなくして却ってそれを傷けたものである。)そこでその傷をいやし破壊せられんとしたものを建てなおすことにおいて
ところで、この探検の費用はマヌエラの父がだし、それも座間が疲労をいやす物見遊山としか考えていない。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
君がただひとりで忍ばなければならない煩悶はんもん——それは痛ましい陣痛の苦しみであるとは言え、それは君自身の苦しみ、君自身でいやさなければならぬ苦しみだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こういう疲れ方は他の疲れとは違っていやし様のない袋小路のどんづまりという感じである。世阿弥が佐渡へ流刑のあいだに創った謡曲に「檜垣ひがき」というものがある。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そのようにして二三時間をすごしたあとで、ヒョイと気がつくことは、自分のうちのそれまでの混乱がしずまったり、心の疲れがいやされたりしているということです。
歩くこと (新字新仮名) / 三好十郎(著)
「そのとおり、そこでしばらく燃ゆる恋心を抑えて、身のわずらいをいやす思案でもするがよかろう」
岩魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
棹さす小舟の波の中にも、嵐にむせぶ山のかげにも、日かげに踈き谷の底にも、我身は常に汝が身に添ひて、水無月の日影つち裂くる時は清水となりて渇きもいやさん
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「このままに打ち過ぎんには、遂に生れもつかぬ跛犬となりて、親のあださへ討ちがたけん。今のあいだによき薬を得て、足をいやさではかなふまじ」ト、その薬をたずねるほどに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
和文に漆まけをいやしとあるのもまたさうである。父のこしらへて呉れたものはそんなものではなかつた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
時は悲みと爭ひとをいやす。それは私達が變化するからだ。私達は最早同じ人ではなくなるのだ。傷けたものも、傷けられたものも、最早以前の同じ人々ではなくなるのだ。
パスカルの言葉 (旧字旧仮名) / ブレーズ・パスカル(著)
胡瓜きゅうりの汁の味でも濁川の湯のものなどには比べものにはならない。空腹をいやして臥床ふしどへはいると、疲労がすぎたのか眠られない。遠くない処で馬の鼻を鳴らす音も聞える。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
草深くて、ささやかながら私たち町っ子のかついやすに足るだけの「自然」がそこにはあった。池の面も南京藻がいっぱい浮かんでいて、ちょっと雨が降ればすぐ水が溢れた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)