油壺あぶらつぼ)” の例文
その洋燈は細長い竹の台の上に油壺あぶらつぼめ込むようにこしらえたもので、つづみの胴の恰形かっこうに似た平たい底が畳へ据わるように出来ていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
公郷くごうの浦とも、大田津とも言ったそうです。この半島には油壺あぶらつぼというところがありますが、三浦道寸どうすん父子の墓石なぞもあそこに残っていますよ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのさい小櫻姫こざくらひめがいかなる行動こうどうたかは、歴史れきし口碑こうひうえではあまりあきららかでないが、彼女自身かのじょじしん通信つうしんによれば、落城後らくじょうごもなくやまいにかかり、油壺あぶらつぼ南岸なんがん
ある時あやまってランプの火が油壺あぶらつぼに移り、大火傷おおやけどをしたのが原因で、これも死んでしまってから、独り取り残された彼女は、親類へ預けられることになった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺あぶらつぼを置いたランプが数台部屋の隅に並べてあった。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あめわずに、おせんぼうぱしったな豪勢ごうせいだ。こんな鉄錆てつさびのようなかおをしたおいらより、油壺あぶらつぼからたよなおせんぼうほうが、どれだけいいかれねえからの。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
なにも、油堀あぶらぼりだつて、そこにづらりとならんだくらが——なかには破壁やれかべくさえたのもまじつて——油藏あぶらぐらともかぎるまいが、めう油壺あぶらつぼ油瓶あぶらがめでもんであるやうで、一倍いちばい陰氣いんき
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
油壺あぶらつぼになったりして人を害するを本業としたかの観がありますが、終始この鬼とは併行して、別に一派の山中の鬼があって、往々にして勇将猛士に退治せられております。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
新蔵は、師の薄い背中をさすりながら、ふと、消えかける短檠たんけいを見て、油壺あぶらつぼを取りに起った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
味噌桶みそおけ、米俵、酒のかめ、塩鮭の切肉きりみ醤油しょうゆ桶、ほうきちり取り、油壺あぶらつぼ、綿だの布だの糸や針やで室一杯に取り乱してあり、弓だの鉄砲だの匕首あいくちだの、こうした物まで隠されてあるが
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうしてみんなあごを伝って胸に滑り込み、その気持のわるさったら、ちょうど油壺あぶらつぼ一ぱいの椿油つばきあぶらを頭からどろどろ浴びせかけられる思いで、老博士も、これには参ってしまいました。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると彼は硝子ガラス窓の下に人一倍細いくびを曲げながら、いつもトランプの運だめしをしていた。そのまた彼の頭の上には真鍮しんちゅう油壺あぶらつぼりランプが一つ、いつもまるい影を落していた。……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長い年月が過ぎて行った一夏、日比野皆三博士が、学生たちを指導している間、葉山の別荘に夫人の涌子は子供たちと避暑に来ていて、土曜日毎に油壺あぶらつぼから帰って来る良人おっとを待受けていた。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
焚きつけは硫黄付け木の小枝で間に合せ、油はほんの少しばかりの灯油が、行灯あんどんの皿と古い小さい油壺あぶらつぼにあるだけ、綿は蒲団ふとんでも引っがしたら古いのが出て来るかも知れないといった程度です。
とある街燈の油壺あぶらつぼには灰色な波の
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
深くもだした油壺あぶらつぼ入江いりえ
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかもその神社じんじゃ所在地しょざいちは、あの油壺あぶらつぼ対岸たいがんかくあととやら、このうえともしっかりやってもらいますぞ……。
下宿からは、さしあたり必要な古火鉢や茶呑ちゃの茶碗ぢゃわん、雑巾のような物が運ばれ、父親は通りからランプや油壺あぶらつぼ、七輪のような物を、一つ一つ買ってはげ込んで来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何か原稿用紙のようなもので、油壺あぶらつぼき、ほやを拭き、最後にしんの黒い所を好い加減になすくって、丸めた紙は庭へてた。庭は暗くなって様子がとんとわからない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い年月が過ぎて行つた一夏、日比野皆三博士が、学生たちを指導してゐる間、葉山の別荘に夫人の涌子は子供たちと避暑に来てゐて、土曜日ごと油壺あぶらつぼから帰つて来る良人おっとを待受けてゐた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
飜然ひらりと映って、行燈あんどうへ、中から透いて影がさしたのを、女の手ほどのおおき蜘蛛くも、と咄嗟とっさに首をすくめたが、あらず、あらず、柱に触って、やがて油壺あぶらつぼの前へこぼれたのは、の葉であった、青楓あおかえでの。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしかくれていたところ油壺あぶらつぼせま入江いりえへだてた南岸なんがんもりかげ、そこにホンのかたばかりの仮家かりやてて、一ぞく安否あんぴづかいながらわびずまいをしてりました。
「いい恰好なの? それが? あんまりよかあないわ? 油壺あぶらつぼなんか何で持っていらっしったの?」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同時に豊かなが宗近家の座敷にともる。静かなる夜を陽に返す洋灯ランプの笠に白き光りをゆかしくめて、唐草からくさを一面に高くたたき出した白銅の油壺あぶらつぼが晴がましくもよいに曇らぬ色を誇る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水のなかに紛れ込んだ一雫ひとしずくの油は容易に油壺あぶらつぼの中へ帰る事は出来ない。いやでも応でも水と共に流れねばならぬ。夢を捨てようか。捨てられるものならば明海へ出ぬうちに捨ててしまう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)