朴訥ぼくとつ)” の例文
朴訥ぼくとつな調子で話り了ると、石津右門はホツと溜息を吐きます。鬼の霍亂くわくらんしをれ返つた樣子は、物の哀れを通り越して可笑しくなる位。
そして、そこに光っているおびただしい眼の中には、どれもこれも、朴訥ぼくとつな誠意があふれて、微塵でも、彼の正体を疑うものはありません。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
坂田省吾というのは、荻窪や阿佐ヶ谷のへんを清浄野菜を売って歩く、色の黒い朴訥ぼくとつな青年で、去年の夏ごろからの馴染みだった。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そこに並んでいるなまめかしい令嬢たちは割かた朴訥ぼくとつで飾り気がないから、そんな客には遠慮ぬきで嘲弄ちょうろう悪罵あくばをあびせかける。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして真率朴訥ぼくとつという事から出て来る無限の大勢力の前に虚飾や権謀が意気地なく敗亡する事を痛快に感じないではいられない。
さて奥まった部屋に通されて、やっと食事も済ませて人心地ついたからだを伸ばしている時に、朴訥ぼくとつそうな四十五、六の亭主が
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
それほど、その二人の男には密林の形容が具わってきて、朴訥ぼくとつな信心深い杣人そまびとのような偉観が、すでに動かしがたいものとなってしまった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
朴訥ぼくとつな孝行者がたちまち小気の利いた苦労人になつてしまひ、これでは妹もわが道楽のために売つたのかとまで思はる」といひ
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
三河者の朴訥ぼくとつを、そのまま自分としている平六には、そのよろこびが、嘘かほんとかなどと疑ってみることもできなかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人夫婦は朴訥ぼくとつな老人で去年和田垣博士と知つて以来大の日本贔屓びいきに成つて居る。主人はしきりに僕にむかつてツウルの言葉の美しい事を話した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
朴訥ぼくとつな言葉で、前棒さきぼうをかついでいた若いのが、駕籠の中の竜之助に問いかけたものですから、竜之助もむずがゆい心持で
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その表情の朴訥ぼくとつ穏和なことは、殆ど皆一様で、何処どことなくその運命と境遇とに甘んじているようにも見られるところから
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
簡素な木造の、何処どこ瑞西スイスの寒村にでもありそうな、朴訥ぼくとつな美しさに富んだ、何ともいえず好い感じのする建物である。
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やがてまもなく、ばあやに伴われてきたのは、朴訥ぼくとつらしい寺男でした。見るなり、幸吉のことばは火のつくようでした。
そして彼は元気な朴訥ぼくとつさをもって、また地勢についての賢明な叙述——(その叙事詩的な物語の中に変梃へんてこ插入そうにゅうされる)
そして其側に四十近くのこれも丸髷に結つた、円顔の、色の稍〻黒い、朴訥ぼくとつさうな女が、長煙管で煙草をつて居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
もと公証人書記をやった朴訥ぼくとつなフォーシュルヴァンは、物に動じない百姓とでも言うべき人物だった。一種の巧妙な無知というものは一つの力である。
然し少しセンシブルな人であれば、往来で逢う朴訥ぼくとつな村人の顔にも隠すことの出来ない喜びを見出すだろう。
それから、ハガキで朴訥ぼくとつな、にじりつけたような墨筆で「北国の荒い海浜にそだった詩人に熱情あれ。」
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのかきも、惣七の朴訥ぼくとつな迫力のまえには、一たまりもなかった。そこには、ふたりの感情のほか、何もなかった。泣き叫ぶのと同時に、お高は、腰を上げていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その石と石との間に羊歯しだの若葉がひろがっている。煤竹すすたけの濡縁の前に、朴訥ぼくとつな丸石の手洗鉢があり、美男かつらがからんで、そこにも艶々した新しい葉がふいている。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
佛蘭西人の所謂『まだ若いといふ奴ジューヌアンコール』だ。その人つてのは脊の低い、冷淡な、朴訥ぼくとつな人で?——その人の善良さといふものが徳に對して勇敢であるといふよりは寧ろ惡を
あゝ本当にその仙境はどんな処であらうか。山と山とが重り合つて、其処に清い水が流れて、朴訥ぼくとつな人間がすきになつて夕日の影にてく/\と家路をさして帰つてゆく光景。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
運転手が朴訥ぼくとつな口調で説明してくれる、堡塁ほうるいやジグザグの攻撃路などが、一々丹念に復元されてゐて、廃墟といふより、何か精巧な模型の上でも歩いてゐるやうに空々しい。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ましてや准備よういおろかなる都の客様なんぞ命おしくば御逗留ごとうりゅうなされと朴訥ぼくとつは仁に近き親切。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
孰方どちらかと云えば愛嬌あいきょうに乏しい、朴訥ぼくとつな感じの、妙子が批評した通り「平凡な」顔の持ち主で、そう云えば体の恰好かっこう、身長、肉附、洋服やネクタイの好み等々に至るまですべて平凡な
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は朴訥ぼくとつで忠誠で、桂子と浮藻とのためであったら、何んでもやろうと思っていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつわり飾りのない朴訥ぼくとつの老婆に対して、彼は深くそれを咎める気にもなれなかった。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
時としては初心な朴訥ぼくとつな、控目がちなおももちさえ見える。その美は一つとして私たちを強いようとはしない。美をてらう今日であるから、わけてもそれらの慎ましい作がしたわしく思える。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一 女性は最も優美をたっとぶが故に、学問を勉強すればとて、男書生の如く朴訥ぼくとつなる可らず、無遠慮なる可らず、不行儀なる可らず、差出がましく生意気なる可らず。人に交わるに法あり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
結構な打ち菓子をあつらへて仏前や老師に供へた。しまひには納所なっしょ部屋にまでも、それを絶やさなかつた。泰念といふしずか朴訥ぼくとつな小僧が居て、加減よく茶を立てゝは宗右衛門によくすゝめた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
正直朴訥ぼくとつの善人であったが、やはり信心深い盲人であり、しかも信心の力によって目が見えるようになったために、恐らくはそれから最も熱心に、海尊仙人の奇蹟を人に説いたかと思う。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おおかた、聞き伝えて、近在から寄り集まった移民のお百姓達ひゃくしょうたちでありましょう。質素な服装ふくそう、日に焼けた顔、その熱狂ぶりもはげしくて、彼等の朴訥ぼくとつな歓迎には、心打たれるものがありました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
朴訥ぼくとつなる山村の秋を飾るに最もふさわしい柿、其柿が秩父には殊に多い。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いま白痴ばかも、くだん評判ひやうばんたかかつたころ医者いしやうち病人びやうにん其頃そのころ子供こども朴訥ぼくとつ父親てゝおや附添つきそひ、かみながい、兄貴あにきがおぶつてやまからた。あし難渋なんじう腫物しゆもつがあつた、療治れうぢたのんだので。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いや、どうもお世話樣になりやした!」と、朴訥ぼくとつな挨拶を背後に投げて、男は溜息をつきながら自分の兵兒帶へこおびを解きにかかつた。さうして浮腫むくみのあるやうな青ぶくれた赤兒の死骸をその肌に抱いた。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
親爺は、朴訥ぼくとつで、真面目だった。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
大沢が朴訥ぼくとつに答えた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
手代の吉五郎は主人の遠縁にあたり、商売下手ですが、正直一途の朴訥ぼくとつな男。連れ子の福松はちょっと意気な男で、弁舌も才智も相当。
やがて亭主と一緒に入って来たのは、四十七、八、これも同じように、田舎者まる出しの朴訥ぼくとつそうな、印半纏しるしばんてんを着た小肥こぶとりのオヤジでした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そういわんばかりに、弁政は、山国から風で飛んで来てそこへ座ったような朴訥ぼくとつな甥を、いつまでも黙って、眺めていた。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
口ぶりでは老夫婦はこの近くの者らしい、性質もわるぎのない朴訥ぼくとつなようすで、ばあいによっては力になって貰えそうな、頼もしい感じがした。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんな朴訥ぼくとつな、無心な老人が、まだこの世に生きているということすらが、すでに信じられないほどのことだった。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女らの眼は室の中のあたりを見回し、探索し拾い上げ書き取っていた。彼女らは騒々しいわざとらしい話振りをして冷やかな朴訥ぼくとつさを失わなかった。
滋養に富んだ牛肉とお行儀のいい鯛の塩焼を美味のかぎりと思っている健全な朴訥ぼくとつな無邪気な人たちは幸福だ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分をしては問わず、女もまた好んで語ろうともしなかったが、雨の山駕籠を揺りながら、朴訥ぼくとつな土地の者の口から無心に語り出でられようとする情味を
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
多かれ少なかれ持っている田舎の朴訥ぼくとつさ、一本気が段々くずされて都会に所謂いわゆる馴らされてゆく過程にも、痛々しいものがないとは決して云えぬことを、私は感じたのである。
村からの娘 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
朴訥ぼくとつな人のささうな老爺おやぢが、大きな鍵を持つてわたしの前に立つた。わたしは線香と花とを買つた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ニキビなどが出来て居て、綺麗な顔ではなかつたが、朴訥ぼくとつな素直な、人懐つこい女だつた。私は他の誰よりも彼女に脈を取つて貰つたり、体温を計つて貰つたりすることを好んだ。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
今の白痴ばかも、くだんの評判の高かった頃、医者のうちへ来た病人、その頃はまだ子供、朴訥ぼくとつな父親が附添つきそい、髪の長い、兄貴がおぶって山から出て来た。脚に難渋なんじゅう腫物はれものがあった、その療治りょうじを頼んだので。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)