旅籠はたご)” の例文
……遊山ゆさん旅籠はたご、温泉宿などで寝衣ねまき、浴衣に、扱帯しごき伊達巻だてまき一つの時の様子は、ほぼ……お互に、しなくってもいが想像が出来る。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の生れたうまや新道、または、小伝馬町こでんまちょう大伝馬おおでんま町、馬喰ばくろ町、鞍掛橋くらかけばし旅籠はたご町などは、旧江戸宿しゅく伝馬てんま駅送に関係がある名です。
場末の旅籠はたご屋などで、食膳の漬け菜の中から、菜の花のつぼみが交って出ることがあるが、偶然だけに、どんなにか私を悦ばすことだろう。
菜の花 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
もう一つの面倒は、御用の道中でありながら、本陣または脇本陣に泊らないで、殊更に普通の旅籠はたご屋にとまったということである。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして百軒町のある旅籠はたご宿の名を告げた。そこはこの城下はずれにある一画で、もっとも貧しく、風儀の悪いことで知られていた。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二業——つまり、料理屋と旅籠はたご屋とを兼ねた、武蔵屋というのへ、一、二年前から、流れ寄って来ている、いわゆる茶屋女なのである。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
旅籠はたごやでは亭主から下女の末に至る迄、一人のこらず家の前にならび、低くお辞儀をしながら妙な、泣くような声を出して客を引く。
まず当面の安全のために、旅籠はたごは旅客を処分して、一時応急の避難をさせてからともかくも、という段取りは、しかるべきものでした。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「山田の旅籠はたごに泊っている武者修行が、おれをさがしているとは聞いたが、面倒くさいのでほうっておいた——それはおめえだったのか」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中食もしたゝめさせますが、横へ廻ると立派な旅籠はたご屋で、土地も家作も持ち、車町から金杉へかけての、物持として有名な家でした。
律義者りちぎものの主翁はじぶんの家の客を恐ろしい処へやって、もし万一のことがあっては旅籠はたごとしてのきずにもなると思ったのでいて止めようとした。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
父親は早目にその日の旅籠はたごへつくと、伊勢いせ参宮でもした時のように悠長ゆうちょうに構え込んで酒や下物さかなを取って、ほしいままに飲んだり食ったりした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
最も当時の旅籠はたご代は三食一泊にて八百文の由なれば、両人十日として一円六十銭ばかりに相成り候。右は岡崎総吉と申す人の物語りに御坐候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
今夜の宿はみちに向って古い手すりのある旅籠はたごだ。御茶菓子おちゃがしに EISEIGIYO という判を押した最中もなかが出た。明日は朝早く海峡を渡る……
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
信州しんしゅうのある大名のお部屋様が、本町宿ほんちょうじゅく本陣ほんじん旅籠はたごにお泊りで、そこにもなんだか変な事があったそうで、それについては私はく存じませんがね
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
宿場の旅籠はたごなどという稼業しょうばいは、俗にも三年宿屋と申してな、はじめてから三年のあいだは、おろした資本もとでがすこしもかえらぬのが、ほんとうだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
次には横須賀の旅籠はたごで、次には自宅で。これは致死量以上の劇薬を嚥みすぎて結局生き返つたのである。このほかにもやつてゐないとは言へない。
長島の死 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「それは結構、では今夜私の宅へ来て下さい。く御相談をしましょう。私は神田旅籠はたご町の三河屋幸三郎みかわやこうざぶろうというものだ」
「そりやさう願へれば、私も寂しくなくつて好い。だが私は生憎あいにくと、始めて来た八王子だ。何処も旅籠はたごを知ら無えが。」
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
(『僧正の旅籠はたご悪魔の腰掛けにて良き眼鏡四十一度十三分北東微北東側第七の大枝髑髏どくろ左眼ひだりめより射るより弾を通して五十フィート外方に直距線』)
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
大丸は大伝馬おおでんま旅籠はたご町から大門通りへ折れまがって裏まで通った、一丁の半分以上を敷地にして幾戸前かの蔵と店とで、糸店いとだなによった方に広い土間があった。
忠太郎 え? (意外な返事を怪しむ)おきなが屋忠兵衛という、六代つづいた旅籠はたご屋をご存じでござんすか。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
田舎へ行脚あんぎゃに出掛けた時なども、普通の旅籠はたごの外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍ろぼうの茶店に休んで、梨や柿をくうのがくせであるから
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
維新前までは茶屋旅籠はたごがたてこみ、脇本陣だけでも遊女が百人からいたという、名高い宿しゅくのあとだもの。
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ある朝、私は宿の主人に試みに旅籠はたご料はいかほどであるかと問うたのである。ところが、主人は恐縮した顔で、なにかお気に召さぬことでもあったのでしょうか。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その前に並べた酒袋しゅたいの座布団と、吉野春慶しゅんけい平膳ひらぜん旅籠はたごらしくなかった。頭の天辺てっぺん桃割ももわれを載せて、鼻の頭をチョット白くした小娘が、かしこまってお酌をした。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いためつゝ又四五ヶ月も滯留たいりうせし中終に路金ろきんのこりなくつかすて夫よりはくしうりかんざしをうりて其日の旅籠はたごとなせしが此さへ彼の惡漢わるもの出會であひし時夫婦の衣類いるゐつゝみし荷物にもつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
甲府からバスに乗って御坂峠みさかとうげを越え、河口湖の岸を通り、船津を過ぎると、下吉田町という細長い山陰やまかげの町に着く。この町はずれに、どっしりした古い旅籠はたごがある。
律子と貞子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これも身分のある人の旅を諷したもので、あの人たちは贅沢をきわめて旅籠はたごに泊る、人ばかりでなく——供廻りばかりでなく——馬までも旅籠に泊るというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
御用の諸家休泊年内旅籠はたごの不足銭、問屋場の帳付けと馬指うまさしおよび人足指にんそくざし定使じょうづかいらへの給料、宿駕籠しゅくかごの買い入れ代、助郷人馬への配当、高札場ならびに道路の修繕費
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かくまで威張った武家が可笑おかしいことは、宿をとる時必ず旅籠はたご銭を家来をして値切らせたものである。旅籠銭は一人分が百五十文か二百文あたりであったと覚えている。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
秋篠寺あきしのでらの伎芸天女や、薬師寺の吉祥天きちじやうてんといつたやうな結構な美術品は幾度となく見は見たが、いつといふ事なし、それだけでは何だか物足りなくなつて、旅籠はたご徒然つれ/″\
しかるに幕府のとき政府のことをおかみ様と唱え、お上の御用とあればばかに威光を振るうのみならず、道中の旅籠はたごまでもただ食い倒し、川場に銭を払わず、人足に賃銭を与えず
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
したがって取引上の必要があって、奥の方から大連へ出て来る豆の荷主にぬしと接触しなければならないのだが、こっちの習慣として、こう云う荷主はけっして普通の旅籠はたごを取らない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一軒の旅籠はたご屋があった、が、それも中をのぞき込んで、何か昼食ができるかねとたしかめた上でなくては、入れないような粗末なもので、奥からは年の頃は、左様さようまず十九か二十
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
(原註。伊太利の旅を知らぬ人のために註すべし。彼國の車主エツツリノは例として前金を受けず、途中の旅籠はたご一切をまかなひくれたる上、小使錢さへ客に交付わたし、安着の後決算するなり。)
ああ、その海辺の村の松風を聴き、暗い旅籠はたごの湯にひたり、そこの窓に岬を眺めよう、その岬に陽の落ちないうちに——。そして私は心に打ち寄せる浪の音を聞いた。私は峠を下つた。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
「阪は照る/\鈴鹿は曇る。あひの土山つちやま雨が降る。」てふ郷曲の風情を一人旅の身にしめながら土山までのり、その晩は遂にいぶせき旅籠はたごに夜を明し、翌日は尚ほ三里の道を水口までゆき
伊賀、伊勢路 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
やい太い奴だ、これかりそめにも旅籠はたごを取れば客だぞ、其の客へ対して恋慕を仕掛けるのみならず、刄物などを以て脅して情慾をげんとは不埓至極の奴だ、これ宿屋の亭主は居らんか、灯火あかり
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
古い旅籠はたご屋では油屋あぶらやという、元は脇本陣だったそうですが、以前のままの大きな古い建築で、軒下には青い獅子頭ししがしらなどが突き出ていました。剥げちょろけですがね。二階が出張っていましてね。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
姉妹きょうだいの教えてくれた肥後屋という旅籠はたご屋は、村の中ほどにありました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
漸く旅籠はたご草鞋わらじ銭だけを、どうやら一杯に稼いで、当るも八卦当らぬも八卦を、腹の中で唄に唄って、再びこの長屋へ舞戻った時には、穴銭がたった二枚、財布の底にこびり附いていただけだった。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
…………奈良なら旅籠はたご三輪みわ茶屋ちやや…………
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
泊まり/\の旅籠はたご屋で
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
旅籠はたごかど
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
ここは恋ヶ浦とも、国府の浦ともいう所と、舟人ふなびとから聞かされた。そして島の土を初めて踏んだ。——ともあれと、彼は旅籠はたごへ入って
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな旅籠はたごの中に、最もすぐれた浜屋というのが、塗りごめの戸袋壁に、夜目にもしるきほどの屋号を黒い塗壁に白く抜いている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
中食もしたためさせますが、横へ廻ると立派な旅籠はたご屋で、土地も家作も持ち、車町から金杉へかけての、物持として有名な家でした。
建物の様子でそれと知れる土人旅籠はたごの前まで来た時、その戸口から一人の土人が、笑いながら現われた。筋骨逞しい若者である。
「いま出した手紙で客が来るだろうと思うから、まああんたひとりでおやりなさい、貧乏ざむらいには旅籠はたごの酒が分相応だよ」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)