“斷(だん)” の例文
新字:断
外人(ぐわいじん)がこれを如何(いか)に取扱(とりあつか)はうとも、それは外人(ぐわいじん)の勝手(かつて)である。たゞ吾人(ごじん)は斷(だん)じて外人(ぐわいじん)の取扱(とりあつか)ひに模倣(もほう)し、姓(せい)と名(めい)とを切(き)り離(はな)しこれを逆列(ぎやくれつ)してはならぬ。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
『斷(だん)じて/\、たとへ此(この)唇(くちびる)が裂(さ)かるゝとも。』と私(わたくし)は斷乎(だんこ)として答(こた)へた。大佐(たいさ)は微笑(びせう)を帶(を)びて私(わたくし)の顏(かほ)を眺(なが)めた。
一新(いつしん)の始(はじ)め、大久保公遷都(せんと)の議(ぎ)を獻(けん)じて曰ふ、官軍已に勝(か)つと雖、東賊(とうぞく)猶未だ滅(ほろ)びず、宜しく非常(ひじやう)の斷(だん)を以て非常の事を行ふべしと。先見の明智(ち)と謂ふ可し。
ご存(ぞん)じの通(とほ)り、品行方正(ひんかうはうせい)の點(てん)は、友(とも)だちが受合(うけあ)ふが、按摩(あんま)に至(いた)つては、然(しか)も斷(だん)じて處女(しよぢよ)である。錢湯(せんたう)でながしを取(と)つても、ばんとうに肩(かた)を觸(さは)らせた事(こと)さへない。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
然(しか)し無論(むろん)、彼(かれ)は自身(じしん)に何(なん)の罪(つみ)もなきこと、又(また)將來(しやうらい)に於(おい)ても殺人(さつじん)、窃盜(せつたう)、放火(はうくわ)などの犯罪(はんざい)は斷(だん)じて爲(せ)ぬとは知(し)つてゐるが、又(また)獨(ひとり)つく/″\と恁(か)うも思(おも)ふたのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
仁(じん)は以て下に厚(あつ)く儉(けん)は以て用(もちゐ)るに足(たる)和(くわ)に而(して)弛(ゆる)めず寛(くわん)に而(して)能(よく)斷(だん)ずと然(され)ば徳川八代將軍吉宗公の御治世(ぢせい)享保年中大岡越前守忠相殿(たゞすけどの)勤役(きんやく)中數多(あまた)の裁許(さいきよ)之ありし中(うち)畔倉(あぜくら)重四郎(ぢうしらう)が事蹟(じせき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
三箇(こ)の發掘(はつくつ)を開始(かいし)されたが、間(ま)の惡(わる)い時(とき)には何處(どこ)までも惡(わる)いもので、東面(とうめん)の地主(ぢぬし)と西面(せいめん)の地主(ぢぬし)とは、感情(かんじやう)の衝突(しようとつ)か何(なに)か有(あ)つて、西面(せいめん)の方(はう)へ無斷(だん)で手(て)を附(つ)けるとは怪(け)しからんとか何(なに)とか
如何(いかん)となれば、乘客等(じようかくら)は爾(しか)く身(み)を殺(ころ)して仁(じん)を爲(な)さむとせし、此(この)大聖人(だいせいじん)の徳(とく)の宏大(くわうだい)なる、天(てん)は其(そ)の報酬(はうしう)として渠(かれ)に水難(すゐなん)を與(あた)ふべき理由(いはれ)のあらざるを斷(だん)じ、恁(かゝ)る聖僧(せいそう)と與(とも)にある者(もの)は、此(この)結縁(けちえん)に因(よ)りて
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
仁(じん)は以て下(しも)に厚(あつ)く儉(けん)は以て用(もちゐ)るに足(たる)和(くわ)にして弛(ゆる)めず寛(くわん)にして能(よく)斷(だん)ずと眞(まこと)なる哉(かな)徳川八代將軍吉宗公の御代名譽の官吏(やくにん)多しと雖も就中(なかんづく)大岡越前守忠相(たゞすけ)殿は享保二年より元文元年まで二十年の間(あひだ)市尹(まちぶぎやう)勤役中(きんやくちう)裁許の件々其明斷を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
然(さ)うだ、うちたての蕎麥(そば)は、蕎麥(そば)の下品(げひん)では斷(だん)じてない。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)