さぐ)” の例文
旧字:
その後からいて来た銅八の赭い顔は、疾風迅雷的に下手人を挙げた自分の手柄に陶酔しながら群集の中へさぐるように瞳を射かけます。
手水鉢ちょうずばちで、おおいの下を、柄杓ひしゃくさぐりながら、しずくを払うと、さきへ手をきよめて、べにの口にくわえつつ待った、手巾ハンケチ真中まんなかをお絹が貸す……
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
子猿は母猿の死骸にさぐり寄つて、その手や口の冷えてゐるのに触れてヒヨウ/\/\と啼き続けた。この所の記事は実に読むに忍びない。
(新字旧仮名) / ジュール・クラルテ(著)
何故かしれない不思議な、悪い事をしたときのような胸さわぎが、姉の文庫の中をさぐったりするときに、ドキドキとしてくるのであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
安否をかざりし幾年いくとせの思にくらぶれば、はやふくろの物をさぐるに等しかるをと、その一筋に慰められつつも彼は日毎の徒然つれづれを憂きに堪へざるあまり
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
同時に熊谷がガチャガチャとたもとの中からマッチをさぐり出す音がしました。そしてマッチを擦ったので、ぼうッと私の眼瞼まぶたの上に明りが来ました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
深覗きというのはただの物見程度でなく、まったく敵の中へ入って来る「しのび」の業で、いわゆる変遁隠形へんとんおんぎょうの術を要する生命いのちがけのさぐりである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で山鹿が変装して帰ろうと上を仰ぐといつの間にか君がいるのに気がついた、で心配になったんで夜釣を装って君の様子をさぐりに来たんだろうよ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その真相をさぐりたいと思いながら、その機会がなくてまた半年ばかりを過した時、こん度は突然おたみの手紙に接した。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は風に吹かれて思ふやうにならない地図を皺くちやにしながら、さぐりを入れるやうに頭の上から言葉を投げた。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
かいなが動き出した。片手は、まっくらなくうをさした。そうして、今一方は、そのまま、岩牀いわどこの上を掻きさぐって居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
暫時しばらく部屋の内には声が無かつた。二人は互ひにさぐりを入れるやうな目付して、無言のまゝで相対して居たのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
何処どこから手を出して掛金を外すのか、たゞ栓張しんばりを取っていか訳が分りません、脊伸せいのびをして上からさぐって見ると、かんぬきがあるようだが、手が届きません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その文章の題材を、種々の周囲の状況のために、過去に求めるようになってから、わたくしは徳川時代の事蹟をさぐった。そこに「武鑑ぶかん」を検する必要が生じた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分がその道の巧者と家来の幾人かを使つて、大袈裟に国中を狩りつくしても、なほ見ることができなかつたものを、喜平は自分の眼ひとつで安々とさぐり出してゐる。
小壺狩 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
突然、私は砂を払いのけながら、起き上る。今度はこっちで、あべこべに、母の隠し立てを見つけてやるからいい!……そこで、私はお前にそっとさぐりを入れてみる。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
されどそは予が語らんとする所にあらず。予は馬車中子爵の胃痛を訴ふるや、手にポケツトをさぐりて、丸薬のはこを得たり。而してその「かの丸薬」なるに一驚したり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私は決して失礼なことをしたり、何かさぐり出そうとしたりなどするつもりはないのでございます。
幹や葉のみを見て全部と思うのは間違い、根もさぐってみなければ木というものの本体は分らない。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そしてその昔の心持と今のとどこか似通ったものをさぐりあてて、思わず微笑したのであった。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ルパンがふと気が付いてみると、卓子の一端に水入があって、その硝子がらす栓には頭の方に黄金こがねの飾りが付いている。やがて手は水入に届いた。さぐる様にしてそっと栓を抜いた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
続いてロンブロゾ一派の著書をさぐって、白痴教育、感化事業、刑事人類学等に興味を持ち
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして種子は並外れた始動速を与へられて、四方の家具や壁にまた其処に人が居れば人の顔に衝突する。漿果を検べて、それに斯る生気を与へるところの弾機をさぐつて見たまへ。
卓上演説 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
次に封筒を手に取って一瞥いちべつし、今度は洋服のポケットをさぐって時計のくさりに附いた磁石を取り出し、その磁石を見ては又窓から首を出して空を眺めたり、じっと机の上を見詰たり
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それからだんだんさぐりを入れて見ると、八橋はまったく栄之丞に愛想をつかしているらしく思われた。あんな不実な奴はどうなっても構わないと、本当に思っているらしかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
庸三はこのになって、卑小にも春日の腹でもさぐっているようで不愉快だったし、先生も汚いなと思われでもしているようで気が差したが、いざとなるとやはり金も惜しかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
次の日彼は家の床の下をさぐりて、乗り崩したる竹馬を寡婦の家に持ちゆきていわく、これは兄貴が十五歳の時大雪の中を競走して勝ちを得たる竹馬なりと、翌日は黒塗りの横笛をもたらしゆき
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
声をたよりにズッとさぐりよって来て、ひどく息をはずませながら
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それが竹光と後で気が付いた時は追っ付かない。死骸の着物の上から三度も四度も竹光を通して、ようやく槍で突いた創口をさぐり当てた
通道とおりみちというでもなし、花はこの近処きんじょに名所さえあるから、わざとこんな裏小路をさぐるものはない。日中ひなかもほとんど人通りはない。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
静にしたりし貫一は忽ち起きて鞄を開き、先づかの文をいだし、焠児マッチさぐりて、封のままなるそのはしに火を移しつつ、火鉢ひばちの上に差翳さしかざせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
苔と落葉と土とにうづもれてしまつた古い石碑のおもてを恐る/\洗ひ清めながら、磨滅した文字もんじの一ツ一ツをさぐり出して行くやうな心持で、自分は先づ第一に
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
松岡はズボンのかくしをさぐって時計を見たが、十一時を八分過ぎて止っていた。それを振ると又カチカチ動いた。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ここにさぐりここにあがなひ、これを求めて之を得たり、すこしくえらむに稗官小説はいくわんせうせつを以てし、実をひろひ、疑ひき、皇統を正閏せいじゆんし、人臣を是非し、あつめて一家のげんを成せり。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の母がようやくそれを心配しだした。彼女は私の心の中をそれとなくさぐる。そしてそこに二人の少女の影響を見つける。が、ああ、母の来るのは何時もあんまり遅すぎる!
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
恐る/\四方をさぐって見ましたが、少しも足掛りはなし、如何いかゞせばやと胸騒ぎいたしましたが、余り騒いで熊が目をさまし、噛付かれてはならぬと思案に暮れて居りますうち
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
目ざとく振り返った末造と、その男は目を見合せて直ぐに背中を向けて通り過ぎた。「なんだ、目先の見えねえ」とつぶやきながら、末造は袖に入れていた手で懐中をさぐった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
女の境遇や住宅をさぐり出そうと云う気は少しもなかったが、だんだん時日が立つに従い、私は妙な好奇心から、自分を乗せた俥が果して東京の何方どっちの方面に二人を運んで行くのか
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この学者は、西洋の書物にもしか優良な人種には臍が二つあるといふ文句でもあらうものなら、そつと自分のお腹をさぐつてみて、猿のやうに顔をあかくする程真理に忠実な人である。
怪しげなそこの門を入って、庭から離房はなれめいた粗末な座敷へ通され、腐ったような刺身で、悪い酒を飲んで、お作一家の内状をさぐった時は、自分ながら莫迦莫迦しいほど真面目であった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかしそれほど偶然的でない色々な災難の源を奥へ奥へさぐって行った時に
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さぐろうと致しますし、その男は……あの男は……
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
足の先でスリッパをさぐってつっかけた。
「誰でも一応は間違えることだ。まアいいや、こいつは兄哥の手柄にして、番所へ引いて行くがいい。俺はもう少しさぐってみるから——」
れ!」とかれはそのてのひらを学生の鼻頭はなさき突出つきいだせり。学生はただちにパイレットのはこを投付けたり。かれはその一本を抽出ぬきいだして、燐枝マッチたもとさぐりつつ
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どうもあの女には別な気もちがあるらしい。しょっちゅう考え込んで何かをさぐりあてようとしているのだ。」
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「ここの大将は師匠の事ばかり心配して、〆蔵さんの事は何も言わないから、手前も別にまださぐっても見ません。あれはまず、あれッきりで御在ましょう。」
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「無駄だ。巧言を止めろ。われも幼少から兵書を読み、孫子そんし呉子ごし神髄しんずいを書にさぐっている。別人ならば知らぬこと、この曹操がいかで汝や黄蓋ごとき者の企てに乗ろうぞ」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
即ち経籍の古版本こはんぼん、古抄本をさぐもとめて、そのテクストをけみし、比較考勘する学派、クリチックをする学派である。この学は源を水戸みと吉田篁墩よしだこうとんに発し、棭斎がそののちけて発展させた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
けれどもかかる状態が長持ちをするはずがありません。二人は互に相手の心にさぐりを入れ、陰険な暗闘をつづけながら、いつか一度はそれが爆発することを内々覚悟していましたが、或る晩私は
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)