まず)” の例文
「そうすると、あなたのことも、わたしのことも、知り抜いていての悪戯いたずらなんでしょうか、それにしては仕上げがまずうござんしたわ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「やはり親分のおっしゃった通り、百両出せと言って手紙が来ましたよ、少し手跡が違うようでしたが相変らず鼻紙へ書いたまずい字で」
最初のうちはせっかくの希望を無にするのも気の毒だという考から、まずい字とは思いながら、先方の云うなりになって書いていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前さんとこの親方は威勢がいいばかりで、さかなは一向新しくないとか、刺身の作り方がまずくてしようがないとかいう小言もあった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
書体は毛筆を使いれない現時の青年の筆蹟としては決してまずくないけれども、何処どこかに商店の番頭の字のような品の悪い達者さがある。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それらの脅迫状はいずれも、まずい文章で書かれてあったが、文章の構造から、差出人はイタリア人であることが、想像された。
恐ろしき贈物 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その混雑の最中にこんな掛け合いをするのもまずいと思ったが、半七はそこらに立ち働いている店の者をよんで、主人は家にいるかとくと
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「それが甚だまずかったのさ。きっぱり断れば宜かったのに、多少気のあるようなことを言ったものだから、未だに祟っている」
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わたくしのふるまずい句である。こんな月並にふけっていた青年ごろから、自分の思索にはおぼろげながら親鸞しんらんがすでにあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「美術商岩田天門堂に化けて二度も同じ手を使うとは、なんてまずいことだ。それにさ、この画だって、ニセ物だということを君は知らんのか」
此歌も余りまずいから、多分後の物語作者などが作ったのだろうと思われては迷惑であるから断って置くが、たしかに右衛門集に出ているのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自由気儘きままにグングン訳し、「昔のようなくそ正直な所為まねはしない、まずい処はドンドン直してやる」と、しばしば豪語していた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
主義思想の宣伝でない事は前もって十分にお断りして、このまずい一文を読んで下さる「探偵好き」の方々に、深甚の敬意を表しておきたいと思う。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんな言訳なぞするようなことをせずに、まずいものは拙いものとして、堂々と吐き出してしまったらどうです。そして心を新たにするのですな。
そこには、一枚の手紙様のものと、破った封筒とが放り出してあったが、手紙の文句は、鉛筆書きのひどくまずい字で、次の様に記されてあった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところで彼らが十二、三歳ともなると妙に絵も歌もまずくなってくる。彼らの心から神様が姿を消して行くのだ。従って全くの人間と化けてしまう。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
文芸上の作物はうまいにしろまずいにしろ、それがそれだけで完了してると云う点に於て、人生の交渉は歴史上の事柄と同じく間接だ、とか何んとか。
然し自惚うぬぼれなく、私たちはそのことをみんなに納得させること、つまりみんなの毎日の日常の生活に即して説明してやることでは、まだ/\まずいのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
一座の俳優の芸が観ていられないのではなく、僕等の翻訳のまずさ、甘ったるさが——原文も無論だが——どうにもこうにも我慢が出来なかったのである。
銷夏漫筆 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
しかし、奴を片づけるのなら、それを今口に出してはまずいという意味を伝えようとしているのだ。そして彼は、何気なく呉昌の方を見て、眼くばせした。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
「二人がいっしょに行ってはまずいじゃありませんか、私はここにおりますから、まずあなたが往って、お父さんに逢ってお父さんの容子を見てきてください」
金鳳釵記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おのが工夫がまずうては、近松門左が心を砕いた前代未聞の狂言も、あたら京童の笑い草にならぬとも限らない。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それには象が練っている途中に殺したと見せるのでなければまずい。象の腹の内側に桐油を張って漆で留め、二刻ぐらいは血が外へ洩れないようにして置いた。
「口説かれるのも下拙だし、気は利かないし、ばつは合わず、機会きっかけは知らず、言う事はまずし、意気地は無し、」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのほかに分数や小数を習い、代数も少し習ったが、その文字などは子供が書いたようにまずいものである。
当時居延きょえんたむろしていた彊弩都尉きょうどとい路博徳ろはくとくが詔を受けて、陵の軍を中道まで迎えに出る。そこまではよかったのだが、それから先がすこぶるまずいことになってきた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一々是はなんという名で何という人が画いたのかと云う事を、通弁に聞いて手帖に写し、れはうまい、れはまずいと評します所を見ると、中々眼の利いたもので
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ちょっとためらった後、ショパンの作品九番の第二の夜曲をさぐりさぐりき出す。甚だしくまずい。少し弾いて直ぐ行詰まってしまう。立ち上って、楽譜をさがす。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
まずい字で、しかも赤インキで丸々をつけたのが、「なるほど此処は樺太だわい。」とおかしがられた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「まあま、お酌もせんどいて、えろう済まんことしてしまいましたけん。冷えてまずうなりましてん?」
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その日寅彦君は初めから終いまで黙って私たちの謡を聞いていたが、済んでから、先生の謡はどうかしたところが大変まずいなどと漱石氏の謡に冷評を加えたりした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その間も楽堂の舞台では、まずい音楽が続けられていた。そして聴衆ききては根気よく静かに耳を傾けている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
文化的進歩とは、シュークリームのうまい、まずい位のものだが、金儲けもその程度のものにすぎない。
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
昔狂月坊に汝の歌はまずいというと、「狂月に毛のむく/\とはえよかしさる歌よみと人に知られん」。
「こいつはしばって置き給え。いや縛る前に早く承諾書をとらなくちゃ。校長もさっぱりまずいなぁ。」
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それで彼女は意趣返しに、できるだけまずくひこうとくふうすることもあった。彼女はかなりの音楽家だったが音楽を好んでいなかった——多くのドイツ婦人のように。
『ここに居ちゃまずい、正九時半にまたここへ来い、ドジさえふまにゃ荷物が積めるから…………』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
そして、紙箒はたきを持って兄の机の上のほこりを払いながら、書物の間にはさんである洋紙を覗いて、まずい手蹟で根気よく英字を書留めているのに、感心もし、冷笑を浮べもした。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
題材が大きいということは、この題材の取り扱い方がまずいということを、救う力は持っていない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
たかだかまずくないというまでに過ぎまい。美しくしなければ美しくならないのは不自由な証拠である。たとえ拙くとも拙いままに美しくなるような作であってこそよい。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それにまた、関係者の認識不足がわざわいして、原料会社と和紙生産者組合との間に、楮商業組合というのを設置したため、とかくごたごたの起り易い配給機構のまずさもあった。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
白状して書いているのだ。立派な詩人が上手に書いたのでも、下手な素人しろうとまずく書いたのでも、それだけは同じ事だ。それと違って、この先生なんぞは気取っているのだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
惜しいかなその仏像の陳列の仕方がまずいので参拝人をしてそれ程に敬粛の念を起させない。つまりぞんざいな仏像画像及び経本等の博覧会に行ったような感じが起ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
門倉平馬かどくらへいまか、そのれに相違ない——彼等としては、雪之丞に、みにくいおくれを取ったのを、この女に見られている筈なので、何となく、まずい気持がしているのであろう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
矢張やは人物じんぶつ善悪ぜんあくは、うまくった場合ばあいよりもまずった場合ばあいによくわかるようでございます。
話しながらまずい答弁をしたものだと内心思っていたら、はたして「バタアンにおけるマックァーサー軍は、全く救援の望みはなかったが、ああいう目的のない破壊はしなかった」
硝子を破る者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
まずくてのろのろしているが、一旦いったんこうと決めてしまったら、生命がすりきれてもそれにいついて離れないのではないか——阿賀妻は見ていた。落ち着きはらった眼であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「私——私、お話ししようと思ったのですけど、私、切り出しがまずかったんでしょう。」
やれ誰が巧いとかまずいとかてんでに評判をし合って皆なで天狗てんぐになったのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
笠森かさもりのおせんは、江戸えどばん縹緻佳きりょうよしだ。おいらがまずなんぞにかないでも、きゃく御府内ごふない隅々すみずみから、ありのようにってくるわな。——いいたくなけりゃ、かずにいようよ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)