ほう)” の例文
治兵衛は草鞋を作っていたが、登を見ると、それをほうりだすようにして立ちあがったなり、養生所へ迎いをやったところだと云った。
おや屋はうれしがって、思わずまりを宙へほうった。ぽんとつくと、前よりまた高く上がった。またつく。またつきながら道を歩き出した。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのテーブルのはしに送り状を紐にまきつけた三越からの届け品の細長い箱が二つ、ひょいとほうりのせたように斜かいにのっている。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
がちゃんと金をほうり出すと、彼は室から飛び出した。外は道頓堀の盛場で、彼は人波に押されながら、宛も無くあちこち歩き廻った。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
というなり、彼等は、折角せっかく手にした懐中電灯も其場そのばほうり出して、云いあわせたように、ペタペタと、地上に尻餅をついてしまった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
手燭てしょく提灯ちょうちんもなくして平気で歩いて行けるから、座敷さえ教え込んでしまえば、ほうり出して置いて手数のかからないこと無類です。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最後にせた一塊ひとかたまりの肉団をどぶりと湯の中にほうり込むようにけて、敬太郎とほぼ同時に身体を拭きながら上って来た。そうして
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「わたしはそれを皆さんに勧めているのです。片っ端から作者部屋にほうり込んで置くうちには、一人ぐらいは物になるでしょう。」
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帆桁の端にぶら下げられた奴もいやがるんだ、畜生! それから船の外へほうり出された奴もいる。みんな魚の餌食になったものさ。
具体的に云うと、はなはだしい場合には、彼女の父母は、半間乃至ないし一間の距離で蘭子の柔い肉塊を、ゴムまりみたいにほうりっこするのである。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かたわらの方に山菅やますげで作った腰簑こしみのに、谷地草やちぐさで編んだ山岡頭巾やまおかずきんほうり出してあって、くすぶった薬鑵と茶碗が二つと弁当が投げ出してあるを見て
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
例せば小児が薯蕷やまいもを焼くとき共に食うべきさかなを望まば、上帝われに魚を与えよと唱えて棒を空中にほうればたちまち魚を下さった。
しかし焔の壁は思いのほか薄く、一瞬の後には、夜の冷え冷えとした大地の上に、二人はほうり出されたように倒れておりました。
妙なもので、どうもこういう風に一枚々々丹念に名号が書かれてある短冊ですから、それを束なりに川の中へほうり込むわけには行かない。
桑苗発送季の忙しくて人手が足りぬ時は、彼の兄なぞもマカウレーの英国史をほうり出して、の短い肥後鍬を不器用な手に握ったものだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼は一生懸命に、乱暴な返事をほうりつけた。が、その嘘でない事は、誰よりもよく彼自身が承知していそうな気もちがしていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あらためて傾斜から丘の頂上を眺めると、色と人と音の渦の中央にいるんだから、まるで曲馬団の舞輪リングほうり出されたようで
謙遜けんそん布袋ぬのぶくろの中へ何もかもほうり込んでしまう態度を取りにかかった。世の中は無事でさえあればいというのなら、これでよかったのだ。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
逸子は、握り箸の篤を、そのまま斜に背中へほうり上げておぶうと、霰の溝板を下駄で踏み鳴らして東仲通りの酒屋までビールをあつらえに行った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暁方あけがたまで読んだところが、あしたの事業にさまたげがあるというので、その本をば机の上にほうはなしにしてとこについて自分は寝入ってしまった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
彼は、にんじんに、その水を飲んでみろとすすめる。もっと滋養分じようぶんをつけるために、彼は、その中へなんでもほうり込むのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あの私刑にも似た暴挙が、業者に恐慌を来たしていた時代には、うっかり新聞も抱えの目先へほうり出しておけないのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あれじゃ商人あきんどにもなれんし、百姓にもなれまいし、まあかゆでもすすれるくらいの田地を分けてやるつもりで、ほうっておくか」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
川原でぶんぶん石をほうってたからね。近づいてって、声を掛けようと思うと、ふり向きもしないでどんどん行っちまやがった。おかしな奴だ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
食膳にのぼせた海老の赤い殻を、藪の中にほうんだ。湿っぽい、薄暗いようなあたりの空気に対して、赤い海老の殻があざやかに眼に映るのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
何か、高い所からほうり出されでもしたようで、ると云うよりはっ倒れている気持であったが、それでいて眼はえて来るばかりであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
庭にほうり出されたあのおみやげのわらつとを、かさかさ引いた、たしかにその音がしたとみんながさっきも話していました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その場で書いてやった返礼に、米一升をどさりと縁側にほうり出して農婦は帰っていったが、私の文筆が生活の資に役立ったのはこれが初めてだ。
私達は、竹柵の外から、鮨詰すしづめに押し込まれている、ロスケをののしったり、石をほうり込んだりして、一時間ぐらい費やした。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
食いおわった杏の種子を、陽にかがやく海に、ほうろうとしてから、ふと思い直し、ポケットのなかに、しまいこみました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
両手で団子をこねるやうにくしやくしやに丸めて、それなりポンと自分の座席へほうり出したのさ、僕はそれを見て思はず微笑を禁じ得なかつたね。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
問題のボール函包みは無造作に網棚にほうり上げられてある。旅行鞄トランクの一つは足許あしもとに、もう一つの小型の方は、大切そうに脇に引きつけられてある。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「ロシヤが、武器を供給したんだって? 黒龍江軍がほうって逃げた銃を見て見ろ。みんな三八式歩兵銃じゃないか!」
チチハルまで (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
悪漢の手をぢあげてほうりだし「ざまあ見やがれ」と云ひ、懐手にてゆうゆうと上手に入るところすつきりとしてよし。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
然し其屍体のくびには手拭がキリリと巻き付いて、強く強く、膨れた頸に喰い込んで居る、掘り出した者が、アッと、思わずほうり出したも無理はない。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
そこで親爺は目遣めつかいをした。阿Qはまた丸太格子の中にほうり込まれた。彼が二度目に同じ格子の中から引きずり出されたのは二日目の午前であった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
誰だか来て居るようで、話声がしているけれど、其様そんな事に頓着しては居られない。学校道具を座敷の中央まんなかほうり出して置いて台所へ飛んで行くなり
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
所在なさそうに半眼で、正面まとも臨風榜可小楼りんぷうぼうかしょうろうを仰ぎながら、程を忘れた巻莨まきたばこ、この時、口許へ火を吸って、慌てて灰へほうって、弥次郎兵衛は一つせた。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すべてのことを知らせるのはあとからにしよう、そう思いながら園は星野への葉書を破って屑籠にほうりこんだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と、そのたびごとに担ぎ手の腕が一斉に高く上へ伸びきると、たくましい万豊の体躯は思い切り高くほうりあげられて、その都度空中に様々なるポーズを描出した。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
お払い箱というときは襟首えりくびをつままれて、腰骨を蹴られてポンとほうりだされるが、これも挙措きょそ動作がひじょうな誇張のもとに行われる、南米のラテン型の一つ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だからどれほどったか、童伊が息をきらしながら慌てて呼びに来た時には、飲みかけの盃をほうり、われもなくよろめきながら、忠州屋をとび出したのだった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
ひょっとすると夜明かしかも知れぬ勇を待ち切れずに読みさしの小説本をほうり出して、玩具の様に小さな、朱塗りに貝をちりばめた鏡台から石鹸函を取り上げて
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
とも角大人の人間をああ軽々とほうり出したところから見ると、曲者は非常な大力たいりきでことによると、お狐さんの仕業ではあるまいか——そう言えば横丁の稲荷の前で
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そして、かわやの側の雨戸を開けて、星の輝いてる空に向って、力限りほうり上げた。それから床に戻って、いつか教会で聞いた神様の名を幾度も口の中で繰り返えした。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
それを今さら、こんなに年を取ってしまった僕の首根っこをつらまえて、表へほうり出そうというんだ!
しかし、かの鏡はそのままにして、いつもネクタイを結ぶときに使う鏡台の上にほうり出しておいた。
夜が明けたかと鬼どもはびっくりして銭も金もほうり出したままげ去ったというに対して、こちらは何もかもその逆を行き、または笑ってはならぬというのを笑って
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
せめて石さえ存在すれば「誰か」の「何か」であるぐらいな手繰りにはなる、人の唇よりむくわれたことばに曰く、「こんな邪魔なものほうり出せ」これで一切の結末がついた
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
おかみさんも仕方がないからほうって置くと、二晩目の夜中に、押入れの中でうんうん唸るような声が聞こえるのですって、気丈なおかみさんと見えて押入れを開けると
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)