あわ)” の例文
そうだ! 田舎へ帰ると、ああした事件やああしたあわれな人々もたくさんいるだろう。そうした処にも自分の歩むべき新しい道がある。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
当時の相場に掛けてわが悪筆を人からあわれまれるようになってからも、私の自信の源になっていたのだから、おかしなものである。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
そう云って左枝は、血相の変ったお勢を、あわれむように眺めはじめた。ボウという汽笛、艙水そうすいの流れ、窓にはもやをとおして港の灯が見える。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「突き出しか」と、男はいよいよあわれむように言った。「うむ、それで泣くか。無理もない。今夜の花はおれが払ってやる。すぐにうちへ帰れ」
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手柄を友次郎に奪われて、さすがの平次も少しどうかしたのかとでも思う様子で、じっと見詰める眼には、何となくあわれむような色があります。
笹村は手紙をそこへほうり出して、淋しく笑った。そして「もう自分の子供ものじゃない。」とそう思っている母親をあわれまずにはいられなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
正木博士の顔には見る見る私をあわれむような微笑が浮かみあらわれた。幾度も幾度もうなずきつつ、葉巻の煙を吸い込んでは、又吐き出した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
保姆さんは吐きすてるやうに言ひましたが、またチラッと千恵の顔へ走らせた眼のなかには、何かあわれむやうな微笑がありました。そしていきなり
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
学生は、一寸信一郎をあわれむような微笑を浮べた。ホンの瞬間だったけれども、それは知るべきものを知っていない者に見せる憫れみの微笑だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人のためだと血眼ちまなこになっている、この天与の恩恵豊かなる清風明月がきたりめぐっても、火の車を見るようにしか受取れない奴等こそあわれむべきものだ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かわいそうにと、おじいさんは、おもいました。としをとると、すべてのことにたいして、あわれみぶかくなるものです。
二百十日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
悪人でも連添う夫婦のじょうで死のうという心になるお蘭の志を考えると、山三郎はあわれさに堪えられず、暫くの間文殻ふみがらを繰返し/\読んで考えて居りました。
また家人にも取り入りてそが歓心を得んとつとめたる心の内、よく見えきて、あわれにもまた可笑おかしかりし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
... 内へ這入はいって見ますると、可哀相に、此有様です」と言来いいきたりて老女は真実あわれに堪えぬ如く声をすゝりて泣出せしかば目科は之を慰めて「いやお前がそうまで悲むは尤もだが、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
数学的観念のない半開人のすることは実にあわれなもので、噴き出すような馬鹿な仕方であるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
常に遠くを見つめているような・何物かに対するあわれみをいつもたたえているような眼である。
そして不思議にも、勝子は相手のどぎまぎしているのを見ると、かえってそれに反比例した心の落着きがたもてて、単なる好奇心のほかに、あわれみと同情の念さえ起きるのであった。
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
先刻、計らざるご対面、あと定めし、ご立腹と存じ候えど、浅ましの新九郎が境界、どのつら下げてお名乗り申すべくもなく、悩乱狼狽の後ろ姿、あわ笑止しょうしともお見のがし下されたく候
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祇園精舎ぎおんしょうじゃに在す釈迦牟尼しゃかむに仏よ。あなたのあわれな弟子は、今危難の淵におぼれかかって居ます。恥辱ちじょくの縄に亡びかかって居ります。どうぞあわれなこの声をお聴き取り下さい。お救い下さい。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「おぬいさん逃げるなら今のうちだ。早く逃げないと僕は何をするか、自分でも分らないよ」とあわれむがごとくに自分の前にうずくまる豊麗な新鮮な肉体に心の中でささやいたが、同時に
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
悪い事とは知りつつも、そっと隣家の田に行って、掛稲かけいねの穂を五六本盗んで来る。または大根を畠から抜いて還る。大師はその志をあわれんで、雪を降らせてその老女の足跡を隠してやった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「あいつがおれの思うこと一切を世間へ告げ散らしている、あの兇鳥まがどりが……あいつはおれの臆病な敵の間諜かんちょうだ……」彼にはまたしてもこの電流のようにすばやいひらめきがあわれにも感じられて来た。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
如何いかに絶対平和主義を持する国家のあわれむべきものであるかが分かる。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
宗像博士も流石にあわれみを催したらしく、無言のまま、相手の激情の静まるのを待っていた。すると、ややあって、彼女はようやく泣きじゃくりをやめ、さも悲しげな細い声で、幽に呟くのであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
他人はことごとく無情である、自分のこの切なる心を到底察してくれない。そんな他人に同情してもらったり、あわれんでもらったりしようとはかけても思わぬ。自分の大切な大切な魂の問題である。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「そうだ! 田舎へ帰るとああした事件や、ああしたあわれな人々もたくさんいるだろう。そうした処にも自分の歩むべき新しい道がある……」
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
その声の低く顫えているのは、彼女が疎匆を悔いているものと播磨は一図に解釈したので、彼はあわれむようにいい慰めた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そう言うお雪の横顔が、お増の目にみじめに見えた。張合いのなさそうな、だるいその生活がそぞろにあわれまれもした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女にはわずかにその輪廓りんかくだけしか想像されずにゐた長い争闘によつてきずついた青年がそこによこたはつてゐた。彼女はあわれむやうに青年の姿を改めて見直した。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ところがそれからも、私の不仕合せはいつから尽きようとはいたしませず、慈悲もあわれみもない親族どもは、私をカゴツ(中欧から北にかけて住む一種の賤民せんみん
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
其の次の間に、年齢十六七の娘が縛られ、猿轡さるぐつわをかけられて声も出す事が出来ませんで、唯涙をはら/\こぼして、島田髷を振りみだし、殊にあわれな姿でおります。
一文字に結ばれた唇が見る見るゆるんで、私をあわれむような微笑ほほえみにかわって行くのを見た……と思うと、無雑作に投げ出すような言葉が葉巻の煙と一緒に飛び出した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人間は、一度は光輝こうきな世界を有していたことがあったのをあわれむべくもみずから知らない不明なやからです。
『小さな草と太陽』序 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ただ七八〇番のような人には、長者として、この若者が好ましく思えたのであろう、彼にしてみれば、この若者をあわれみ、惜しむ情を抱かずにはいられなかったのであろう。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
天竜てんりゅう夜叉やしゃ乾闥婆けんだつばより、阿脩羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら摩睺羅伽まごらか・人・非人に至るまで等しくあわれみを垂れさせたもうわが師父には、このたび、なんじ、悟浄が苦悩くるしみをみそなわして
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あわれなる生活 さて上等僧侶の住所は第一等あるいは第二等の住所をその所属の寺からもらって居るばかりでなく、また自分で別荘を拵えたりあるいは自分で寺を持ってる者もある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わたくしはあわれを覚えて、「えーえー、いいですよ」と約束の言葉をつがえた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何とか三下奴さんしたやっこあわれんでやっておくんなさいましよ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私がはいって行くと、笹川は例のあわれむようなまた皮肉ひにくな眼つきして「今日はたいそうおめかしでいらっしゃいますね」
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
前に少しくりてはいるが、その老いたるをあわれんで、楊は再び載せてやると、老人は王戒おうかいという者であるとみずから名乗った。楊は途中で話した。
均平は銀子をあわれみ、しばしば自分が独りになる時のことを考え、孤独に堪え得るかどうかを、自身に検討してみるのだったが、それは老年のひがみに見えるだけで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やさしいあねは、不幸ふこうおとうとこころからあわれみました。自分じぶんいのちえても、おとうとのためにくそうとおもいました。この二人ふたりは、このにもめずらしいなかのよい姉弟きょうだいでありました。
港に着いた黒んぼ (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうして私をあわれむように……又は云い訳をするように、見え透いた空笑いをした。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
立ち去るきわに「自分でもへんだと思わないかい。」と云って、さげすむような笑いを見せました。それは自分の思い過ごしを弁解するもののようにも、また僕をあわれむもののようにもとれました。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
つんぼたゞしは言葉の通ぜぬためか、何程手を合わして頼み入っても肯入きゝいれず、又も飛び来る矢勢やせい鋭く、ことに矢頃近くなりましたから、あわれむべし、文治は胸のあたりを射通されて其の儘打倒れました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あわれみ下さい。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人か獣か判らぬような生活をしている青年わかものにも恋は有った。彼は何日いつか柳屋のお葉を見染めたものと思われる。お杉はあわれむように我子の顔を見た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は主人からひどく叱られたあわれな犬のような気持で、不機嫌なかれの側を、思いきって離れえないのだ。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
うぐいすは、やさしいすみれのいうことを、同情どうじょうしていていました。そして、どうして、この二人ふたりは、たがいに、しあわせにまれてきたのだろうとあわれみったのです。
すみれとうぐいすの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それでイクラか安心して淋しく笑うと『自分の罪の姿』も自分を見て、あわれむように微苦笑している。それを見ると又、いくらか気が落付いて来る……これが吾輩の所謂いわゆる自白心理だ……いいかい……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)