なげ)” の例文
若い警官たちは、めいめいの心の中に、このなげき悲しむ麗人を慰めるため、一刻も早く犯人を捕えたいものだと思わぬ者はなかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
のあるいは世をなげき、時をののしり、危言きげん激語げきごして死にく者の如き、壮は則ち壮なりといえども、なおこれ一点狂激の行あるを免れず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そして数年前設立されたベルン経済学会の会報は、勤労や技術や農業や工業の衰退や、人口消滅の切迫せる危機やをなげく論文で満たされていた。
この心を知らずや、と情極じようきはまりて彼のもだなげくが手に取る如き隣には、貫一が内俯うつぷしかしら擦付すりつけて、巻莨まきたばこの消えしをささげたるままによこたはれるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
貴方が絶えずおなげきになっていたように、なるほど軍司令部の消極政策も、おそらく原因の一つだったにはちがいないでしょうが、もともといえば
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もっともそれを自覚することによって、われわれは心構えが強められるのであって、なげくのではない。われわれとしては出来るだけのことはして来た。
二つの序文 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
僕はここでゴーゴリがペテルブルグの画家をなげいたことを思い出します。凡てが鈍重で悦びもなく又誰一人にも朝鮮の芸術家は大事にされないのです。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
人間の全的の感情を養い套習の覊絆きはんから解放し、自由の何たるかを知らせんとする、真の文学の絶無といってもいゝのをなげかずにいられないのであります。
文化線の低下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
奴隷どれいの歴史を読んで、その主人の暴虐に憤る前に、人は、その奴隷の無知と、無活気なるをなげかないだろうか。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
他日この絶大実力を貯うべきそなえありやを顧み、上に聖天子おわしましながら有君而無臣をなげき、政治に外交に教育に、それぞれ得意の辛辣な皮肉を飛ばして
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
山崎氏、君にはなんらの怨みとてはないが、君が邪魔をするために、国家の大事を誤るといってなげいている人がある、その人のために君を遠ざけねばならぬ。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
熱つぽい眼はかわいて、深いなげきといふよりは、燃えつくやうな、忿怒を感じたのは何んとしたことでせう。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
なげいてゐる。その無智な、無辜むこの人達のために、殊にかれは手を仏に合せなければならないことを思つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
自分の魂を打ち込んで焦心苦慮したことがまるで水の泡になってしまったことをなげいてもなげいても足りないで私はひとり胸の中で天道を怨みかこつ心になっていた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
追い追いの文明開化の風の吹き回しから人心うたた浮薄に流れて来たとのなげきを抱き、はなはだしきは楠公なんこう権助ごんすけに比するほどの偶像破壊者があらわれるに至ったと考え
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
男女なんにょの間変らじと一言ひとことかわせば一生変るまじきはもとよりなるを、小賢こさかしき祈誓三昧きしょうさんまい、誠少き命毛いのちげなさけは薄き墨含ませて、文句を飾り色めかす腹のうちなげかわしと昔の人のいいたるが
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
実は、拙者も年来蘭書読みたき宿題でござったが、志を同じゅうする良友もなく、なげき思うのみにて、日を過してござる。もし、各々方が、志を合せて下されば何よりの幸いじゃ。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
郭迻くわくいの音義とは所謂一切経類音である。類音の疎略にして、慧琳音義の伝はらざるをなげいて作つたのである。然るに此行瑫の書も亦亡びて、未だその発見せられたことを聞かない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「あれが織田信長おだのぶながの紋ですよ。信長が王室の式微しきびなげいて、あの幕を献上したというのが始まりで、それから以後は必ずあの木瓜もっこうの紋の付いた幕を張る事になってるんだそうです」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いくら剣術の空っ下手な(情人たるお国がはじめのほうでしきりにそうなげいている!)
久留島義太のごときは、数学者は数学の問題をやっておればよいのであるが、問題がないので暦術の問題などをいじくることになったのはなげかわしい、というようなこともいっている。
と何かなげくように言ったが、私を子供と思ったのか「まあ、聴いて置きなさい」
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
今では蕩尽とうじんされて、僅に残株ざんしゅを存するばかり、昔のおもかげは見る由もないとなげかれたが、小御岳から、大沢をはさんで、大宮口に近い森林まで、純美なる白石楠花の茂っていることは
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
これより先、裸美の画坊間ぼうかん絵草紙屋えぞうしやに一ツさがり、遂に沢山さがる。道徳家なげき、美術家あきれ、兵士喜んで買い、書生ソッと買う。しかしてその由来を『国民の友』の初刷に帰する者あり。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
東亜の風雲ますます急なるよしを告げ、この時この際、婦人の身また如何いかむなしく過すべきやといいけるに、女史も我が当局者の優柔不断をなげき、心ひそかに決する処あり、いざさらば地方に遊説して
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
近頃だんだん上方の舞が東京の踊に圧倒されて行く傾向のあるのをなげき、このままでは衰微してしまう郷土芸術の伝統を世にあらわしたいと云う考から、山村舞に異常なあこがれを寄せている人々が多く
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
真に肺肝はいかんから出て非常になげいて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なげきては、あめゆうべ
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
「今日は、ちっともいいのが来ないわ」と松山の左手に坐っていた川丘みどりが、真紅に濡れているような唇をギュッと曲げてなげいた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『こんなことをいつまでやつてゐたつて仕方がない。』鈍根でない人は必ずかう言つてなげくに相違ない。又非常なる単調と疲労と平凡とを感じて来るに相違ない。
自からを信ぜよ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
今日まで懕々ぶらぶら致候いたしさふらふて、唯々なつかし御方おんかたの事のみ思続おもひつづさふらふては、みづからのはかなき儚き身の上をなげき、胸はいよいよ痛み、目は見苦みぐるし腫起はれあがり候て、今日は昨日きのふより痩衰やせおとろ申候まをしさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
阿島の旗本の家来で国事に心を寄せ、王室の衰えをなげくあまりに脱籍して浪人となり、元治げんじ年代の長州志士らと共に京坂の間を活動した人がある。たまたま元治甲子きのえねの戦さが起こった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
老婆は貞順の無慙な姿を見附けるなり、ふーと息を吐き出して朝鮮語でなげいた。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
私に取っては何よりのなげきでしたが、幸いな事に妙子は、九八郎にすっかり愛想を尽かして、二度ともう帰ろうとしないばかりか、その話を一寸でもすると、ヒドく憂鬱になる様子でした。
元封げんぽう元年に武帝が東、泰山たいざんに登って天を祭ったとき、たまたま周南しゅうなんで病床にあった熱血漢ねっけつかん司馬談しばたんは、天子始めて漢家のほうを建つるめでたきときに、おのれ一人従ってゆくことのできぬのをなげ
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
前にたてまつりりて、諸藩を削るをいさめたる高巍こうぎは、言用いられず、事ついに発して天下動乱に至りたるをなげき、書をたてまつりりて、臣願わくは燕に使つかいして言うところあらんと請い、許されて燕に至り
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さてこそ虎松は、捜索上の不運をなげくよりも前に帯刀の辛辣しんらつなる言葉を耳にするのをいやがっていたのであった。——
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ある処は叙述が説明に陥るのを憂ひ、ある処は会話と会話とのつなぎの十分でないのをなげいた。しかし何うやら彼うやら『生』の一篇が出来た時には、ほつと呼吸をいた。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
一枚の曠着はれぎさへ無き身貧に相成候ほどに、いよいよ先の錦の事を思ひに思ひ候へども、今は何処いづこの人手に渡り候とも知れず、日頃それのみ苦に病み、なげき暮し居り候折から
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
賢君忠臣の事蹟じせきむなしく地下に埋もれしめる不甲斐ふがいなさをなげいて泣いた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
『不浄だとは何だ』と丑松は心に憤つて、蔭ながらあの大日向の不幸ふしあはせを憐んだり、道理いはれのないこの非人扱ひをなげいたりして、穢多の種族の悲惨な運命を思ひつゞけた——丑松もまた穢多なのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まことになげかわしき存在だったのです。
いつもはわざと住居から遠くはなれて秘密な恋を味い喜んだあの佃島つくだじまで私ははっきり切れ話を持ち出した。時子のなげきがどんなであったか、それは想像に委せる。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人は唯、愛することを得ざるをなげき、信ずることを得ざるを悲しむべきではないか。
女と情と愛と (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
三吉にはそれも耳に入らぬらしく、折悪しく帆村名探偵の海外出張中なのをなげいていた。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
西鶴を不真面目と言ひ、通人と言ひ、幇間と言ふ人の眼の盲いてゐることを私はなげかずには居られない。既に『虚無』である、従つて、西鶴は『箇』に住した作家だと言ふことが出来る。
西鶴小論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
いやなげくのは後でもいい。今はたった一人の愛すべき妹とその夫が、全く同じ手で殺害されようとしているのだ。……ああ、おれはもう、この雷鳴の済むまで待ってなどいられないんだッ
(新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてその後で、すぐ筆をつづけて、何うして帰つて来たらう! 愛も何もない男の許に何うして帰つて来たらう! と言つてなげいてゐる。何うしても、立派に今の心境小説であると私は思つた。
早春 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ただ彼の親しい友人のAというのが、よくこんな赭い熟れきったような顔を彼の前に現わして、「ああ昨夜ゆうべは近頃になく呑みすぎちゃった。きょうはフラフラで睡い睡い」となげくのであった。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今まで広い空間に孤独を歎き、一人を歎き、自然の無関心をなげいた自己は、はるかに遠い過去に没し去つた。今はその如来の像はかれに向つて話し懸けた。又かれに向つて微妙みめう不可思議の心理を示した。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)