居睡いねむ)” の例文
いくら居睡いねむりをしていても、不思議に、ぼくは二宮を乗り越したことはいっぺんもなかった。ぼくの毎日はそのようにしてつづいた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
叔母のかたをばんでいるうち、夜も大分だいぶけて来たので、源三がついうかりとして居睡いねむると、さあ恐ろしい煙管きせる打擲ちょうちゃくを受けさせられた。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
皆の跫音あしおとが聞えた時、火鉢にりかかって、時々こくりこくりと居睡いねむりをしていた母親は、あわてて目をこすって仕事を取りあげた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
【説明】 次に映写し出されましたるは、九州帝国大学精神病学教室本館階上、教授室に於ける正木博士の居睡いねむり姿で御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
西風の夜のこの獲物は、かもねぎを背負ってきたようなものだった。うっかり居睡いねむりでもしていようものなら、逃げられてしまうはずだった。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何を愚図々々ぐずぐずしているんだえ? ほんとうにお前位、ずうずうしい女はありゃしないよ。きっと又台所で居睡いねむりか何かしていたんだろう?」
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
最後に下女と小僧を呼出して調べましたが、これは灯のない店とお勝手で居睡いねむりしていて何にも知らず、ただ変ったことは
そして、昨夜あんな恐しい仕事をしてねむらなかったので、熱海か箱根へ逃げのびる途中で、ついウトウトと、居睡いねむりをしはじめたのに違いない。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
人気俳優の家庭を知っていることに聴手ききてが興味をもつであろうと思って、そのくせ自分はキョトンとして居睡いねむりの出そうな長閑のどかな顔をしていた。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
然し、皆は明日居睡いねむりをしても、のめりながら仕事をしても——例の「サボ」をやっても、皆で「お通夜」をしようということにした。そう決った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ねむくなるとそうしたままでうとうとと居睡いねむりしながら過ごして来た葉子も、思いのほか頭の中が軽くなっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
呼んで来なよ、あのや、何んだって今ッから居睡いねむりをしているんだよ、いけねえ餓鬼だよ、長次はんを見て来て呉んなましよ、喜勢川きせがわはんの座敷に居なますよ
あるりずに忍んで来た修験者が、寝室の口からのぞいて見ると、切燈台の壮い男は頭からあかりともった瓦盃をおろして、こくりこくりと居睡いねむりをしておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつも、こんな時には留守居役の老女中、お早婆さんが、居睡いねむり半分、仕舞湯しまいゆつかっているはずである。
お父さんは居睡いねむりしていらっしゃる時の外は何時でも暗誦あんしょうですから、私の方でも思うようには出来ませんから、長い間ずっと階下したの四畳半で皆と一緒におります。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……艶々つやつやなまめいたおんなじゃが、ええ、驚かしおった、おのれ! しかも、のうのうと居睡いねむりくさって、何処どこに、馬の通るを知らぬ婦があるものか、野放図のほうずやつめが。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家の人たちは山林の下刈りにいったとかで、母が一人ひとり大きな家に留守居していた。日あたりのよい奥のえん側に、居睡いねむりもしないで一心にほぐしものをやっていられる。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「うむ? あ?」と、ちょっとまごついて、今まで居睡いねむりでもしていたらしい顔をあげた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
何気ない顔で家に帰れば、召使達は勝手元に待くたびれて居汚く居睡いねむっています。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あなたが学校でよく居睡いねむりをしておられるので、てっきりこれは苦学生だなと僕は思っていたんです。そして、ちょいちょい僕はここで、あなたの夕刊売りの様子を拝見していたんです
何分激しい業務の余暇よか睡眠すいみん時間をぬすんでは稽古するのであるから次第に寝不足がたまって来て暖い所だとつい居睡いねむりがおそって来るので、秋の末頃から夜な夜なそっと物干台ものほしだいに出て弾いた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして窓のにも出入口のドアにも厳重に鍵をかって見張をしていた。一時になって、二人は紅茶を飲んだ。それから三十分も経ったろうか、二人はいつしかとろとろと居睡いねむりをしていたらしい。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ところが、その妹婿も大して危険な人物ではなさそうだった——というのは、もうすっかり酔っぱらってしまったと見えて椅子に掛けたまま、しきりにこくりこくり居睡いねむりをしていたからである。
活動写真の評判や朋輩ほうばい同士のうわさにも毎日の事でもうきている。睡気ねむけがさしてもさすがここでは居睡いねむりをするわけにも行かないらしく、いずれも所業しょざいなげにただ時間のたつのを待っているという様子。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは天気のいいとき、このうえの岩のうえで蜥蜴とかげみたいにぺったりとおなかを日にあっためられた岩にくっつけて、眼をつぶり、無念無想でねころんだり、居睡いねむりしたりするたのしみのことをいうんだ。
真下に視下みおろす議場では、居睡いねむりをしている人や、肩をからせてつかみあっている人たちがいた。それが議員と云う人たちなそうで、もう吃驚びつくりしてしまって、それきりな気持ちになってしまっている。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「向うの電信柱の下で立ったまま居睡いねむりをしているあの人です。」
つまり吾輩が今朝になって、その遺言書を書きさしたまま、居睡いねむりを初めてから、まだ五時間しか経過していない理窟になるんだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小僧は火の気のない帳場格子のわきに坐って、懐手をしながら、コクリコクリ居睡いねむりをしていた。時計がちょうど七時を打った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、忌々いまいましさを忘れるには、一しょに流された相手が悪い。丹波たんばの少将成経なりつねなどは、ふさいでいなければ居睡いねむりをしていた。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
当時の演奏会のプログラムは、今日のそれに幾倍する恐ろしいもので、貴顕淑女達きけんしゅくじょたちが、曲の半ばについうつらうつらと居睡いねむりすることが普通であった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
居睡いねむっているのであるから、サンドウィッチを買ったって、構わないようなものの、しかし、物音を立てて、うっかり眼でもさまされたら、却って困る。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
(姉めも、病身じゃによって、)と蜘蛛くもの巣だらけのすす行燈あんどんにしょんぼりして、突伏つッぷして居睡いねむ小児こどもの蚊を追いながら、打語る。……と御坊は縁起で云うのですが。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人間たちのラッシュと、疲労と、適度の震動と、車内の薄暗さから、毎日のようにぼくは居睡いねむりをするのだった。……客車には、品川ではほとんど乗りこむ余地がなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その永眠えいみんの時には法華経ほけきょうを読んでいて、声の止んだのを居睡いねむりかと家人にあやまられたと聞いて、ただありがたいことと思ったのみ、これでふたりとも親が亡くなったのだなとは考えながら
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「いや、考えているのじゃない。あの怪潜水艦は、居睡いねむりをしているんだ」
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だからまた勝ちすぎる荷と連夜の睡眠不足のために、学校に行って机にりかかるとはすぐに居睡いねむりが出てきて、どんなに気を張りつめて眠らないようにしようとしてもそれには勝てなかった。
或る時白髪小僧は王様の居る都に来て、その街外まちはずれを流れる一つの川の縁に立っている大きな銀杏の樹の蔭でウトウトと居睡いねむりをしておりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
一等室の鶯茶うぐいすちゃがかった腰掛と、同じ色の窓帷カアテンと、そうしてその間に居睡いねむりをしている、山のような白頭の肥大漢と、——ああその堂々たる相貌に
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
暑い日中、熱に浮かされたような患者は、時々ゆかの敷物のうえに疲れて居睡いねむりをしているお庄を、幾度となく呼んだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
が、それもほんの一度だけで、夜は水のごとく静まり返ると、ガラッ八はコクリコクリと居睡いねむりを始めました。
紳士の顔は、うしろのもたれと窓枠まどわくの間へはまり込むようにして居睡いねむっているので、帽子が前へズレて、半分隠されたようになっているが、それは、さっきのままの顔である。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
その釘を刺した形代かたしろを、肌に当てて居睡いねむった時の心持は、何とあった。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
展望車に接近した特別貸切室のドアの前に、二十二三ぐらいのスマートな青年ボーイが突立ったままもたれかかってコクリコクリと居睡いねむりをしている。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると、やれ清水の桜が咲いたの、やれ五条の橋普請はしぶしんが出来たのと云っているうちに、幸い、年の加減かげんか、この婆さんが、そろそろ居睡いねむりをはじめました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こく近い、真昼の日を浴びて、八五郎はお座敷を覗いてあごを撫でるのです。四月のある日、坐っていると、ツイ居睡いねむりに誘われるような、美しい日和ひよりです。
母親は時々こくりこくりと居睡いねむりをしながら、鼻をつまらせて、下卑げびたその文句にれていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やっと居睡いねむりから眼を醒ました吾輩が、少々気抜けのていでボンヤリしていると、間もなく若林が例の新式サイレンの自動車で馳け付けて来る様子だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、重吉は通夜疲れの為にうとうと居睡いねむりをしていなければ、窓の外の新開町を眺め、「この辺もすっかり変ったな」などと気のない独り語をらしていた。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「なにぶん娘と二人の無人ぶにんでございます。薬箱持ちの男はおりますが、それは通いで、夜は帰ってしまいますし、下女は一人おりますが、居睡いねむりするより外に芸のない女で——」