かわや)” の例文
十歳を越えてなお夜中やちゅう一人で、かわやに行く事の出来なかったのは、その時代に育てられた人のの、敢て私ばかりと云うではあるまい。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
かわやのはどうにもならないが、梯子段の近辺は手すりにのぼった。窓の近くは窓にのぼり、欄間に手をかけて屋守やもりの這うかたちでした。
『はい私は、その紐の本数を、存じります。実を申せば、お殿さま、かわやらせられましたとき、私はお出を待つ間に、紐の本数を ...
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お答えして「朝早くかわやにおはいりになつた時に、待つていてつかまえてつかみひしいで、手足を折つてこもにつつんで投げすてました」
詰所に近いかわやの前の庭へ落雷した。この時厠に立って小便をしていた伊沢柏軒は、前へ倒れて、門歯二枚を朝顔あさがおに打ち附けて折った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
九人一つ座敷にいるうちで、片岡源五右衛門かたおかげんごえもんは、今し方かわやへ立った。早水藤左衛門はやみとうざえもんは、しもへ話しに行って、いまだにここへ帰らない。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おうめにお茶をれて、と云いながら、おみきは喜六を家へ招き入れた。その家は六じょうと四帖半二た間に、かわやと勝手という造りだった。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だしぬけに目の前のかわやで、うめく声がすると、ばったり戸を開けて出たのが間淵で、——こんがらかると不可いけません。——兄洞斎です。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とつこうつ、明け方までに、かわやへ通うこと数度、およそ旅先の旅館で、深夜、厠へ通うほど、ほかの部屋へ気がひけるものはない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝床に置きに行く時、枕の下にそっと押し込んでおき、晩になって寝床の中で食べます。もしそれができない時は、かわやの中で食べます。
それはある晩のことであったが、時刻もちょうど丑満時うしみつどき、甚五衛門は小姓を連れて奥のかわやへ行こうとして廊下を向こうへ歩いて行った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かわやへ入って、独りでそっと憤激の熱い涙をしぼり搾りしたものだったが、それには何か自身の心に合点がてんの行く理由がなくてはならぬと考え
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
毎朝歯を磨くにも多量の塩を用ゐかわや用の紙さへも少からず費すが如き有様なりしかば誰も元義の寄食し居るを好まざりきといふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
同じこの白でかわやに取りつける朝顔を作りますが見事な形のを見かけます。信楽の一部をなす神山こうやまはその土瓶でよく知られました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
お留は周章あわててかわやへ行った。そして、戻るとき戸棚の抽出しから白紙を出して、一円包んで出て来ると安次に黙って握らせた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その時の態度は公平で、率直で、同情に富んでいて、決して泥酔してかわやに寝たり、地上に横たわったりした人とは思われない。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わらわの小雪というのが眼をさましてかわやへ立った。彼女は紙燭しそくをともして長い廊下を伝ってゆくと、紙燭の火は風もないのにふっと消えた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人びとは手に手に棍棒こんぼうや箒などを持って彼のかわやへ駈けつけたが、べつに変ったことはなくまげが入口に無気味な恰好で落ちていただけであった。
簪につけた短冊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
てらてら黒光りのするけやき普請の長い廊下をこわごわおかわやのほうへ、足の裏だけは、いやに冷や冷やして居りましたけれど、なにさま眠くって
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「純日本式の、手入れの届いたかわやには必ず一種特有な、上品な匂いがする、それが云うに云われない奥床おくゆかしさを覚えさせる」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しまいには足が痛んで腰が立たなくなって、かわやのぼる折などは、やっとの事壁伝いに身体からだを運んだのである。その時分の彼は彫刻家であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
を入ってすぐのところに以前共同かわやのあったことをいっても、おそらくだれもその古い記憶をよび起すのに苦しむだろう。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
緒方氏がまだ十歳くらいの頃、大阪の家の広い庭で遊んでいられた時に、父上がかわやから出られたと思うと、手洗の所でひどく咯血かっけつせられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
外套がいとうを着て、帽子をかぶってから、あらためてかわやへ行き直したり、忘れた持物を探しはじめたりするのが、彼の癖である。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
狭い裏梯子から、風呂場やかわやに行くようになっていた。その裏梯子に雨洩りがしていたし厠への廊下は、しぶきをとばして雨が落ちかかっている。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
取締りの老女中が、奥向きの部屋部屋——内玄関、勝手、納戸、茶の間、寝室、御居間、書院、湯殿、かわやというようなところを、案内してくれた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かわやの縁に立って眺めると、雪もやがてれるとみえ、中空にはほのかな光さえ射している。ああ静かだと貞阿は思う。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
上のかわやといっている二ノ間つきのご不浄は、畳を敷きつめた六畳ほどの広さで、地袋の棚には、書見台と青磁の香炉が載っているといったぐあいである。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かわや係りの童女はきれいな子で、奉公なれた新参者であるが、それが使いになって、女御の台盤所だいばんどころへそっと行って
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お角さんのかわやまで逃げ込み、なおまた大谷風呂の風呂番にまで窮命させられているのは、つまりそのたたりである。
汚れた種類の食物だとか、汚れた手や食器で触れた食物だとか、食物についての禁忌タブーが人を汚すなどということはありえない。食物は皆かわやにおちるのだ。
そうしたままで清逸せいいちは首だけを腰高窓の方に少しふり向けてみた。夜のひきあけに、いつものとおり咳がたてこんで出たので、眠られぬままにかわやに立った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は暫く半眠半醒の状態で床上に苦しんでいたが、はっきり眼がさめるとあわててかわやにとびこんだ。斯ういう場合、誰でも比較的永く厠にいるものである。
夢の殺人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
「どうしてかわやの中で考える事がきちんと何時もはかどるんだろうね、厠で考えた事は、何時も正確で後悔はない。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
なるべく隠して紙を持って行ってどうにか向うの知らん中にうまく始末をしてかわやの中から出て来るという始末。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「あら!」と女はわざと驚いて見せて、「もうおやすみになったんだわ、あなたまだかわやにいらっしゃらない」
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
宮中かわやと申候共同便所の如きもの往来の両側に処々散在すれども日本の共同便所と同日に談ずべくもなし
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「失礼ながら『基督教青年』は私のところへきますと私はすぐそれをかわやへ持っていって置いてきます。」
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
実をいえば今朝方かわやへ起きるまでは、これから先の暮し方など、とやこう考えていた訳ではなかった。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
文墨ぶんぼくまじわりがある位で、ちょっと変った面白い人で、第三回の博覧会の時でしたかに、会場内のかわやの下掃除を引受けて、御手前の防臭剤かなんかをかしていましたが
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
熊楠いわく、馬文耕の『近世江都著聞集』四に、京町三浦の傾城けいせい薄雲かわやへ往くごとに猫随い入る。
おれは小用をしに立って、くぐさんをはずして表に出る。暗さは暗し、農家のこととてかわやは外に設けてある。ちょうど雨滴落あまだれおちのところで物につまずいて仰向あおむけに倒れたね。
かわやと井戸の接近したような家に夭死する人が続出したり、逆上して変死する者の続出するのは当然で、この中に一人でも脳の加減が悪くて奇異な幻覚を見るものがあると
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
現にかわやに入りて、職業用の鋏刀はさみもて自殺をくわだてし女囚をば妾もの当りに見て親しく知れりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
かわやへ立ちはしなかったかナ——お! そうだ、いま厠へ行って帰って来たところだ! うウム、さてはその間に何者か忍び入って——だが、しかし、忍び入ってと申して
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
じゃあということになって、一人は別室のかわやへゆく。一人は談話室のテエブルを引き寄せる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
突き当りのかわやの戸を開けて、中へ入っていった。そうして、なかなか出てこなかった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
隣の部屋にいる和助どんを起して、ほんのしばらく代って貰って、かわやへ行ったのは、かれこれ、寅刻ななつ(午前四時)でございました。用を済まして、帰ってみると、和助どんは見えません。
私はかわやにはいっていた。その小さな窓からは、井戸端いどばたの光景がまる見えになった。誰かが顔を洗いにきた。私が何気なくその窓からのぞいていると、青年が悪い顔色をして歯をみがいていた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして、そのときは気づかなかったのに、息子がいった百合の花というのは、光丸のことを考えてのことであったろうか、と、霹靂へきれきのように、金五郎は、今、かわやのなかで悟ったのである。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)