おご)” の例文
天地の道理を知る歓びは己の一つのおごりである。しかし己が北野家の長男であるが故に、家を出て思う存分勉強出来ないじゃないか。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
おごったことをもうすようですが、こいつの口は、あげな棒っ切れのようなものを食べるようには、できておらんのでござります」
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌がいかを挙げて豪奢ごうしゃおご、でなければ俗世間にねて愚弄ぐろうする乎、二つの路のドッチかより外なかった。
しかしこの考えには少しも気味の悪いような分子は含んでいない。むしろ人におごるような、君主的なような分子を含んでいる。なんだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
彼は、地上の一切の力を集中させた或るあやしい魔法の輪の中にいる自分を見、思いおごった恍惚こうこつのなかで、自分をその輪の中心だと思った。
驚愕と喪神は去り、苦悶くもんと死闘はおさまり、心おごらずまた沈まず、嵐の後の富士のごとくに、ひときわ気高く、完き自由人でありました。
玄間は俗医にして処世の才おほき人物であつたらしい。初め町医より召し出された時、茶山はこれを蘭軒に報じて、その人におごる状を告げた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
自分の天分にぴったりとはまった仕事を見出すと、彼女の倨傲きょごうは頭を持上げはじめた。勝気で通してゆく彼女は気におごった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
象徴派の詩人を目して徒らに神経の鋭きにおごる者なりと非議する評家よ、卿等けいらの神経こそ寧ろ過敏の徴候を呈したらずや。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
あの書画会というやつ、あれがいけないんです……柳橋の万八で、たいてい春秋二季にやりますな、あれが先輩をおごらしめ、後進を毒するのです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは信仰と同じである。宗教は貧の徳を求め、智におごる者をいましめるではないか。素朴な器にこそ驚くべき美が宿る。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
戦功におごってブル化しようとした義仲、義経を片っ端から殺してしまった。範頼もとやかく攻め亡ぼした。そこに頼朝の生真面目な性格がほの見える。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
併しこゝでもステパンは人におごる癖を出さずにはゐられなかつた。僧院内では誰よりもえらいと思つたのである。
この想像の中に、彼のあらゆるひがみもおごりも、またいらだたしさもが発してゐる。曾根至はこの登攀とうはんについての告知を、そ知らぬ顔で目をつむつて聞いた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
老人はいにしへを恋ひ、壮年は己れの時におごる、恋ふるものは恋ふべきのあと透明にして而して後に恋ふるにあらず、傲る者は傲るべき理の照々たるが故に傲るにあらず。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それがし、関羽が許都にありし頃、朝夕に、彼の心を見て、およそその人がらを知っている。彼は、仁侠の気に富み、おごる者には強く、弱き下の人々にはよく憐れむ。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは真剣の場数を踏んできた賜物で、その冷静さは、天童のおごった心を脅かすに十分であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しかし、才をたのみ物におごって、鬼神を信ぜず、やしろを焼き、神像を水に沈めなどするので、狂士を以て目せられている大異には、そんなことはすこしも神経に触らなかった。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
Quod curiositate cognoverunt superbia amiserunt.「彼等驚きによりて認めたるものを、おごりによりて失いたりき」
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ある時は綾瀬の橋のなかばより雲はるかに遠く眺めやりしの秩父嶺の翠色みどり深きが中に、明日明後日はこの身の行き徘徊たもとおりて、この心の欲しきまま林谷にうそぶおごるべしと思えば
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
例之、芝居がゝりの雨乞に失敗して、恥辱に堪へられず身を沈めるところ、其處にはおごれる者の一朝にしていたましく傷ついた姿が殘酷ともいふ可き程鮮かに浮び出してゐる。
されどかの君は大口開きて笑いたまい、宝丹飲むがさまでつらきかとのたまいつつわれらを見てまた大口に笑いたもう。げに平壌へいじょう攻落せし将軍もかくまでにはおごりたる色を見せざりし。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それからチーリンスへ還ってアンテアを欺き、飛馬に同乗するうち、突き落して海中に溺死できしせしめたまでは結構だったが、ベレロフォン毎度の幸運におごって飛馬に乗り昇天せんとす。
けれども時々は、つい年長者のおごる心から、親しみの強い彼を眼下がんか見下みくだして、浅薄と心付こころづきながら、その場限りの無意味にもったいをつけた訓戒などを与える折も無いではなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどふしぎにもそこにはおごり高ぶる心がなくしてへりくだるやさしき心がある。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
ブウシエをわらつて俗漢とす。あにあへて難しとせんや。遮莫さもあらばあれ千年ののち、天下靡然びぜんとしてブウシエのけんおもむく事無しと云ふ可らず。白眼はくがん当世におごり、長嘯ちやうせう後代を待つ、またこれ鬼窟裡きくつりの生計のみ。
而して一番弱いものが一番強いものに勝つ場合もある。顕微鏡下けんびきょうかかろうじて見得る一細菌さいきんが、神の子だイヤ神だとおごる人間を容易に殺して了うではないか。畢竟ひっきょう宇宙は大円だいえん。生命は共通。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
日本の国と人とに今はひたすら取りすがってはいるものの、由来小悪こわるで狡くて、勝ってはおごり、弱みにつけこみやすいのが日本人のある階級の特性である。善良で無智と見ると何処までもかさにかかる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それをはっきりいい切っておごらぬ総理大臣吉田茂を私は見直した。
人類の善行者たちも自分の豊かな力におごりはしない。
花は、濃い紫色で、りんとしたおごりと強さがあった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おごる力を感じつつ、何やら知らぬ物を味ひ
おごる力を感じつつ、何やら知らぬ物を味い
たとへおごれる憎惡我を打ち倒すとも
それでいて、こんな催しをするのは、彼が忽ち富豪の主人になって、人をしのぎ世におごった前生活の惰力ではあるまいか。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あらゆる虚栄と虚飾におごる功利道徳と科学文化の荘儼……燦爛として眼をくらます科学文化の外観を掻き破って
甲賀三郎氏に答う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
然るにアンジョの中にルシヘルと云へる者、インテリゲンシヤ(知)におごつて慢心を起し、人の生くるはパンのみによるなりと言ひ、己れを拝さんことを衆に勧む。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
貧に暮した時を忘れず、おごりをいましめて、かなり店が手広くなってからでも、窮乏した昔を忘れなかった。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
作り方は紐作ひもつく蹴轆轤けろくろの由ですが、こんな事情がこの焼物自体を大変貧しいものにしているのですが、更にその背後にはとても貧しくおごりのない素朴な暮しがあって
多々良の雑器 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
平一郎が和歌子への手紙を深井によって伝えようと決心した日の次の日の午後、彼は一事を敢行したことの英雄的なおごりを感じながら靴音高くかえって来た。なぜ靴音が高いか。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「どこまで、悪運がつよいのか」といよいよ、おごさかえる平家を憎んだ。石の上の雑草みたいな、うだつの上がらない自分たちの生活に、また当分、があたらないあきらめを嘆いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おごれる市民の、君のまつりごと非なりとてありのごとく塔下に押し寄せてひしめき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また故無きにあらず。兵馬の権、他人の手に落ち、金穀の利、一家の有たらずして、将帥しょうすい外におごり、奸邪かんじゃあいだに私すれば、一朝事有るに際しては、都城守るあたわず、宗廟そうびょうまつられざるに至るべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
節度を人からいられず、自ら楽しんでおごることなき、そういう世界が望みで、わたしはこの船の旅に出ました、わたしはもう人の上に立つことはしない、人の下に忍ぶこともしない、お松さん
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
士におごつたり、凡人に劣らぬ半面をもやはり大いに示してゐる。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とみかう見、めしひて笑ひ、はた、おごる。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
優しいように、おごったように、自由に
最上等の血液と、最高等の営養物を全身から搾取しつつ王者のおごりを極めている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
父楊庵は金を安積氏にかえし、人を九州にって子を連れ戻した。良三はまだのこりの金を持っていたので、迎えに来た男をしたがえて東上するのに、駅々で人におごること貴公子の如くであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
以て自らおごるものも有るが、此等は眞に妄人癡物といふべきものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)