俎板まないた)” の例文
細い俎板まないたの様な簡単な手術台に黒い桐油紙を布いたのが二脚、捨て床几しやうぎの様に置かれてあるきりで、広い其の室はがらんとして居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
看板には本人の立姿と土俵入りの図、木戸口に俎板まないた大の駒下駄と畳一畳ぐらいの大かごを飾り、まずその図体の大きさを想わせる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
養鶏談の長かりけるうちに眼前の料理場にてはレデーケーキも美事みごとに出来上り、一人の料理人はとり俎板まないたに載せてその肉をき始めたり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まだ床を離れない細君は、手を延ばして彼の枕元から取った袂時計たもとどけいを眺めていた。下女げじょ俎板まないたの上で何か刻む音が台所の方で聞こえた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俎板まないたは柱のような四角な木切れだった。人も家も、大人も子供も、俎板もさつま芋も、どす黒い煙にいぶされたような色だった。
一つ身の着物 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
なるほど箱の中には高脚たかあしつきの膳が入っていて、膳の上に吸物、さしみ、口取り、その他種々の材料をはじめ庖丁俎板まないたまで仕込んである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
むつかしやの隠居は小松菜こまつなの中から俎板まないたのにおいをかぎ出してつけ物のさらを拒絶する。一びん百円の香水でもとにかく売れて行くのである。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鮒は近在でれるのでしょう、大きなおけに一杯入れたのが重ねてあって、俎板まないたを前に、若い男がいつも串刺に忙しそうです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
俎板まないたとんとん庖丁チョキチョキ、出放題な、生欠伸なまあくびをして大歎息を発する。翌日あくるひの天気の噂をする、お題目を唱える、小児こどもを叱る、わッという。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには共進会のように新しいおはちだの俎板まないたたらい、大ざる、小笊、ちり紙、本棚、鏡台などという世帯道具がうずたかく陳列されているのであった。
朝の風 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
母親は青葉の映りの濃く射す縁側へ新しい茣蓙ござを敷き、俎板まないただの庖丁だの水桶だの蠅帳だの持ち出した。それもみな買い立ての真新しいものだった。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
七輪も鍋釜なべかまも、庖丁も俎板まないたも、凡そ金になりさうもない物は、所狹きまで取散らばし、まさに足の踏みどころもない有樣ですが、さすがに女の夜逃げで
その孕児はらみごを見るという安達ヶ原の鬼婆は、今その携えた出刃庖丁で、あの可憐な振袖を着た乙女を、犠牲いけにえ俎板まないたに載せようとしている瞬間と見ていると
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、親爺は今、俎板まないたの上で暴れ廻る蝦を、水でふやけた太い五本の指をひろげて、手の中へ押さえ付けながら
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
七日の朝はこの土地では白粥しらがゆに豆を入れたもので、七草をはやすというのはいろいろの食器を俎板まないたに置いて、それをマワシ木(擂木)でたたくことであった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ちょっとした鍋俎板まないた庖丁膳椀皿なども用意しているので、少しも人の世話にならずに食事をするのであるが、飯だけは、船に附いている竈で、家来にたかせる。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
「べらぼうめ、出なくたって斬れらあ! 俎板まないた代りにちゃんと花道を背負っているんだ。斬ってみろ!」
朝夕はきまって、お杉の手籠を持ってやるし、たびたび賄所へいって刃物をいだり、俎板まないたを削ったり、ときには菜を洗う手伝いまでする、ということであった。
平べったい俎板まないたのような下駄を穿き、他の東京仕込みの人々に比べあまり田舎者の尊敬に値せぬような風采であったが、しかも自ら此の一団の中心人物である如く
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
俎板まないたの上で首を切られても、胴体どうたいだけはぴくぴく動いている河沙魚かわはぜのような、明瞭はっきりとした、動物的な感覚だけが、千穂子の脊筋せすじをみみずのように動いているのだ。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お仙は母に言付けられた総菜そうざいの仕度をしようとして、台所の板の間に俎板まないたを控えて、夕顔の皮をいた。干瓢かんぴょうに造ってもい程の青い大きなのが最早もう裏の畠には沢山っていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幸堂氏は料理人いたばがするやうに、手拭てぬぐひたすき効々かひ/″\しくたもとを絞つて台所で俎板まないたを洗つてゐた。
利家の夫人、いちど外したたすきをかけ直して、自身、調理場の水瓶みずがめ俎板まないたの前に立った。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千代松は火鉢にかざしてゐた兩手をふところに收めて、首を傾けつゝ、かたはら俎板まないたの上に澤庵漬けの黄色い大根だいこが半分だけ切り殘されて、庖丁とともに置きツ放しにしてあるのを見詰めてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
かれすでに罠に落ちたる上は、俎板まないたの上なるうおに等しく、殺すもいかすも思ひのままなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
料理長というものは板前といって、俎板まないたの前にすわって刺身ばかり作っている。
お米の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
それでも七輪や鍋、薬鑵やかん庖丁ほうちょう俎板まないた、茶碗などが揃ったのはつい最近のことである。そしてどうやらいまのところはこの生活を維持している。けれども僕の不安定な生活も久しいものである。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
妻というものは台所の俎板まないたと同様、または雑巾ぞうきんぐらいに見てよいものだといってはばからないものがあることゆえ、妻の偉さを知っているものを白眼で見て、うらやましさから起る嫉妬しっとにしか過ぎません。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この村の民家の台所で始めてクシ(松の一木作いちぼくづくりの俎板まないた兼食器洗い)
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
裁縫しごとをさせますと、日が一日襦袢じゅばんそでをひねくっていましてね、お惣菜そうざいの大根をゆでなさいと申しますと、あなた、大根を俎板まないたに載せまして、庖丁ほうちょうを持ったきりぼんやりしておるのでございますよ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いて身を取て俎板まないたで叩いて擂鉢すりばちでよくすっ玉葱たまねぎ山葵卸わさびおろしで摺込んで塩と味淋で味を付けてまたよく摺って煮汁だしを加えてドロドロにして
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ともよの父親の福ずしの亭主は、いつかこの客の潔癖な性分であることを覚え、湊が来ると無意識に俎板まないたや塗盤の上へしきりに布巾ふきんをかけながら云う。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
板前の重三郎は、何んか客寄せがあると、浅草から呼んで来る中年男、俎板まないたの傍を煙草一服の間も離れません。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
壁一面に、天井へとゞくくらいな書棚があって、本がぎっしり詰まっている。それから、室の中央には、牛肉屋の俎板まないたのような大きなデスクが頑張っている。
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その下に据えた俎板まないたも、野菜を切り込むざるも、目籠めかごも、自在にかけて何物か煮つつある鍋も、炉中の火をかき廻す火箸も、炉辺に据えた五徳も——茶のみ茶碗も
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
七草なずな、唐土とうどの鳥が——の唄に合わせて、とことん! とことん! と俎板まないたを叩く音が、吉例により、立ち並ぶ家々のなかから、ふし面白く陽気ようきに聞えて来ていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
カルソーの母音の中の微妙な変化やテトラッチニの極度の高音やが分析の俎板まないたに載せられている。それにもかかわらず母音の組成に関する秘密はまだ完全に明らかにはならない。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
石臼いしうすもあり、俎板まないたあり、灯のない行燈あんどうも三ツ四ツ、あたかも人のない道具市。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶏の料理は是非ぜひとも鶏の割き方を覚えなければなりません。今あの料理人が三百目ほどの雄鶏おんどり俎板まないたの上へ仰向あおむけに置きました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
響板きやうばんとか言つたね、あの俎板まないたのヒネたやうな虫喰板に青い字を彫つたのを入口の横手に吊してある奴だ。
禰宜 ああ、いやいや、さような斟酌しんしゃくには決して及ばぬ。料理かた摺鉢すちばち俎板まないたひっくりかえしたとは違うでの、もよおしものの楽屋がくやはまた一興じゃよ。時に日もかげって参ったし、大分だいぶ寒うもなって来た。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庖丁ほうちょう俎板まないた出しかけて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それをテンパンから俎板まないたの上へ取出し裏返しておいて紙をがして、その剥がした方の裏へいちごのジャムでも何のジャムでも少し湯でゆるめて煉って一面に塗って
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
入口の方から番傘がのぞいて、お勝手の方から柄杓ひしやく俎板まないたが覗いてゐる世帶、淺ましくも凄まじい家居いへゐですが、八五郎にのしかゝるやうに啖呵たんかを浴びせてゐる女は見事でした。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
とお源は袖を擦抜けて、俎板まないたの前へしゃがむ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
器械がなければビフテキのように鍋で一旦いったん両面をいてそれから俎板まないたの上でく細かに刻みます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「算盤なんか俺の屋敷にあるものか、俎板まないたか何んかで間に合せて置け、馬鹿々々しい」
五つに截り別ける第一として素人ならば先ず鳥を俎板まないたの上へ仰向きに置いて左の手で胴を抑えながら先ず腰車の骨をがすように截り離すとあの通り足やももが楽に取れます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しかも死骸の着て居るのは、帶ひろどけた寢卷一枚だけ、武家あがりの勘十郎が、日頃の大言にも似氣無く、俎板まないたの上のうなぎのやうにやられるのは、あまりと言へば不思議なことです。
本式にするとソボロ俎板まないたといって立目たてめの俎板で肉をこまかるが此方にその俎板がない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)