余所よそ)” の例文
旧字:餘所
また病つきで課業はそつちのけの大怠惰おほなまけ、後で余所よその塾へ入りましたが、又この先生と来た日にや決して、う云ふものを読ませない。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
家の惣菜そうざいなら不味くても好いが、余所よそへ喰べに行くのは贅沢ぜいたくだから選択えりごのみをするのが当然であるというのが緑雨の食物くいもの哲学であった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そうして我藩の士民も、特に土州には親しむが、長州は余所よそにしているような風もあるので、長州は少し妬ける気味もあったろうか。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
ドッと見物の間に笑い声が起ったので、其次そのつぎの「いつ余所よその男とくッつくかも知れなかった」という言葉は危く聞き洩す所だった。
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
山木と河合の心配を余所よそに、ネッドと張は大元気でふざけている。全く現金な両人だ。とうとうコロラド行をものにしてしまったのだ。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「こいちゃんは今時分に着る余所よそ行きのべべがないねんもん。今日は姉ちゃんがお姫様で、こいちゃんはモダーンガールの腰元や」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ市村いちむら座の向側に小さい馬肉の煮込を食わせるところがあり、その煮方には一種のこつがあって余所よそではあじわえない味を出していた。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「青竹を割ったどころか、漢竹かんちくねじったような子だ。嘘ばかり吐いている。お前は余所よそさんの娘を不良少女なんて言う資格がない」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
三四郎はひとの文章と、ひとの葬式を余所よそから見た。もしだれて、ついでに美禰子を余所よそから見ろと注意したら、三四郎は驚ろいたにちがひない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「あ、まづ手付てつき……ああこぼれる、零れる! これは恐入つた。これだからつい余所よそで飲む気にもなりますとつて可い位のものだ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かしましく電車や自動車の通っているのを余所よそに、一艘いっそう伝馬てんまがねぎの束ねたのや、大根の白いのや、漬菜の青いなどをせて
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そういうものでなくては、ほんとうに美味いものではない。自分の知っているかぎり、深泥池に産するようなものは余所よそにはないようだ。
洛北深泥池の蓴菜 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その時私はこれに非常な興味を覚えたものと見え、余所よそで泊ったことなどまだ一度もないのに、今日はここへ泊ると云い出した。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
余所よそは仕方がないが、どうか柳橋では浮気をしておくれでない、若し柳橋で浮気をなさると、友さん私は死んでも浮ばれませんよ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その青い鳥を余所よそに求めて、Tyltylチルチル, Mytylミチル のきょうだいの子は記念の国、夜の宮殿、未来の国とさまよい歩くのですね。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
下女「通ったどころでありません。大原さんのお家の騒ぎが面白いから折々のぞきに参りました」お登和嬢「私に黙って余所よその家を ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ほとんど一千尺位の全く雪をかぶって居る山ばかりで、そんなに美しい景色は余所よその国では決して見ることが出来ぬだろうと思う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「私もゆうべはわざと余所よそで過して来ました。花があるので好んでこちらへ来ただけなのだろうなどと言われそうでしたから」
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
苦労ある身の乳も不足なれば思い切って近き所へ里子にやり必死となりてかせぐありさま余所よそさえこれを見て感心なと泣きぬ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ひとしきり自分の体に着くものと決まっていた数ある衣類も、叔父に言われて、世帯の足しに大方余所よそへ持ち出してしまった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それに、あの子が、仲良く遊んでいたゞいた同じ年頃のお友達は、やつぱり、余所よそのお子さんのやうな気がいたしませんわ。
ママ先生とその夫 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
わたしの身にしては七苦八苦の騒ぎです。何しろその時分は丸次の家の厄介になっていた身ですから、公然おおびら余所よそへ泊るわけには行きません。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
知りたがる沢山の余所よその子供にも有益なのだから。出来るだけそれを簡単なものにして集めて叔父さんはそれを本にしようと思つてゐるんだ。
めては父母兄弟けいてい余所よそながらの暇乞いとまごいもなすべかりしになど、様々の思いにふけりて、睡るとにはあらぬ現心うつつごころに、何か騒がしき物音を感じぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
其の前に歌う時は、ちょうど父母の膝に突伏して、余所よそでの悲しさを思い入れ泣くような心地がして、歌って果は泣いて、それが為に心は慰められた。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そしてそれは余所よそから借りて来たものでなくて、やはり作者自身から自然に歌の中に流れ込んだもののように見える。
宇都野さんの歌 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
其頃になると、主人は余所よそから帰つて来、裸になつて、自転車の置いてある縁先へ出て、高声に講談の筆記を読んだり、川柳を読んでは笑ひ興じる。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
クサカはまだ人にへつらう事を知らぬ。余所よその犬は後脚で立ったり、膝なぞに体を摩り付けたり、嬉しそうに吠えたりするが、クサカはそれが出来ない。
私はそれを余所よそにして踊の場へ行くのがいやだつたのでした。私は楽屋でお膳のないのを悲みながら、煮魚のむしつたので夕飯を食べさせられました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
規矩男は母の命令で食料品の買付けに、一週一度銀座へ出る以外には、余所よそへ行かないといっているとおり、東京の何処のこともあまり知らない様子。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
当分のあいだは、マリイと町を散歩していて、余所よその男の目が、マリイに注がれているのに気が付くと、あざけるような微笑ほほえみがフェリックスの唇の上に漂った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
平気にて「ハアヽ余所よそには嫁入が有さうな云々しか/″\」と言ひしときにお夏が「又ねすり言ばつかり、おんなじ口で可愛やと云ふ事がならぬか、意地のわるい」
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
一わたり見渡すともう余所よその眺望に長く眼を呉れているそらはないのであろう、二人は申し合せたようにた西南の方、白峰赤石一帯の山々に見入って
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
従兄弟いとこなり親友なり未来の……夫ともなる文三の鬱々うつうつとして楽まぬのを余所よそに見て、かぬと云ッても勧めもせず、平気で澄まして不知顔しらぬかおでいる而已のみ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一体ヤクツク人は人の善いたちで、所々の部落で余所よそから来たものに可なりの補助をして遣る風俗になつてゐる。
われこの雲を日和雲と名づく。午後雨雲やうやくひろがりて日は雲の裏を照す。散り残りたる余所よその黄葉さびしげに垣ごしにながめらる。猫のそのそと庭を過ぐ。
雲の日記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
せめて余所よそながら蕗子の顔を一目見てから、慾を云えば何とか一言口を利いてから出立したくなりました。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
余所よそのは米の粉を練ってそれを程よく笹に包むのだけれど、是は米を直ぐに笹に包んで蒸すのだから、笹をとるとこんな風に、東京のおはぎと云ったようだよ」
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
子供が七歳の春、私は余所よその女と駈落して漂浪の旅に出、東京に辿たどりついてさま/″\の難儀をしたすゑ、当時文運の所産になつたF雑誌の外交記者になつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
けれどそういうきびしい話も、その頃のおせんにとってはまるで縁のない余所よそごとのようなものであった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ドイツ人がもと族霊たりし兎を殺し食うも同例で、タスマニア人が老親を絞殺して食いしごとく身内の肉を余所よその物に做了してしまうは惜しいという理由から出たのだろ。
彼らは鷹の目、人の目の多い夏場よりも、むしろ立ち勝った元気で、吹雪も氷柱つららもものかわ、わが天地とばかり振る舞っているのは、余所よその見る眼も小気味よい。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
然し庭が広いので、余所よそへ知れる心配はなく、実際友江さんが、家続きの土蔵に監禁されて居ることを知って居るものは信之と沢の外には一人もありませんでした。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
余吾之介様を独りじめにしたいばかりの私の悪企わるだくみ、今日は余所よそながら処刑を見物する積りで、竹矢来の外から悪魔外道の眼を光らせていた浅ましい私でございます。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「オーそうとも。兄が死んだけれども、死んだものは仕方しかたがない。お前もまた余所よそに出て死ぬかも知れぬが、死生しにいきの事は一切言うことなし。何処どこへでも出て行きなさい」
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
寺の寮々に塗籠ぬりごめを置いて、おのおの器物を持ち、美服を好み、財物を貯え、放逸の言語にふける、そうして問訊もんじん礼拝らいはい等は衰微している。恐らくは余所よそもそうであろう。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
老婆 ございましたが訳があって、余所よそへやったまま、今では生き死もわかりません。亭主には死別れ、お恥しいこんな姿で、やッとその日をカツカツ送っております。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ここがうまく行けば余所よそでも真似るようにならぬものでもなかろう。それは諸君の勉強の如何によるのである。こういう趣意であるから、そのつもりで奮発して下さい。
日が暮れると東御殿を余所よそにしてお出かけになることもおできになれなかったりして、宮が幾日もおいでにならぬことのあるため、こうなることであろうとは思ったが
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「どうせのがれつこはないよ。こゝで死なゝければ余所よそで死ぬるのだ。死なゝくてはならない。」