体躯たいく)” の例文
旧字:體躯
隊長シュミット氏は一行中で最も偉大なる体躯たいくの持ち主であって、こういう黒髪黒髯こくぜんの人には珍しい碧眼へきがんに深海の色をたたえていた。
北氷洋の氷の割れる音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
七尺に近いと思われる堂々たる体躯たいくの持主で、顔の作りもそれに応じていかにも壮大な感じを与えたが、気は人一倍小さい方だった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは女の肉体の動作が柔らかくしなやかで、猫のように静かなことであった。そのくせ、彼女は力に満ちあふれた体躯たいくを持っていた。
昔、南海に武名をとどろかしたサモア戦士の典型と思われる体躯たいくと容貌だ。しかも、之が、はしにも棒にもかからない山師であろうとは!
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今に見て居れ、という言葉は彼の宗教のごとくなった。工兵隊の作った山道をトラックは古びた体躯たいくをがたつかせながら、下りはじめた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そういう彫刻的な体躯たいくをそなえたグールメルは、怪物をも取りひしぎ得たであろうが、自ら怪物となることはなお容易であった。
今の松本幸四郎なども、ひとえにあの立派な容貌と、堂々たる体躯たいくに頼っている。最近故人になった市川左団次も同様である。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
君長は卑弥呼を見ると、獣慾に声を失った笑顔の中から今や手をのばさんと思われるばかりに、そのえた体躯たいくを揺り動かして彼女にいった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼らは今のところ肉付きのよい体躯たいくをもってる芸術を好んでいます。しかしその中にこもってる魂には夢にも気づきません。
そして宗達が風神雷神を画いたとき、風神の体躯たいくの色を暗緑に塗つたかとおもふと、雷神の方を白い胡粉ごふんで塗つて居る。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
光をうけた方の面は、今にも血管が透き通ってでも見えそうな、いかにも生々しい輝きであったが、巨人のような体躯たいくとの不調和はどうであろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
痣蟹は巨大な体躯たいくに似合わず身軽に、あちこちと逃げ廻っていたが、とうとう一番高い塔の陰に姿を隠してしまった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓にひるがえして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯たいくを三階の天辺てっぺんまで運び上げにかかる
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この人間の体躯たいくの美しさをば、苦労のありたけを、つくして、説明しているその科学的にめんじて、法律は浮世絵の如く裸婦像をば禁じないのだろう
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
年は二十七歳、肉付のいい五尺七寸あまりの堂々たる体躯たいくと、のんびりした図抜けて明るい上品な顔が人眼をひく。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし此の際咄嗟とっさに起った此の不安の感情を解釈する余裕はもとよりない。予の手足と予の体躯たいくは、訳の解らぬ意志に支配されて、格子戸の内に這入った。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
健全なる精神をもち、健康なる体躯たいくを有する青年であって、それで成功が出来ないということがあるものか。世の中には往々おうおう泣き言を述べる青年達がある。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかし側面から眺めると、この原始の肉体はたちまち消えせて植物性の柔軟な姿に変ってしまう。胸が平板で稍々やや猫背であるため体躯たいくが柔い感じを帯びてくる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
天授の神律しんりつに対する絶対服従の必要を、地上の人類に強調せんとする時、うっかり霊媒の体躯たいくに対する顧慮を失い、図らずもなんじに苦痛を与えることになった。
人間の体躯たいくも骨ばかりでは用をなさぬ、筋肉もあれば脂肪しぼうもある、腹やももが柔であるから、人体は柔であるといえぬ。つめ歯牙しががあるから剛だともいわれぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そののつぺりとしたる細長き体躯たいく何となく吾人が西洋画に用ゆる写生用の人体模形マンカンを見るのおもいあらしめたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その巌丈な体躯たいくにもかかわらず、どうしたものか隻手で、残った右手も病気のために骨がまがりかけたままで伸びず、はしすらもよくは持てぬらしいのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
が、そのうちにふと気がつくと、弁士が入替って、いま体躯たいく堂々たる巡査が喋りだそうとするところであった。正三はその風采ふうさいにちょっと興味を感じはじめた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
青白く光った、豊満な菱形の体躯たいくに、旭日旗きょくじつきの線条の様に、太く横ざまに、二刷子ふたはけ、鮮かな黒褐色の縞目、それが電燈に映って、殆ど金色に輝いているのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこの長火ばちの向こうに古稀こきの老体とは見えぬがんじょうな体躯たいくをどっしりと横すわりにさせていたものでしたから、右門はごめんとばかり上がっていきました。
近寄って見ると、荷台をつけたまま牛は横倒れになり、体躯たいく全体であえぎながら、口から血の混ったよだれを垂らしていた。大きな蠅がしきりにそこらを飛び交っている。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
学士は当時英国留学中であったが、病弱な体躯たいくひっさげて一行に加わり、印度内地及び錫蘭セイロンに於ける阿育王あいくおうの遺跡なぞを探り、更に英国の方へ引返して行く途中で客死した。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
脇差わきざしをぶちこんだ中背の体躯たいくは、けだものの足跡もない荒野の草木を、胸で押し割っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
単に先生の体躯たいくが、自分に比して長大であるところから、これを偉人と呼び、自分の躯幹が先生に比して遥かに小さいところから見て、小人と名附けたまでのことなのです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
がっちりしたその寸詰りの体躯たいくにも、どこか可笑おかしみがあって、ダンスも巧かった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのボロ着物にたまっている赤い鉱石の粉末、妙に光る眼、栄養不良の体躯たいく——。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
倭小な体躯たいくを心もち猫背にかがめているのも、二年前と変らぬお前の癖だった。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
若者を桟橋に連れて行った、かの巨大な船員は、大きな体躯たいくましらのように軽くもてあつかって、音も立てずに桟橋からずしずしと離れて行く船の上にただ一条の綱を伝って上がって来た。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
乾いた草の上に衰弱した体躯たいくを投げ出して、青いあかるい空を仰ぎ見ながら一生懸命神のことを思った。けれども私にはどうしても神の愛というものを生き生きと感ずることができなかった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
此処の親爺は「新青年」の探偵小説の挿絵さしえなどにある、矮小わいしょう体躯たいくに巨大な木槌頭さいづちあたまをした畸形児きけいじ、———あれに感じが似ていると云うことで、貞之助達は前に彼女から屡〻しばしばその描写を聞かされ
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
入神中にゅうしんちゅうのTじょ意識いしきおくほうかすかにのこってはいるが、それは全然ぜんぜん受身うけみ状態じょうたいかれ、そして彼女かのじょとは全然ぜんぜん別個べっこ存在そんざい——小櫻姫こざくらひめ名告なの人格じんかく彼女かのじょ体躯たいく司配しはいして、任意にんいくちうごかし
祖父は体躯たいくは小さかったが、声が莫迦ばかに大きく、怒鳴ると皆が慴伏しょうふくした。中島兼吉と言い、後に兼松と改めたが、「小兼ちいかねさん」と呼ばれていて、小兼さんと言えば浅草では偉いものだったらしい。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
巨大な体躯たいくとたくましい健康とを持った一砲兵士官が、悍馬かんばから振りおとされて頭部に重傷を負い、すぐ人事不省に陥った。頭蓋骨ずがいこつが少し破砕されたのであるが、べつにさし迫った危険もなかった。
彼女の報告一つで、深夜海底を蹴って浮びあがる潜航艇もある。当時初めて現われた鋼鉄の怪物、超弩級ちょうどきゅうタンク「マアク九号」も、その圧倒的な体躯たいくと銃火のきばをもって、この全篇を押しまわるのだ。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
カルネラは昔の力士の大砲たいほうを思い出させるような偉大な体躯たいくとなんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼らの偉大なる馬は立ち上がり、戦列をまたぎ越し、銃剣の上をおどり越え、そしてそれらの生きたる四壁のうちに巨大な体躯たいくを横たえた。
彼の片眼はあおみを帯びて光って来た。そうして、彼女の頬を撫でていた両手が動きとまると、彼の体躯たいくは漸次に卑弥呼の胸の方へ延びて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
タウイロ(うちの料理番の母で、近在の部落の酋長しゅうちょう夫人。母と私とベルと、三人を合せたより、もう一周り大きい・物凄い体躯たいくをもっている。)
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
巨大なる体躯たいくをもった恐竜としては、一とびか二とびでとんで来られるところだった。しかし四人は、そのことについて正確には気がついていなかった。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
新島君は当時より既によほど健康を損じておられたものと見えて、顔色蒼白そうはく体躯たいく羸痩るいそうという風が見えた。屡々しばしばせきをしておられたのが今なお耳に残っている。
伸子は年齢としのころ二十三、四であろうけれども、どちらかと云えば弾力的な肥り方で、顔と云い体躯たいくの線と云い、その輪廓がフランドル派の女人を髣髴ほうふつとさせる。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
上背のあるりっぱな体躯たいくと、眉の濃い、一文字なりのくちつきの眼立つぬきんでた風貌である。伊兵衛からさえに移した彼の眼は、一瞬きらきらと烈しく光った。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
住職は白頭赭顔しゃがん体躯たいく肥大の人で年頃は五十あまり、客に応接することはなはだ軽快にしてまたすこぶる懇切である。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、田舎いなかから通勤して来る上田は彼に話しかける。そのたくましい体躯たいくや淡泊な心を現している相手の顔つきは、いまも何となしに正三に安堵あんどの感をいだかせるのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
背が高く足が長くて、丈夫なしなやかな体躯たいくの彼女は、プリマチキオのディアナの姿に似ていた。