下司げす)” の例文
少し下司げすなところはあったが、お客にはしきりに受けていた。馬道の話し口が下司になるたび聴いていて圓生は烈しく眉をしかめた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「いくらいっても聞きわけがない、叔父にむかって、いよう、などという挨拶があるか。……たしなまッせえ、この下司げすものめが」
所詮しょせん牛をそらすくらいならば、なぜ車の輪にかけて、あの下司げすき殺さぬ。怪我をしてさえ、手を合せて、随喜するほどの老爺おやじじゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぜこんな余計な仮定をして平気でいるかというと、そこが人間の下司げす了簡りょうけんで、我々はただ生きたい生きたいとのみ考えている。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうすると色奴いろやっことか申してな、下司げす下郎の分際ぶんざい金糸きんしの縫いあるぴか/\した衣装で、お供におくれたという見得で出てまいります
熊谷三郎兵衛は下司げすな言葉を残して、廊下に飛出しました。其処そこから通ずるバルコニーの方から、悪魔の笑いが響いたようです。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何という楽しさだろう、何という自由さであろう。それを眺めながら私は、「下司げすの貧乏人」でない今の私の境遇が悲しかった。
それがある下司げす野郎から侮辱されてるのを見ると、彼は我を忘れて激昂げっこうした。もはや芸術上の問題ではなく、名誉の問題だった。
高価な着物を着流しに、いかにも結構な楽隠居という様子であるが、いかにも人品が下司げすである。女中のタケヤにきいてみた。
下司げす所為まねは決してなかった。何処どこの家の物でなければ喰えないなどと贅をいっていた代りには通人を気取ると同時に紳士を任じていた。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかるに、今宿へ戻ってしらべてみると、庄左衛門は他人の金品まで持ち逃げしている! これは下司げす下郎げろう仕業しわざで、士にあるまじきことだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
素人しろうとともつかず、玄人くろうとともつかず、娘でなく、年増でなく、下司げすではいけないが、そうかといって上品ぶるのはなおいけない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
へへねえ。こりゃまたどうしたんですかい。やけにまた下司げすなものが出てきたじゃござんせんか。まさかに、この侍、棟梁とうりょう
かつら 鎌倉山に時めいておはしなば、日本一の將軍家、山家そだちの我々は下司げすにもお使ひなされまいに、御果報拙いがわたくしの果報よ。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
この不審が、もっとも露骨にささやかれているのは、下司げすの陰口といわれる通り、何といっても、下部しもべの仕えびとたちである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……又膝栗毛で下司げすばる、と思召おぼしめしも恥かしいが、こんな場合には絵言葉まきものや、哲理、科学の横綴よことじでは間に合わない。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
斯うと知ったら借金を質に入れても千坪たんまり買って置くのだったのに、下司げすの智恵は後からで、今更何とも仕方がない
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
高徳な人の鼻の穴が正面から底まで見えたり、下司げす張った奴の鼻の恰好が芝居の殿様のようであったりするといったような実例はザラにあります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おのが手にはいらない物は他人ひとにもとらせたくないのが下司げすの人情、金を持って瓦町へ行くとは真っ赤なうそで、おしんやおさよをちょろまかし
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今は宿取れとて、人々あかれて宿を求むる所、はしたにていとあやし(賤)げなる下司げすの小家なんあると云ふに、……
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
まして私が二人の間にわり込んで、おれの生き方を水滴の数に換算すればこのぐらいだろうなどといったとしたら、なおなお下司げすなことになるだろう。
井伏鱒二によせて (新字新仮名) / 小山清(著)
吉弥の悪口あっこうをつくのは、あんな下司げすな女を僕があげこそすれ、まさか、関係しているとは思わなかったからでもあろうが、それにしては、知った以上
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
自然相手の仁を見た下司げすっぽい語り口になったわけ、しかし、そんな語り口でしか私には自分をいたわる方法がなかったと、言えば言えないこともない。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
チッバ やア、下司げす下郎げらう敵手あひてにしておぬしけんかうでな? ベンヺーリオー、こちをけ、いのちってくれう。
私は人間の仕合せは色の白いこと以上にないと思つた。さてはませた小娘のやうに水白粉みづおしろいをなすりつけて父に見つかり、父は下司げすといふ言葉を遣つて叱つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
相場に手を出せば失敗を重ね、高利を借りれば恥をかき、小児こどもと見くびりし武男には下司げす同然にはずかしめられ、ただ一親戚しんせきたる川島家との通路は絶えつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
法師二『言葉も知らぬ下司げすなおやじ。その上にやいばなぞ抜身でげ、そもそも此処ここいずれと心得居る。智証大師伝法灌頂かんじょうの道場。天下に名だたる霊域なるぞ』
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この男に良く似た顔を私は小学生の時分に、福岡の水族館で見たことがある。女中が下司げすな調子でそれを冷かした。悲しいのも無理ないわね。ほの字だもの。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
じぶんこそ下司げすのこんじょうだったと、ありがたなみだにかきくれまして、おぼえずおこえのする方を両手をあわせておがみましたが、そのときおくがたは
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たまにゃ、一流もよろしい。が、然し、うまい!って味は、意外にも、下司げすな味に多いのである。だから、通は、下司な、下品な味を追うのが、正当だと思うな。
下司味礼賛 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
「きさま、何してやがる、下司げすめが?」と言う。——「子供を泣かしといて、自分は寝てるのか?」
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
こうまで殺風景な、下司げすな部屋でなくてもいいんじゃないか。俺はそれを言いたかったのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
「それぁね、」と乗り出して、「お前みたいな子供に言ったって仕様がないけど、アリもアリもおおアリさ!」どうも叔母さんの言葉は、ほんものの下司げすなんだから閉口する。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おれは下司げすではあるが、御扶持ごふちを戴いてつないだ命はお歴々と変ったことはない。殿様にかわいがって戴いたありがたさも同じことじゃ。それでおれは今腹を切って死ぬるのじゃ。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「へ、ゝ。」といふだけで、あとはしよちうだまり込んでばかりゐる。どんな女だかまだ見もしないが、どうせこのあたりの汚いうちの子で、行儀も何も知らない、下司げすな子らしかつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
下司げすの智慧はあとからで、いまとなってみれば、キマリのわるいことだらけである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
自分は撰ばれた者として民族的に生活的に人一倍下司げすっぽい優越感を持っている。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
だつて、云ふことが下司げすなの、——ネエさん、東京だらう。どうも田舎のひとにしちや、様子がイキだと思つた——かうなの。女中の云ふことがいゝわ。——旦那も東京ですか——だつて。
驟雨(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
まして九つより『栄華えいが』や『源氏げんじ』手にのみ致し候少女は、大きく成りてもます/\王朝の御代みよなつかしく、下様しもざま下司げすばり候ことのみつづり候今時いまどきの読物をあさましと思ひ候ほどなれば
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
青ギスの乗合舟の船頭で、ボロ服を着たきたない爺さんとなじみになり、なんの遠慮もなく、いろいろ下司げすなはなしまでしてきて、一ヵ月も過ぎてから、その人が永田青嵐居士とわかった。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
卑俗低調の下司げす趣味が流行して、詩魂のない末流俳句が歓迎された天明てんめい時代に、独り芭蕉の精神をして孤独に世から超越した蕪村は、常に鬱勃うつぼつたる不満と寂寥せきりょうに耐えないものがあったろう。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「四斗だるの尻を抜くような法螺ほらをこくでねえ、面あこそ生っ白くて若殿みてえだが、なんかの時にあ折助より下司げすなもの好みをするだあ、家来持ちが聞いてあきれるだよ、この脚気かっけ病みの馬喰ばくろうめ」
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うんと上手じょうずに話をしなければならないのに、あの女のやり方がまずいものだから、あの他所よそ者のばか女が、高慢ちきな下司げす女が、あのやくざないなか者が、ただ来ないことに決めてしまったばかりか
下司げすの中へ連れ出そうと云うのではありません。1640
たはれ浮かれて鄙びたる下司げすのしらべに忘るれど
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「うるさい下司げすだな、何を云うか!」
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それからにぎやかな往来へ出ると、ぽつぽつ雨が降つて来た。その時急にさつきの女と、以前つた所を思ひ出した。今度は急に下司げすな気がした。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「だいそれたことを申すなッ。かりにもご三家のお殿さまからお寵愛ちょうあいうけているお手かけさまだ。下司げす下郎の河原者なんかとは身分が違わあ」
「うるさい。うるさいっ。下司げすめが、まだえおるか。……ええ、時遅れては大事をいっす。源右衛門、こやつを、引離せ」
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、操さんは私のような下司げすな貧乏人ではなかった。祖母を初め、岩下家は上を下への大騒ぎでこの珍客をもてなした。