“こうき”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
香気22.4%
光輝12.2%
口気12.2%
灝気9.2%
高貴8.2%
康煕6.1%
好奇4.1%
公紀2.0%
口氣2.0%
康熙2.0%
耿紀1.0%
衡器1.0%
光紀1.0%
公城1.0%
公棋1.0%
向気1.0%
康熈1.0%
康凞1.0%
後紀1.0%
洪基1.0%
洪凞1.0%
皇紀1.0%
紅気1.0%
綱紀1.0%
耿気1.0%
降旗1.0%
香聴1.0%
鴻基1.0%
黄旗1.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
なるほどなるほど、味噌は巧(うま)く板に馴染(なじ)んでいるから剥落(はくらく)もせず、よい工合に少し焦(こ)げて、人の※意(さんい)を催(もよお)させる香気(こうき)を発する。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こういう事も元より黒田官兵衛の才覚で、秀吉の中国入りを光輝(こうき)あらしめようとする彼の誠実にほかならない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人は不満な口気(こうき)で「第一気に喰わん顔だ」と悪(にく)らしそうに云うと、迷亭はすぐ引きうけて「鼻が顔の中央に陣取って乙(おつ)に構えているなあ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青空の灝気(こうき)滴(したた)り落ちて露となり露色に出てこゝに青空を地に甦(よみがえ)らせるつゆ草よ、地に咲く天の花よと讃(たた)えずには居られぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
瓦(かわら)のような厚(あつ)い、不細工(ぶさいく)な焼(や)き物(もの)の間(あいだ)に、この紙(かみ)のようにうすい、しかも高貴(こうき)な陶器(とうき)がいっしょになっているということは、なんという心(こころ)ないことでありましょう?
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
康煕(こうき)年間の動乱に当って、琉球の使節は清帝及び靖南王に奉る二通の上表文を持参していったとの事であります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
それを讀(よ)むことによつて、私(わたし)は寫眞(しやしん)に對(たい)する子供(とも)らしい好奇(こうき)心と興味(けうみ)とを大に刺戟(しげき)されたのであつた。
呉郡の陸績(りくせき)、字(あざな)は公紀(こうき)。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さうして其(その)有望(いうばう)な前途(ぜんと)を、安之助(やすのすけ)が既(すで)に手(て)の中(うち)に握(にぎ)つたかの如(ごと)き口氣(こうき)であつた。かつ其(その)多望(たばう)な安之助(やすのすけ)の未來(みらい)のなかには、同(おな)じく多望(たばう)な自分(じぶん)の影(かげ)が、含(ふく)まれてゐる樣(やう)に、眼(め)を輝(かゞ)やかした。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『池北偶談』二六に、〈釈典に三必死あり、いわく人の老病、竹の結実、騾の懐胎、しかるに康熙(こうき)某年、旗下人の家に、騾ありて子を生みついに恙(つつが)なし〉。
耿紀(こうき)、韋晃(いこう)たちは、前の日から休暇を賜わって、各〻の邸にいた。手飼いの郎党から召使いの奴(やつこ)までを加えると四百余人はいる。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに、耿紀(こうき)字(あざな)を季行(きこう)という者があった。侍中少府(じちゅうのしょうふ)に奉仕し、つねに朝廷の式微を嘆き、同志の韋晃(いこう)と血をすすり合って
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふつうの衡器(こうき)は、棒の根もとに近いところは衡(はか)りの緒(お)があり、それを下げていて他の一方の端(はし)のほうへ、分銅(ふんどう)を送って行くしかけであったが、薬や金銀のような少しの物を量(はか)る天秤というものだけは
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その点がまた衡器(こうき)の天秤とよく似ていたのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
迷庵の父光紀(こうき)が、香月氏(かづきうじ)を娶(めと)って迷庵を生せたのは明和二年二月十日であるから、抽斎の生れた時、迷庵はもう四十一歳になっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「徳大寺大納言公城(こうき)様さ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その素姓を洗えば、蜀(しょく)の鵠鳴山(こうめいざん)にいてやはり道教をひろめていた張衡(ちょうこう)という道士の子で、張魯(ちょうろ)、字(あざな)を公棋(こうき)という人物だった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
リュデスハイムは、かねてカルパトス島(クリート島の北方)の妖術師レベドスよりして、ヴェニトシン向気(こうき)の事を聴きいたれば、ただちに頭(こうべ)を打ち落し、骸(かばね)とともに焚き捨てたり——と。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかるによし来たと『康熈(こうき)字典』を提(ひっさ)げてその解釈に従事せられるのは聞えぬ。自分等が少し珍しい地名を人に言うと、誰も彼もいい合わせたようにそれはどんな字を書きますかと聞かれる。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
康凞(こうき)帝の治世に西蔵(チベット)叛す。官軍ことごとく撃退さる。由(よ)って皇帝諸国に令し、賊滅するものを求めしむ。少林寺の豪僧百二十八人、招に応じて難に赴(おもむ)く。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
〈大同四年三月辛酉(かのととり)山城国白鼠を献ず〉(『日本後紀(こうき)』一七)などあれば、白鼠は瑞とされざるまでも珍とされたに相違なし。
岸田吟香、松浦武四郎、栗田万次郎、富岡鉄斎、林和(わ)一、渡辺洪基(こうき)、そんな連中が、格太郎の塾の学友だった。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仁宗(じんそう)の洪凞(こうき)元年正月、建文帝観音大士(かんおんだいし)を潮音洞(ちょうおんどう)に拝し、五月山に還りたもう。此(この)歳(とし)仁宗また崩じて、帝を索(もと)むること、漸(ようや)くに忘れらる。宣宗(せんそう)の宣徳(せんとく)元年秋八月、従亡(じゅうぼう)諸臣を菴前(あんぜん)に祭りたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「中世紀のヨーロッパの騎士の話なんかしても、仕方がありませんよ。ここはアジアの日本なんだからねえ。それに今は中世紀ではありませんよ。それから何百年もたっている皇紀(こうき)二千六百十年ですからねえ」
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とに角、若いから紅気(こうき)がある、長襦袢の褄(つま)がずれると、縁が高いから草履を釣られ気味に伸上って
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伏して観る、朝廷陵替(りょうたい)、綱紀(こうき)崩擢(ほうさい)、群雄国に乱るの時、悪党君をあざむくの日にあたりて、備、心肺ともに酸(す)く、肝胆(かんたん)ほとんど裂く。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある人は天地の耿気(こうき)に触るると云うだろう。ある人は無絃(むげん)の琴(きん)を霊台(れいだい)に聴くと云うだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
原田は、急いでやぐらの上へ戻って行き、一時、降旗(こうき)を巻いて、舅(しゅうと)の合図を待っていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今の時に當りて、その失を改めずは、いまだ幾年(いくとせ)を經ずして、その旨滅びなむとす。こはすなはち邦家の經緯、王化の鴻基(こうき)なり。
中央の船隊はすべて黄旗(こうき)をひるがえし、毛玠(もうかい)、于禁のいる中軍の目印とする。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)