鰹節かつおぶし)” の例文
そのときの進物が鰹節かつおぶし一連で、それがあまりに軽少すぎたという理由のために上野介の憎悪を買ったことに原因すると言われている。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
賢造の言葉が終らない内に、洋一はもう茶のから、台所の板のへ飛び出していた。台所にはたすきがけの松が鰹節かつおぶしかんなを鳴らしている。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
江戸風な橋の欄干の上に青銅からかね擬宝珠ぎぼしがあり、古い魚河岸があり、桟橋があり、近くに鰹節かつおぶし問屋、蒲鉾かまぼこ屋などが軒を並べていて
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小山の奥さん、梅干を煮ますのは最初三度ほどもよく湯煮漏ゆでこぼしてそれから味淋みりんとお砂糖と鰹節かつおぶしを沢山入れて三時間位よく煮詰めるのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
二片と青菜とつまみを入れた上に切餅一、二片を載せて鰹節かつおぶしのだし汁をかけ、そうして餅の上に花松魚はながつおを添えたものである。
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
戸板のすぎの赤みが鰹節かつおぶししんのように半透明にまっに光っているので、日が高いのも天気が美しく晴れているのも察せられた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
金助はいましがた買出しにでかけたあとだった、お梅は鰹節かつおぶしをかき、海苔をあぶってみ、その二つを混ぜて醤油をかけた。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鰹節かつおぶしや生米をかじって露命をつなぎ、岩窟いわやや樹の下で、雨露をしのいでいた幾日と云う長い間、彼等は一言も不平をこぼさなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
毎朝味噌しるをこしらえるとき、柳吉がたすきがけで鰹節かつおぶしをけずっているのを見て、亭主にそんなことをさせて良いもんかとほとんど口に出かかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
味噌を選ぶは勿論もちろん、ダシに用ゐる鰹節かつおぶしは土佐節の上物じょうもの三本位、それも善き部分だけを用ゐる、それ故味噌汁だけのあたい三円以上にも上るといふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
きりか何かで穴を明けて、鰹節かつおぶしなどを差込んで置くと、そこから虫が附き始めるというのです。原因は知らず、木はやがて枯れてしまいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
宿端しゅくはずれや問屋場の附近は、なおさらであった。ここでは穀類や乾菜かんさいや、塩、味噌、粉、干魚、鰹節かつおぶしなどの俵とかごと袋で幾つも山ができていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
受持教員に対してなるべく鰹節かつおぶしの造り方とか、するめの乾かし方とかいうごときことを多く授けてもらいたいと注文する人もあるとのことであるが
誤解せられたる生物学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
家々の生活は簡単なもので、醤油しょうゆなければ、麦の味噌はすべてのものの調味をつかさどっている。鰹節かつおぶしなどは、世にあることも知るまい、梅干すらない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
村の人はただ専念に鰹節かつおぶしを削りまたはスルメを干している。歴史にもやはりイカのなま干、または鰹のなまり節のような階段があるように感じられた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし、そうした調子の中に、理論の骨組みが力強くとおっており、それを人間の誠実さが肉付けしていて、何となく鰹節かつおぶしの味を思わせるものがあった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
涯知はてしれぬ田野、人も通わぬ密林、広大なる漁場、製材工場、鰹節かつおぶし工場、各種の鑵詰かんづめ工場、其他半ば菰田家の投資になる様々の事業を巡視して、今更らながら
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
例えば鰹節かつおぶしが極めて滋味あり衛養ある食料品として露人の間に珍重されて、近年俄に鰹節の輸出を激増したのは露人が日本の醜業婦に教えられた結果である。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
これ、姦通まおとこにも事情はある、親不孝でも理窟を云う。前座のような情実わけでもあって、一旦内へ入れたものなら、猫のの始末をするにも、鰹節かつおぶしはつきものだ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頼んでおいた鰹節かつおぶしと池田さんからことづかった香煎こうせんをもってきて 餅は焼いてばかりたべずに雑煮にするがいい といって大きなひね茄子なすを二つたもとから出した。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
別に一種の薬味として青紫蘇あおじそ茗荷みょうがの子を細かに刻んだのを用意して置いて、鰹節かつおぶしをたくさんにかき込んで生醤油きじょうゆにそれを混ぜて、冷え切った豆腐に付けて食う。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
勝は奸物? 鰹節かつおぶしは乾物という洒落しゃれだろう、勝だってなんだって、徳川家の禄をみながら、徳川家の不為ふためをはかる奴なんぞがあろうはずはないが、そこは時勢だ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すなわちなますには大根を卸しにし、煮物には大根を輪切にしたものを鰹節かつおぶしで煮てこれにてた。焼物皿には大根を小魚の形に刻んで載せてあった。鍋は汁の代りになる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
庭内にむしろを敷いて、一面に茶褐色の鰹節かつおぶしを干した家がある。そのそばに猫が丸くなって眠っている。バー。パチンコ屋。食堂。特製チャンポン。空気は湿っていた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
炭に石油をっ掛けて火をおこす。食堂へ鍋を取りに行く。醤油を盗みに行く。買って来た鰹節かつおぶしを掻く。汁が煮え立つ。てんでに買って来たものを出して、鍋に入れる。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あなたというお人は、根からの芸人ではあるまい。なにかしら自信ありげの態度じゃないか。いずれは、ゆいしょ正しき煙管屋きせるやの若旦那。三代つづいた鰹節かつおぶし問屋の末っ子。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「それが金を溜めている証拠じゃないか。商売物の品をあれだけ買いためている癖に、ろくな着替えも、膳や小鉢や、鰹節かつおぶしかけらも無いというのは、周助の並々でない心掛けだ」
と、猫の鼻先へ鰹節かつおぶしでもぶら下げた様に、何の期待もなかった彼の前へ一人の紳士が現われた。中年の男で相当整った身なりを見せて居た。併も外套がいとうと上着のぼたんすべて外れた儘で居た。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
あるいは鰹節かつおぶしを惜しまず他家の猫を誘いくくって放たず、ために比隣反目して白井権八しらいごんぱちは犬の捫択もんじゃくから人を殺して逐電したが、これは猫の手も間に合せたい多忙中に猫から大喧嘩を起し
鉄ばかり削っているうちに、手前えの身体ば鰹節かつおぶしみてえに削らねェ用心でもせ!
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
本石町ほんこくちょうの土佐屋で鰹節かつおぶしの切手を買い、それからこの本郷真砂町までやって来た。
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「とんまの六兵衛さん、川へ鰹節かつおぶしをつりに行かねえか。」
とんまの六兵衛 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
昆布こぶ鰹節かつおぶし——選定および出汁だしの取り方・けずり方
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
いずれも握飯むすび鰹節かつおぶしなぞを持って、山へ林へと逃げ惑うた。半蔵の家でもお民は子供や下女を連れて裏の隠居所まで立ち退いた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
程よく焼けて焦げた皮をそっくりぎ、狐色きつねいろになった中身のしずくを切って、花鰹はながつおをたっぷりかけるのですが、その鰹節かつおぶし醤油しょうゆ上品じょうぼんを選ぶのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
西洋料理に赤茄子を使うのはちょうど日本料理に鰹節かつおぶし昆布こんぶを使うようなもので大概なソースは赤茄子で味をつけます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
半助は徹底した菜食主義で、だしをとる鰹節かつおぶし以外には、魚も肉も絶対に喰べない。とらにも漬け物をかくやに刻んでめしに混ぜたのを与えるだけであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「はははは、お言葉には及びません、饂飩屋さんで泊めるものは、醤油おしたじの雨宿りか、鰹節かつおぶしの行者だろう。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藤吉郎は、毎日、商人あきんどが納品する鰹節かつおぶしむしくいを調べたり、椎茸しいたけ干瓢かんぴょうの記入などを、黙々とやっていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帰ってから用心に鰹節かつおぶし、梅干、缶詰、片栗粉などを近所へ買いにやる。何だか悪い事をするような気がするが、二十余人の口を託されているのだからやむを得ないと思った。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それにかじりついた、それから、鰹節かつおぶしをけずりこんでボール紙の上に飯を少し盛って与えると、恐る恐る近寄って来たが、それにかぶりついたと見ると、食うこと食うこと
棒砂糖少し持てきたりしが、煮物に使つかわんことしければ、無しと答えぬ。茄子なす胡豆いんげんなど醤油のみにて煮て来ぬ。鰹節かつおぶしなど加えぬ味頗むまし。酒は麹味を脱せねどこれも旨し。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「ケチねえ、一ハラ気前よく買いなさい。鰹節かつおぶしを半分に切って買うみたい。ケチねえ。」
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
『色懺悔』というような濃艶な元禄情味をしたたらした書名が第一に人気に投じて、内容はさしてすぐれたものではなかったが、味淋みりん鰹節かつおぶしのコッテリした元禄ばりの文章味が読書界を沸騰さした。
長くもひらたくも節ごとの旧慣によって、色々の形が好まれていたのである。たとえば田植終りの頃のサノボリの小麦団子は、中国地方では馬のセナカと称して、鰹節かつおぶしを小さくしたような形であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
只今小包便にて、乾塩引かんしおびき少々、鰹節かつおぶし五本、豆せんべい、松風いずれも少々、前掛一枚、右の品々めずらしくも無い物に御座候えども、御送り申上候。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それからTは国のみやげに鰹節かつおぶしをたった一本持って来たと言って笑われたこともある。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
奥さんの信子女史が、鰹節かつおぶしの釜飯をたいて御馳走してくれた。その味を忘れていない。
鰹節かつおぶし乾海老ほしえびの類をそう呼んだのである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして日本橋伝馬町てんまちょう鰹節かつおぶし問屋に生れた岡見は成功した。この事実は彼の若い心に深い感銘を刻みつけた。愛のすなきを悟ったのは実にその時であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)