都度つど)” の例文
迷い出すことだけは、ピッタリととまったけれども、若い雲水たちの間に、その都度つど噂に上るのは、向岳寺の尼寺のことであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、彼女の眼は、彼の予期した通り、その都度つど、床の間の植木鉢(もうその時は紅葉ではなく、松に植えかえてあったけれど)
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その代わり、一つ一つの経験の与えた教訓はその都度つど、彼の血液の中に吸収され、ただちに彼の精神および肉体の一部と化してしまう。
錦太郎は何べんかお福に飛びかゝりさうにしましたが、その都度つど、平次の眼に威壓されて、キリキリと齒を喰ひしばるばかりです。
「油断はならぬ。先々、島からも便りをしましょう。その都度つど、そもじの手から密々に、鎌倉表か六波羅へ早打ちを飛ばしても」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(いや、その都度つどちがう変名で雑文を書いて、それで生活していた。それも最低生活費をかせぐだけで、それ以上何も書こうとしなかった。)
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「そのつもりが好くないじゃないか」と答弁するようなものの、この問題はその都度つどしだいしだいに背景の奥に遠ざかって行くのであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふねのはげしき動揺どうようにつれて、幾度いくたびとなくさるるわたくしからだ——それでもわたくしはその都度つどあがりて、あわせて、熱心ねっしんいのりつづけました。
なぎさなみの雪を敷いて、砂に結び、いわおに消える、その都度つど音も聞えそう、ただ残惜のこりおしいまでぴたりとんだは、きりはたりはたの音。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、二、三歩も大股に急ぎ足で甲板を歩いたかと思うと、また直ぐに降りて来る。わたしはその都度つどについて行った。
政党はその時の状態や条件に応じて民衆の批判を受け、民衆はその都度つど事態に適合した政策をもつ政党を選ぶのが良い。
咢堂小論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
殊に枕をはづすことにはその都度つど折檻を加へてゐたらしい。が、近頃ふと聞いた話によれば、娘はもう震災前に芸者になつたとか言ふことである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひっくり返えられては困ると思って、師匠大丈夫か、と交るがわる声をかけると、里春は、その都度つど、あいよ、大丈夫。
これからのち、藍丸王が見たいろいろの出来事は、当り前の者ならばその都度つど驚いて、眼でもわして終わなければならぬような事ばかりであった。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
土壇場まで来て断るのがほとんれっこのようになっていたので、その都度つど幸子はそんなにも力を落したことはなかったのであるが、今度はなぜか
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてその都度つど反響の様子を、私の方へ手紙でいってきた。私の方からも時々実験の模様などを報告して、文通は戦争の始まるまでずっと続けていた。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その都度つど二人は見違えるような新生面を以って向い合った。色々の事が談したかった。些細な事まで聴きたかった。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼が呉子くれこさんを迎えてからは、そうおおぴらには、せびることもできなかったが、彼の代りに出版の代作だいさくをしたり、講演の筋を書いたりして、その都度つど
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
みな必死の血眼ちまなこであったらしいが、何分にもその資金が思うにまかせず、興行の都度つどに高利の金を借りたり、四方八方から無理な工面くめんをして来たりして
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「社長は去年から頻りに手土産を持って来る。それもその都度つど真物ほんものなら五百金千金とも思える古書画ばかりだ。熊野君は時折骨董屋へお供をするだろう?」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その都度つど樫の実などを少々賞与せぬと、労働は神聖なりと知らぬかちゅう顔してたちまちそのトルーフルを食いおわり、甚だしきは怠業してまた働かぬそうだ。
とにかく、こういう風な西洋人の仕事が段々とえて来まして、その都度つど私が関係したのであった。
彼女の居間の敷居をまたぐ都度つど、わたしは思わず知らず、幸福のおののきに総身そうみふるえるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
動く度ごとに爪先が上下して、そこに力がはいつて、その都度つど足の指は尺取虫のやうにかがんだり伸びたりする。……実に変な夢だなあ、と、彼は夢のなかで考へた。
其れも余り軽蔑けいべつした仕方と思つたからこそ、君を媒酌人ばいしやくにんと云ふことに頼んだのだ、最早もう彼此かれこれ半歳はんとしにもなるぞ、同僚などから何時式を挙げると聞かれるので、其の都度つど
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
其の都度つど僕は、一つは民衆と云う事をいつも議論の生命とし対象としている僕自身の立場から
せふかゝる悲境に沈ましめ、殊に胎児にまで世のそしりをうけしむるをおもんばからずとは、是れをしも親の情といふべきかと、会合の都度つどせつ言聞いひきこえけるに、彼も流石さすがに憂慮のていにて
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
それはまた、彼女自身を省みる都度つど、その云ひ訳けに役立つ所の、唯一のプライドでもあつた。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
幸いその都度つど、世の中の義侠心に富んだ方々が助けに現れてようやく通りぬけては来たものの
「それは別に支払う。君のれいの商売で、もうけるぶんくらいは、その都度つどきちんと支払う。」
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
これも必要なりれも入用なりとて兵器は勿論もちろん被服ひふく帽子ぼうしの類に至るまで仏国品を取寄とりよするの約束やくそくを結びながら、その都度つど小栗にははからずしてただち老中ろうじゅう調印ちょういんを求めたるに
お礼にも都度つど/\あがう存じますが何分貧乏暇なしで遂々つい/\御無沙汰勝に相成って済みません
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その都度つど割りのよい仕事にありつき、なおそのほかに宿方の補助を得ていたのも彼らである。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その都度つどもと住んでいた町の町会へも立寄り、女房子供の生死を調べたが手がかりがなかった。せめて死骸のありそうな場所だけでもと思ったがそれも分らずじまいであった。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
七五郎 (時々、往来の方を振り向く、忠太郎はその都度つど隠れて姿を見せぬ)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
*2 戸口調査名簿 ピョートル大帝によって一七二二年に創始され、一八六〇年までに十回にわたって行われた一種の国税調査に、その都度つど地主から政府に提出した農奴数の届書とどけしょをいう。
張り込ませてから約二カ月ばかりの間に、その都度つど都度に寄せられ、この聞き込みを得た時分から、今度の犯罪に対する決め手として、嬢の頭の中で次第次第に醞醸うんじょうされてきたものである。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
もっともその模様が優れている場合は別であるが、私の目撃したものでは十中八、九極めて陳腐な図案に過ぎなく、模様さえなかったらどんなにいいかと、その都度つど思わざるを得ないのである。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
報告会は、校長との会見の都度つど、ごく簡単に休憩時間中に行われた。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
夏の眞盛りの今でさへ、泥濘ぬかつて、水がぴちや/\搖れてゐた。こゝで私は二度倒れた、けれどもまたその都度つど立ち上つては身内みうちの力を掻き集めた。この燈火ともしびは私のたつた一つの頼りない希望なのだ。
可哀想なのはその都度つど道具に使われては絞られる一般民衆です。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
ふた試合投げて勝ちたるうで振りつつおもふ都度つど笑む独りたのしく
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
その都度つど外部の矩に従わずして内部の矩に従った人である。
自由の真髄 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それも、幾人婦人がやって来ようとその都度つどやるのだ。
赤げっと 支那あちこち (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その都度つどに、彼は怖ろしそうにうなずいたのである。
そしてその都度つど不愉快極まる反響を聞くのです。
Resignation の説 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だからその都度つど、私もたずねてみる。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その都度つど、同苦の、みじかい言葉は、深く彼の本心にふれ、喪失そうしつした彼自身を、彼のうちに、呼びもどしていたところでもあった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの男が来るたびに兵馬さんは落着かなくなって、その都度つど、お金の心配をなさるような御様子がありありとわかるのである。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その都度つど慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)