蹂躙じゅうりん)” の例文
昔は土足をもって蹂躙じゅうりんしたるキリシタンの十字架も、今はキリスト教としてそのもとに拝跪はいきするものさえあるに至れり。試みに思え。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
阿諛あゆし、哀願し、心身を蹂躙じゅうりんに委せて反抗の気力も失せはて、気息また奄々えんえんたるもの、重なり重なり乗り越え、飛び越ゆるもの
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかしてその権勢は愈々いよいよ確立せられた。幾度となく欺かれ、裏切られ、蹂躙じゅうりんせられた犠牲者等はひたすら勝利者のためにのみ計つた。
少数と多数 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
そうかといって、一身の危険を回避せんがために、公道の蹂躙じゅうりんを敢えてしてはならない。正義の名分をあやまらしめてはならない。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒田の「浜の衆」に完全に蹂躙じゅうりんされてしまい、幾艘かは焼け沈み、残る船は、あわてふためいて、沖遠く逃げてしまったのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
公娼制度が教育上に及ぼす害毒や、その営業者が娼婦を束縛し虐待して人間の自由を蹂躙じゅうりんする悪弊やは今更私がいうまでもない。
私娼の撲滅について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
政府が人権を蹂躙じゅうりんし、抑圧をたくましうしてはばからざるはこれにてもあきらけし。さては、平常先輩の説く処、まことにその所以ゆえありけるよ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
のみならず窮状を訴えたのち、恩恵を断るのは卑怯ひきょうである。義理人情は蹂躙じゅうりんしてもい。卑怯者になるだけは避けなければならぬ。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「では、この辺で、いよいよ第二のスイッチを入れ、かの人造人間戦車に、全速力進撃を命じ、蹂躙じゅうりんさせます。よろしゅうございますか」
現代の新婦人連は大方これに答えて、「そんなお人好ひとよしな態度を取っていたなら増々ますます権利を蹂躙じゅうりんされて、遂には浮瀬うかむせがなくなる。」
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「五十五万石返上致す、十万の兵をお貸しくだされ。支那四百余州を蹂躙じゅうりんし、見事奪ってお眼にかけます。さて取り上げた四百余州……」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「余は、余は、何物をも恐れはせぬぞ。余はアルプスを征服した。余はプロシャを撃ち破った。余はオーストリアを蹂躙じゅうりんした」
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この言語道断な狼藉ろうぜき、徹底した無神経ぶりは、当時の新聞をして「恐怖の満点」と叫ばしめ、「人性の完全な蹂躙じゅうりん」と唖然あぜんたらしめている。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
手工に帰れとは人を主の位置に戻せよといういいである。機械を棄てよという謂ではない。機械に蹂躙じゅうりんされた人を救い起せよとの意味である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「かくありたし」との希望を、「かく定められている」との運命が蹂躙じゅうりんしてしまうのでしょうか。どのような純な、人間らしい、願いでも。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その破廉恥な国民的利己心は、祖国を偉大となすことに役だつ場合には、他人の正義と他の国民性とを蹂躙じゅうりんするのをも辞せないものだった。
新聞紙の報ずるだけでも、彼は十指に余る人間の命を絶ち、多くの子女の貞操を蹂躙じゅうりんし、数多あまたの良民をして無念の涙にむせばせて居るのでした。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そうしてしそれが、偶々無罪にでもなると、世人は直ぐまた官憲を攻撃してやれ人権蹂躙じゅうりんだの、拷問をやったろうのと騒ぎたがるものです。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そうして、その肉体は明らかに「強制的の結婚」によって蹂躙じゅうりんされていることが、その唇を隈取っている猿轡さるぐつわ瘢痕あとでも察しられるのでした。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神をけがす。義務を蹂躙じゅうりんする。そこに危険は始て生じる。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あなぐらの中でも同じような争闘が行なわれた。叫喚、射撃、猛烈な蹂躙じゅうりん、次いで沈黙が落ちてきた。防寨ぼうさいは占領されていた。
自分の特権を蹂躙じゅうりんされ、ことに彼さえもまだ遠慮していたのに、「女郎買い」に行ったことは、彼を「愚弄ぐろう」することはなはだしいものであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
三越が田舎者を相手にするように、ここ等の昔の空気も全くそうした客の蹂躙じゅうりんするのに任せてしまっているではないか。それが私にはさびしかった。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どこでもそうであるように、ブルジョア政府同士の交渉の前には、郷土的利福なんか、花だろうが何だろうが、どんなに蹂躙じゅうりんしても構わないのです。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
此処にもそうした女性があるのか、女というものはどうしてこうまでしいたげられ、自己の権利を蹂躙じゅうりんされるものかと怒りがこみあげてくるのであった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ドイツ諸国はナポレオンの馬蹄に蹂躙じゅうりんせられて、殆んどその独立を失おうとするに至ったが、この時局に慨して、当時ドイツの学者政治家の間には
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
一触いっしょくしてタイタニックを沈めた氷山である。華麗かれいな羅馬の文明を鉄蹄てってい蹂躙じゅうりんした北狄ほくてき蛮人である。一切の作為さくい文明ぶんめいは、彼等の前に灰の如く消えて了う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ファッシストの何よりも非なるは、一部少数のものが〔暴〕力を行使して、国民多数の意志を蹂躙じゅうりんするに在る。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
地方人に蹂躙じゅうりんせられた、本来江戸児とは比較にもならない頓馬とんまな地方人などに、江戸を奪われたという敵愾心てきがいしんが、江戸ッ子の考えに瞑々めいめいうちにあったので
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
すでに成木殿がわしの婿でありわしが成木殿のしゅうとである以上、かかる名誉毀損と人権蹂躙じゅうりんと官権濫用に対しては断乎たる処置に出ることを承知なされるがよい
この学校では、上級の名においていつも正義が蹂躙じゅうりんされている。現に本田の弟の場合がそれだ。僕はもう一度はっきり言う、正義は階級になくて人にあるんだ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しょせん水戸斉昭の尊王攘夷は天保薪水令(一八四二年)和親条約(一八五三年)と、鎖国厳制をゆるめては蹂躙じゅうりんし去った幕閣にたいする幕府祖法の怒りであった。
尊攘戦略史 (新字新仮名) / 服部之総(著)
文化を縦横に蹂躙じゅうりんしながら柄に合ったものだけを身につけて育つようにしなければならなかったのだ……
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
愛嬌あいきょうもそっけもない、ただずんぐり大きい醜貌しゅうぼうの三十男にすぎなくなった。この男を神は、世の嘲笑ちょうしょうと指弾と軽蔑けいべつと警戒と非難と蹂躙じゅうりんと黙殺の炎の中に投げ込んだ。
答案落第 (新字新仮名) / 太宰治(著)
インドは中世紀以後モハメダンの蹂躙じゅうりんに逢い、仏教は地を払った。仏教のインドは全然の過去である。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「そりゃひどい!」「人権蹂躙じゅうりんだ!」「名誉毀損だ!」等かしましい不平の声が群集の間から起こる。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
殆ど無条件で蹂躙じゅうりんされ、屈服させられなければならない人々が、到るところに満ちているではないか。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
近藤は、この関所で、太刀を振るって、敵を斬っている自分の姿を想像した、何う不利に考えても、自分が一人で、守っていても、敵に蹂躙じゅうりんされそうにもなかった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
わが国土の「美」を決して他人に、蹂躙じゅうりんさせまい。これなのだ。これが、日本人の力の泉であった。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
道徳律の蹂躙じゅうりん者、大自然への冒涜ぼうとく者に対しては、何らの制裁権をも持たぬいかに無力な存在であるかということを、声を大にして叫ぼうとしたにほかならぬからなのだ。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかも個人主義なるものを蹂躙じゅうりんしなければ国家がほろびるような事を唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿気たはずはけっしてありようがないのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙じゅうりんされ忘却されてしまった。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この言葉は殊に強大なる勢力をもって居って、この一語の下に尊き真理も蹂躙じゅうりんせられてしまう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
イギリスの楽壇はパーセルの死後全く窒息状態で、首都ロンドンはたった一人の作曲家も持たず、ことごとくイタリー音楽とイタリー楽人の蹂躙じゅうりんに任せておく有様であった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙じゅうりんする勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。
裏町で一番広大で威張いばっている某富豪ふごうの家の普請ふしんに運ぶ土砂どしゃのトラックの蹂躙じゅうりんめに荒された道路だ、——良民りょうみんの為めに——のいきどおりも幾度か覚えた。だが、恩恵もあるのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その意味いみつながらぬ、辻妻つじつまわぬはなしは、所詮しょせんふでにすることは出来できぬのであるが、かれところつまんでえば、人間にんげん卑劣ひれつなること、圧制あっせいりて正義せいぎ蹂躙じゅうりんされていること
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
名誉毀損きそん、結婚詐欺さぎ、財産横領、器物破壊、家宅侵入、損害賠償、暴力行為、傷害、印鑑・私文書偽造、貞操蹂躙じゅうりん——あらゆる罪名が、にぎやかに、金五郎のうえにつけられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今なお鼠を殺すと埃溜ごみための中へ、持って行くだけの改良法も採用せず、依然として百年以前の旧様式を墨守ぼくしゅし、これを表通りの街路の上にほうり出して、車の輪の蹂躙じゅうりんゆだねている。
天授の英才を抱いて欧州を蹂躙じゅうりんせし那破翁ナポレオンも、その初めは一士官ではなかったか。
現代学生立身方法 (新字新仮名) / 大隈重信(著)