路地ろじ)” の例文
君江は軒先のきさき魚屋さかなやの看板を出した家の前まで来て、「ここで待っていらっしゃい。」と言いすて、魚屋の軒下から路地ろじ這入はいった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ト月ばかり経ったある晩、タツが銭湯に行こうとして出かかると、フイと、長屋の路地ろじをこっちへやってくる栗原の姿をみた。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
少年しょうねんのすみかは、町裏まちうらせま路地ろじでありましたから、平常ふだんは、はちや、ちょうなどはめったにんできたことがありません。
サーカスの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
同盟書林どうめいしょりんという、大きい本屋の前を通りすぎて、すこしいってから、東へはいるせまい路地ろじなかに、克巳の家はありました。
いぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
町幅は概して狭く、大通でさえも、漸く二、三げん位であった。その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く入混いりこんだ路地ろじになってた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
途中、ふた棟ある土蔵どぞう路地ろじのそばに、紋太夫の家臣であろう、刀をにぎったまま斬り伏せられている死骸があった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
要次郎がかう云つた途端に、二匹の犬がそこらの路地ろじからけ出して来て、あたかもおせきの影の上で狂ひまはつた。
町かどをまがって、しばらくいきますと、せまい路地ろじの入口に、まっ黒な姿のポケット小僧が立っていました。
仮面の恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、そう四人は、口ぐちにしらをきったが、本郷の道場の者と見破られた以上、このうえどじを踏まないようにと、連れ立って足ばやに、路地ろじを出ながら
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
路地ろじにはぶたが、たまり水にぴしゃぴしゃ鼻面はらづらをつけて、そこからはくさったようなにおいがぷんと立った。
と、三郎は頭をかきかき、古い時計のかかった柱からかぎをはずして路地ろじの石段の上まで見に出かけた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
隈取くまどりでもしたようにかわをたるませた春重はるしげの、上気じょうきしたほほのあたりに、はえが一ぴきぽつんととまって、初秋しょしゅうが、路地ろじかわらから、くすぐったいかおをのぞかせていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
路地ろじのおくの、またそのおくの、あぶなっかしい三げん長屋ながやの一けんが光吉こうきちの家だった。
美しき元旦 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ばしらのくづるゝかたや路地ろじの口
荷風翁の発句 (旧字旧仮名) / 伊庭心猿(著)
路地ろじうちしんとしているので、向側むこうがわの待合吉川で掛ける電話のりんのみならず、仕出しを注文する声までがよく聞こえる。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ああ、川上かわかみさんですか。このごろ、してきたかたでしょう。こちらの路地ろじはいって、つきたりのいえです。」と、たばこおしえてくれました。
鳥鳴く朝のちい子ちゃん (新字新仮名) / 小川未明(著)
わたしはできるだけ早く、このおそろしい路地ろじをぬけ出して、オテル・デュ・カンタルへ急いで行った。
砂利じゃり、土砂、海土などを扱う店の側について細い路地ろじをぬければ、神田川のすぐそばへも出られる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
きたない酒場や理髪店のごちやごちやしてゐる路地ろじを求めて、毎日用もないのにぶらついてゐる。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「火をけるな。路地ろじへ逃げこんだ雑兵などはほうッておけ。ただ町口に木戸を設けて警備に付け」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足首を白いほこりに染めながら、小家ばかりの裏町の路地ろじを、まちがえずに入ってくる。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
幸い家のわきに細い路地ろじがあって、それが家の裏口の所で行詰りになっていたので、その路地の入口に見張っていれば、仮令彼等が裏口から抜け出しても、見逃すことはなかった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
むしほそったことも、そと白々しらじらけそめて、路地ろじ溝板どぶいたひと足音あしおときこえはじめたことも、なにもかもらずに、ただひとり、やぶだたみうええた寺子屋机てらこやつくえまえ頑張がんばったまま
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そこで、同盟書林どうめいしょりんをすぎると、ふたりは、首をがちょうのようにのばして、どんな細い路地ろじものぞきこみました。道もない、ただ家と家のあいだになっているところまで、のぞきこみました。
いぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
夕方、本所ほんじょのごみごみした町の、とある路地ろじの奥にある、海の上でも一日として忘れたことのないなつかしい我が家へ入ると、すぐ下の妹、十五になるすみが、前掛まえかけで手をきながら飛び出して来た。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
私は既に期せずして東京の水と路地ろじと、つづいて閑地あきちに対する興味をばやや分類的に記述したので、ここにもう一つ崖なる文章を付加えて見よう。
やがて、大通おおどおりへようとすると、路地ろじかたすみに、ちょうちんをつけた、易者えきしゃのいるのが、はいりました。
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いつのまにか次郎も家の外の路地ろじを踏むくつの音をさせて、静かに私たちから離れて行った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
書記松本のうちは、三田みた四国町の停留所から右の路地ろじを入った小さい二階長屋だった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
どこぞの秋刀魚さんまねらった泥棒猫どろぼうねこが、あやまってひさしから路地ろじちたのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
などとひとりごとしながら、あっちの細道をのぞいたり、こっちの路地ろじにはいったりした。それを見ると、ほかの四人は、ますますたよりなさを感じはじめた。また、太郎左衛門のうそなのだ。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
わたしたちは路地ろじの向こうの出口から出て行った。
何処どこまで歩いて行っても道は狭くて土が黒く湿っていて、大方は路地ろじのように行き止りかとあやぶまれるほど曲っている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いえいえあいだ通路つうろとなっている路地ろじしか、子供こどもたちにとって、あそがなかったのを、ようやく、青物あおものまわり、家庭菜園かていさいえんなどというものがかげしてから、ふたたび、いままでのごとく
太陽と星の下 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雲濤が海棠詩屋は狭い路地ろじの奥にあったと見える。霖雨りんうのために路のわるかった事は昔も今も変るところがない。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八日目の午後になって、春代が初めて見舞に来たが、その時には額の繃帯ほうたいは既に除かれていたので、疵のあとはその晩路地ろじで転んだことにいいまぎらしてしまった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この特色は風俗画に至りて最も著しく婦女の姿態と家屋路地ろじ等の後景こうけいを配合せしむる事すこぶる巧妙なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すぐに窓の雨戸を明けかけたが、建込たちこんだ路地ろじの家の屋根一面降積ふりつもった雪の上に日影と青空とがきらきら照輝くのでしばらく目をつぶって立ちすくむと、下の方から女の声で
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鉄橋と渡船わたしぶねとの比較からここに思起おもいおこされるのは立派な表通おもてどおりの街路に対してその間々に隠れている路地ろじの興味である。擬造西洋館の商店並び立つ表通は丁度電車の往来する鉄橋の趣に等しい。
梯子段はしごだんの下の六畳で、丁度昼飯の茶ぶ台を囲んでいる処を、中島は御免ごめんなさいと言いながら通りぬけて、台処のそばの出入口から路地ろじづたいに、やがて表のとおりを電車のある方へと歩いて行った。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
新橋にてもこの程度にて遊べるところ路地ろじ小待合こまちあいには随分ありたり。神楽坂富士見町四谷かぐらざかふじみちょうよつや辺ならば芸者壱円にて帯を解くものもありしかど名ばかりの芸者にて長襦袢ながじゅばん胴抜どうぬきのメレンスなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わるくするとかどちがいをしないとも限らないような気がするので、君江はざっと一年ばかりかよう身でありながら、今だに手前隣てまえどなりの眼鏡屋と金物屋とを目標めじるしにして、その間の路地ろじを入るのである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
待乳山のふもと聖天町しょうでんちょうの方へ出ようと細い路地ろじをぬけた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)