たとえ)” の例文
世のたとえにも天生あもう峠は蒼空あおぞらに雨が降るという、人の話にも神代かみよからそまが手を入れぬ森があると聞いたのに、今までは余り樹がなさ過ぎた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うどの大木というたとえはあるが、若いころは知らず、このひとはとても味のある、ずば抜けたばかげさを持った無類の好人物だった。
荘子そうしに虚舟のたとえがある。今の予は何を言っても、文壇の地位を争うものでないから、誰も怒るものは無い。彼虚舟と同じである。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたくしの病気は実は是々これ/\といいましたが、其の事は乳母おんばにも云われないくらいな訳ですが、其処そこが親馬鹿のたとえの通り、おさげすみ下さるな
「それは物のたとえですよ。一と目見ても千両の値打のある女を、一日眺めても、十六文で済むというから大したものでしょう」
二度あることは三度あるというが、私の家出もそのたとえにもれなかった。もっとも、その三度目は二度目のときからは、大分歳月が経っていた。
遁走 (新字新仮名) / 小山清(著)
と云う訳になる。何となく落語じみてふざけているが、実際この時の心の状態は、こうたとえを借りて来ないと説明ができない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われら猿とは古代いにしえより、仲しきもののたとえに呼ばれて、互ひにきばを鳴らし合ふ身なれど、かくわれのみが彼の猿に、執念しゅうねく狙はるる覚えはなし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「お母さんが潰しはしないさ、これは物のたとえだよ、しかし、お母さんだって、悪いことをすりゃあ、自家が潰れるのだよ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
内心如夜叉にょやしゃたとえ通りです。第一あなたがたの涙の前には、誰でも意気地いくじがなくなってしまう。(小野の小町に)あなたの涙などはすごいものですよ。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのたとえが、さとの小さい胸を、どんなに痛く刺したか、てんで気附かないでいるのである。勝手な子である。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
僕は、坊主ぼうずにくければ袈裟けさまでものたとえのとおり、この美青年の給仕を呶鳴どなりつけたい衝動に駆られたのを、ようやくにしてぐっとこらえ、誘導訊問風に呼びかけた。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
雪なんぞは降らなくてもいい、竹筒っぽうでも降ればいいというのは、あまり聞き慣れないたとえであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その後イエスは譬話たとえばなしで語られるようになり、たとえでなければいっさい公の説教をせられぬこととなった(四の二、三四)。これはいかなる理由によるのでしょうか。
火中に栗を拾うたとえで、なまじっかなことをすれば、怪我けがをするだけではすまない。主水にどのような目途めどがあるとしても、まずまず成功は覚束おぼつかないように思われた。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鹿を追う猟師は山を見ずのたとえの通りに、李は夢中になって追って行くうちに、岡を越え、峰を越えて、深い谷間へ入り込みましたが、遂に獲物えもののすがたを見失いました。
兄がよくそのたとえを人の事に取ってこう申します。それは全く最初の考えようが悪いので海は一年中たいらおだやかなものでない。時あって風も起り波も荒くなるのが海の持前もちまえだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たとえば僅に一銭持たるとも、其一銭限り不残取上るを一銭切と云なるべし、捜し取る事と見ゆ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
「この長屋は、義理が堅い。それに、燈台下暗しのたとえで、一晩や、二晩は、却ってよい」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
鳥なき里の蝙蝠こうもりというたとえがあるが、三越という大きな鳥が出現して中村屋がただちにこの打撃を被るのは、やはり中村屋の商売にまだ一人前として足らぬところがあるからである。
「べらぼうめ。土を掘つても、一文の銭もでないと、昔からたとえにも言ふ通りのものだ」
とかくたとえは不完全であるから言葉だけでみると、僕が単に不熱心たれ、退け、何事にも熱するなというように聞こえるか知らぬが、分別ふんべつある読者は僕の真意を味わわれるであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ついに今日、変り果てし醜骸しゅうがいをお目にふれ候こと、まことに天の冥罰みょうばつ、そら怖ろしと酔心をひやし候といえども、乞食三日のたとえの如く、到底今となっては真人間に成り難き新九郎にござ候。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、悪運が尽きたとでもいうのですか、それとも、阿漕あこぎが浦で引く網も度重なれば何とやらのたとえか、警察ではやっとのことで、彼等の二つの住居の中の一つを嗅ぎ出したのです。
稀有の犯罪 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それも道理千万なはなしで、早いたとえが、誤植だらけの活版本でいくら万葉集を研究したからとて、真の研究が成立なりたとう訳はない理屈だから、どうも学科によっては骨董的になるのがホントで
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その中へたとえなども入れてごく感心するように戒めます。その事が終りますと今度はその父、母がまた正しくその場に坐り込んで同様の事を告げる。それはほとんど泣きながら告げて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
後に目科は余に向い「誠に残念ですが、勤めには代られぬたとえです、此勝負は明日に譲り今日は是で失敬します」とて早や立去らん様子なり、勝負の中止も快からねどそれよりも不審に得堪えたえず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
と僕は相手にならなかったが、この兵隊のたとえを忘れなかった。自習をしようと思っても、兵隊は薬を飲まないと思い出す。それでもやる時はウンとやるんだ。何うも兵隊の精神が本当らしい。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
大きなデカおやじが、自分の頭程あたまほどもない先月生れの小犬ののみんでやったり、小犬が母の頸輪くびわくわえて引張ったり、犬と猫と仲悪なかわるたとえにもするにデカと猫のトラとはなつき合わしてたがいうたがいもせず
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伯父は母親のように正面からはげしく反対をとなえはしなかったけれど、聞いて極楽見て地獄のたとえを引き、劇道げきどうの成功の困難、舞台の生活の苦痛、芸人社会の交際の煩瑣はんさな事なぞを長々と語ったのち
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おらも婿だが、昔からたとえにいう通り、婿ちもんはいやなもんよ。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
蟻の穴よりのたとえ。小事の如き大事だと思う。
と小宮山は且つ慰め、且つ諭したのでありまする、そう致しますと、その物語の調子も良く、取ったたとえに落ちましたものと、見えて
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
志「今日は臥竜梅へ梅見に出かけましたが、梅見れば方図ほうずがないというたとえの通り、あきたらず、御庭中ごていちゅう梅花ばいかを拝見いたしたく参りました」
「飛んでもない、物のたとえだよ、俺は年増女と月賦の洋服屋は相手にしないことにして居るんだしつこくて叶わないからね」
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
キンギン国の心臓にもたとえていいマイカ大要塞を望んで、怪しい敵の空襲部隊は、悠々と地上に舞下った。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なんでも、僕の聴き取った所では、心が動いてはならぬ、動けばすきを生ずる、隙を生ずれば乗ぜられると云うような事であった。石原は虎が酔人をわぬと云うたとえを引いた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
たとえば、丸橋忠弥の堀ばたとか、立廻りの見得とか、せまい台所でほんものの雨傘をひろげるのだから、じきに破いてしまうが、一方ひとかたならない高島屋びいきは、小言どころではない。
神妙の極に達すると、出るべき涙さえ遠慮して出ないようになる。涙がこぼれるほどだとたとえに云うが、涙が出るくらいなら安心なものだ。涙が出るうちは笑う事も出来るにきまってる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たとえばパインナプルが牛肉を溶解する力ありとすればそれと反対にる植物が或る肉類を不消化にするという作用もなければならん。現に酸類は牛乳を凝結せしめて不消化にする例もある。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かく比喩ひゆをもってしては、あるいは意味がわからぬか知らぬが、たとええていえば一日に六時間学生に教授するといえば、授業時間にはにがい顔せず、またしかったり不愉快ふゆかいふうに教えないで
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「それはたとえだ。お前が怠けているからだ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
菊「そんならおぬしゃあ盗人と、知ってもやっぱり愛想もつかさず、」源「お前と一所に居たいのは、たとえにもいう似た者夫婦、」菊
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と気があれば目も口ほどに物をいうと云うたとえの通り、新三郎もお嬢様の艶容やさすがた見惚みとれ、魂も天外に飛ぶばかりです。
自分の地位を築き上げるためには他人を陥入おとしいれる位のことは、まことに——尾籠びろうたとえで恐縮ですが、——屁とも思わないといった、冷酷無残な性格の持主でした。
いずれにしても、ここで、そのお誓に逢おうなどとは……たとえにこまった……間に合わせに、されば、箱根で田沢湖を見たようなものである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにお尋ねの風聞も大抵抜けた様子だから故郷ぼうがたしのたとえで、二人一緒で江戸へき、どんな暮しでもしようじゃないか、懐に金も有ることだからと
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それは物のたとえで」
卑俗なたとえだけれど、小児こどもが何とかすると町内を三べん廻らせられると言つた形で、此が大納言の御館みたちを騒がした狂人であるのは言ふまでもなからう。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
嘸まア腹が立つともにくい野郎とも、実にね悪党野郎でごぜえまして、牛裂うしざきにしても飽足らねえ奴の親だから、坊主が悪けりゃ袈裟まで悪いというたとえの通りで