まむし)” の例文
何故と申しますに、十四年前の古い思い出がよみがえまむしまれた昔の傷がちょうどズキズキ痛むように痛んで参ったからでござります。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
梓その時はその美しい眉も逆釣さかづッていたであろう。まさに洋燈を取って車の台になげうたむとする、めじりさがったのはまむしよりきらいな江戸ッ肌。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千両の金にも目をくれずに、ジッと折を待ったのは、そのまむしのような恐ろしい怨みを、適当に晴らす時機を待つためだったのです。
ガチャリと、膳へ盃が落ちてわれる——ともう、小六の脇の下から、急所を狙うまむし鎌首かまくびにも似た太刀の柄頭が、ピタリと向ッていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくのごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。蛇よ、まむしすえよ、なんじらいかで、ゲヘナの刑罰を避け得んや。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
見ると珊瑚さんごのようなくちびるが電気でもけたかと思われるまでにぶるぶるとふるえている。まむしねずみに向ったときの舌の先のごとくだ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これはまむし、はぶ、こぶらの三毒蛇を生きながら皮を剥ぎとり、肉をそぎ身にして細かく叩き、かなえにかけた鍋のなかへ投ずる。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そこで、お幾は再び蝋燭をつけて、台所の盥をあらためてみると、鰻のなかには一匹のまむしがまじっていたので、びっくりして声をあげました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と厭にからんで云いがゝりますも、まむし綽名あだなをされる甚藏でございますから、うっかりすれば喰付かれますゆえ、仕方なく
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
紀久子は自分の胸に何匹かのまむしがいるような気さえした。彼女は、正勝が早く厩舎へ帰ってくることを願っていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
忠公はまむしになると保証したが、乃公は青大将だろうと思っている。蝮なら占めたもんだ。なんになるか分らないから、客間のストーブの中へ匿してある。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「笑ひだしてしまつたのだ。君はヘドが吐けないたちぢやないか。君は何をたべても、あたらない。然し、君自身にも、毒はないね。君はまむしぢやないね」
暗い青春 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
思慮のない気短者を相手にしたのが、こちらの不覚だった。まるで、まむしと喧嘩したようなものだ。相手が悪すぎた
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜十時、犬継地区を全部診て回り、まむしをいましめながら山路を藤ノ尾の本部へ帰る。草はすでに露にしめり、ちんちろりんが渓を隔てて鳴き合っている。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
今の所謂基督教信者なるものに幾等いくとうか加ふるところありし、然るも基督は之を排して、まむしすゑとまでのゝしりぬ。
各人心宮内の秘宮 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
まむしすえよ、誰が汝らに、来らんとする御怒を避くべきことを示したるぞ。さらば悔い改めにふさわしき果を結べ。斧ははや樹の根に置かる。されば凡て善き果を
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
もっともまむしを手掴みにする商売人も居るんだから練習すると相当に掴めるんだが、持って帰るのが面倒だ
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「や、まむしだ。旦那やられましたな。」強力は顔色を変へて飛んで来た。「早く手当をなさらなければ……」
主人はあたかもまむしをでも見るように例の男をしばらくじろじろ見ていたが、やがて戸の所へきて言った。
なぜなら、その山にはまむしがいて、時々人をむので……鎌や、棒切れや、拾った栗を入れる袋なども用意するのだった。そして私はいそいそと家を出るのだった。
いつの驚きたるあり、オヨチにてはまむし多くして、倒れ木の上に丸くなりて一処いっしょに六七個あるあり。諸方にて多く見たり。其度毎そのたびごとにゾッとして全身粟起ぞっきするを覚えたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
高橋おでんも、まむしのお政も、偶々たまたま悪い素質をうけて生れて来たが、彼女たちもまた美人であった。おでんもお政も悪がこうじて、盗みから人殺しまでする羽目になった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
まむしが居ますよ。そらこの間のやうに、鼻の頭をまれて、のどれ上つてお寺の和尚をしやうさんのやうにこんな大きな顔になつて来ると、ほんとうに心配ぢやないか。いいかい。
それから三河で伝うるは、まむしは魔虫で、柳かウツギの木で打ち殺すと立ちどころに何千匹となく現われ来ると(早川孝太郎氏説)。盛夏深山の渓水に、よく蝮が来て居る。
ジヤジヤまたは口焼くちやき、ひるまむしの口焼きという式などは、まるでその虫のおらぬ節分の晩、もしくは小正月の宵に行うので、炉の火にかやの葉などをくべて唱えごとをする。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
殊にわたくしは蝸牛かたつむりにも、からすにも、豚にも、亀の子にも、棕梠しゆろにも、犬にも、まむしにも、野牛にも、病人にも似かよひ候よし、くやしきお小言を蒙り候こと、末代迄も忘れ難く候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
他に海賊房次郎やまむしのお政がそれぞれ自叙伝を劇化させ、自ら劇中の主人公即ち本人となって出演したこともあったが、これらは寄席ではなく、劇場での話ゆえ、ここでは省こう。
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「相手にならなければいい、構わなければまむしまぬという、知らん顔をしておいで」
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
千岳万渓の間に僅かに一条の小径こみちあるのみで、その小径も、夏になると草が覆い隠し、しかもその草むらにまむしが昼寝をしており、枝の上には猿が遊んでいて行人に悪戯いたずらをしかける。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
阿蘇の温泉に往ったら、彼等が京都の同志社でって居た其処の息子が、先日川端の湯樋ゆどいを見に往ってまむしに噛まれたと云って、跛をひいて居た。彼の郷里では蝮をヒラクチと云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その時セルギウスはまむしされたやうな気がした。娘の顔を見た時、白痴で色慾の強い女だと感じたのである。セルギウスは立ち上つて庵室に這入つた。娘はベンチに掛けて待つてゐた。
まむしさそりに刺されゝば、吾々の生命はあぶないのだ。そして、一番重要な事は、毒がどういふ風に働くか、そして其の害をおさへるのにはどうしなければならないかを完全に知る事なんだ。
はなかほひそまむしこゝろ! あんな奇麗きれい洞穴ほらあなにも毒龍どくりうすまふものか? かほ天使てんし
伊吹虎尾いぶきとらのを、振りかざす手のいかりからになつた心臟にしがみつくまむし自害じがいした人。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
背に二貫三貫の自然薯じねんじょを背負っている。杖にしている木の枝には赤裸に皮をがれたまむしが縛りつけられている。食うのだ。彼らはまた朝早くから四里も五里も山の中の山葵沢わさびざわへ出掛けて行く。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その長いけわしい生涯を、この子も、「幸福」を探して歩くんだろう。蛍とまむしの眼玉を間違えて、噛みつかれるように、幸の代りに不幸を掴むだろう。自由を求めては、ひどい拘束を食うだろう。
ことにこんなジメジメした夜中やちゅうには、まむしが多くくさむらから途中に出ているので、それを踏み付けようものなら、生命いのちにも係わる危険であるが、咽の渇きもとてこらえる事が出来ぬので、一同は評議の上
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ことにまむしがなかなかいる。この点大井川と同じようだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
青きまむしのふたつなき觸覺のごと
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
霜月や酒さめて居るまむし
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
まむし」のさとり
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
戦っては悔い、勝っては悔い、八ヵ国の官民に、万歳を以て迎えられるや、いよいよ、人知れず、後悔のまむしに、はらわたを噛みちらされていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一人はまむし三平さんぺい——これは死んだそうだが、——あと一人残った人殺しの房吉ふさきち、これは頭分かしらぶんで、人の五六人も殺している。
これはまむし、はぶ、こぶらの三毒蛇を生きながら皮をぎとり、肉をそぎ身にして細かく叩き、かなえにかけた鍋のなかへ投ずる。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自らあかしす。なんぢら己が先祖の桝目ますめみたせ。蛇よ、まむしすゑよ、なんぢらいかでゲヘナの刑罰を避け得んや。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何も口のはたつねられるばかりが口惜くやしいというんじゃアありません、時に因りますとね、蚊が一疋留まったのがまむしに食われたより辛うございます。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青大将にやまかがし、ないしは黒蛇またはまむし、どんな猛々たけだけしい毒蛇でも、妾が使えばおとなしくなり、自由自在に働きます。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まむしに咬まれたという噂を折りおりに聞くが、かのおそろしいはぶなどは棲んでいない。蠎蛇うわばみにはかなり大きいのがいる。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奇説怪説、雲の如くまき起り、夜鴉よがらす文士やまむし論客のたぐいを毒殺憤死せしめる怪力がこもれば結構である。
それがまむしのように、自分の心をみ裂く。彼女を心から憎みながら、しかも片時も忘れることが出来ない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)