むな)” の例文
架空かくうの影のむなしい自信と力なのだが、それを承知で、だまされ、たわいもない話だが、それでほんとに、いい気なのだから笑わせる。
太陽はぎらぎら輝きながら、むなしい速度で回転していた。その大空の何処かを、鋭く風を切って、飛行機が近づいて来る気配けはいがあった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こんなむなしい何も浮んでいない顔を見たことがはじめてだった。どんな困窮の日にもこんなさびしい顔色はしていなかったのだ。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私は土の崩れるような大きな激情がよせて来ると、何もかもが一切むなしくなりはてて、死ぬる事や、古里の事を考え出してくる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これ以上荏苒じんぜん日をむなしうすることはできないから、このうえは官庁側においてもいま一歩積極的に出て、業者とともに悩み、ともにはかり
前後左右をかぎっていて、街の下を流れる下水の如くに、時々ほんのちょっとした隙からかすかなむなしい響を聞かせるように三造には思われた。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
なんといっても、枢軸すうじくの後醍醐をうしなった南朝の朝廷は、空閣のむなしさをどうしようもなく、前途を悲観する人々のあいだでは、はやくも
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むなしき人は悟性さとりなし、その生るるよりして野驢馬のろばこまの如し」というが如き、余りに不当なる悪口というべきである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
青白いスクリインは、バタバタと風にあおられ、そのまえに乱雑に転がったデッキ・チェア、みんな、むなしい風景でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私の努力がむなしく終るかあるいはよき実を結ぶか否かは私が本当に正直になりうるか否かによって決ることである。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
悠二郎は高い空をわたる風の音でも聞くような、一種のむなしいおもいで、そっと溜息をつき、窓の外へ眼をやった。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼等のわが事を語るにいたれるもこれが爲なりき、かれらまづ、彼はむなしき身のごとくならずといふ 一〇—一二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
汝もし信ぜずば今夜新しい葉をむしろの下にいて、別々に臥して見よ、明朝に至り汝の榻下とうかの葉は実するも、鬼の臥所ふしどの葉はむなしかるべしと言うて別れ出た。
やむなく、見舞品を置いて、むなしく帰らなければならなかった。力のない足どりで、街の方へ引き返しながら
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
孝孺のこのげんてらせば、鄭暁ていぎょうの伝うるところ、実にむなしからざる也。四箴ししんの序のうちの語に曰く、天にがっして人に合せず、道に同じゅうして時に同じゅうせずと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
事実としては、墓がむなしくあったことだけである。これに関して、復活を否定する諸説がある。いわく、マグダラのマリヤたちは墓を間違えたのであろうと。
それで、欧米の人と、直接に会って心をむなしうして言ってみれば、その誤解は釈然として解けるのである。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ここの山々の特徴は、山々の起伏の線の、へんにむなしい、なだらかさに在る。小島烏水といふ人の日本山水論にも、「山のね者は多く、此土に仙遊するが如し。」
富嶽百景 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
貴族の栄華は、彼をしてむなしき世のものをあさりめぐるのほかに楽しみとてはあらずと、思はしめにき。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
時々彼はくうふところをひろげて、この世に居ない自分の娘を捜した……彼のむなしい手の中には、何物も抱締めてみるようなものが無かった……朝に晩に傍へ来る娘達が
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
の駅が止まりである列車は、見る/\うちに、洗われたように、むなしくなってしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
老子が孔子にはなむけしたと言われる言は、自己を主張せず理智に拘泥こうでいせず、我をむなしくして世に順応せよと教えた点において、『老子』の思想を一句に表現していると見ることもできる。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
交際は無くてかなはぬものにて、又一たび誤りてあらぬ人と相結ぶときは、悔あるべきことなりといふ。われは深くその好意を謝して、善人は隨處にありといふことわざむなしからぬを喜びぬ。
人力車に乗って降りられないのは勿論もちろん空車からぐるまにしてかせて降りることも出来ない。車を降りて徒歩で降りることさえ、雨上あまあがりなんぞにはむずかしい。鼠坂の名、真にむなしからずである。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
むなしくほふられてしまった無数のかなしい生命にくらべれば、窮地に追詰められてはいても、とにかく彼の方がしあわせかもしれなかった。天が彼を無用の人間として葬るなら、むを得ないだろう。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
しぜん人も馬も重苦しい気持にしずんでしまいそうだったが、しかしふととおが過ぎ去ったあとのようなむなしいあわただしさにせき立てられるのは、こんな日は競走レースれて大穴が出るからだろうか。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
このむなしさは、なぜか、彼の家中に於ける位置にも共通していると思われて来た。何か漠然と、とらえどころはないが、そぐわないものが感じられてならぬのであった。彼の頭はぼんやりしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
折ふしに冬木見えくる眼先まなさきもたちまち暗しむなしかりけり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
むちうて、いましむなしく見えなせども
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
むなしき空に紅の
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
私のめたい心が、女のむなしい激情を冷然と見すくめていた。すると女が突然目を見開いた。その目は憎しみにみちていた。火のような憎しみだった。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
日ごろにあった彼の罪悪意識と突然なむなしさとが、波の通ったあとの砂地みたいにべったり心の底に定着していた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はたかが女一匹とふたたび心で叫んで見たが、それはもはやむなしい痩我慢やせがまんにすぎない言葉だった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこにはつつましい落魄らくはくと、あきらめの溜息が感じられた。絶望への郷愁といったふうなものが、生きることのむなしさ、生活の苦しさ、この世にあるものすべてのはかなさ。
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やっと兵曹長となり、一応の余裕が出来て、あたりを見廻した時、ひそかに育てて来た復讐のきばは、実はむなしいものにせられてあったことに気付いたに違いないのだ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あゝ人力のさかえむなし、衰へる世の來るにあはずばそのいたゞきの縁いつまでか殘らむ 九一—九三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
加うるに南軍は北軍の騎兵の馳突ちとつに備うる為に塹濠ざんごうを掘り、塁壁を作りて営とすを常としければ、軍兵休息のいとますくなく、往々むなしく人力をつくすのうらみありて、士卒困罷こんひ退屈の情あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
故竹添進一郎氏の『左氏会箋』一四に引かれた銭錡の説に今の牛宿の星群は子宮にあって丑宮にあらず、周の時元枵げんきょうという星が虚宿二星の一たり、枵はこうで鼠は物をへらむなしくする
ヨブの失望察すべきである。故に二十一節において「なんじらも今はむなしき者なり」と彼は友人らに対しまず総括的断定を下してち、激語を重ねて彼らを責むるのやむなきに至ったのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今、鉄筋の残骸を見上げ、その円屋根のあたりに目を注ぐと、春のやわらかい夕ぐれのざしがむなしく流れている。すずめがしきりに飛びまわっているのは、あのなかに巣を作っているのだろう。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
一人一人に見れば、醜くもあり卑しくもあり愚かでもある少女たちが自分の生活の中で触れ得る唯一の生きた存在なのか? 豊かであるようにと予定したはずの日々が何と乏しくむなしいことか。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
上梶あげかぢを護謨の滑車に照りつむる陽ははげしくて下空むな
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
傳へぬ、こはむな
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
生計的に落魄らくはくし、世間的に不問にされていることは悲劇ではない。自分が自分の魂を握り得ぬこと、これほどのむなしさ馬鹿さみじめさがある筈はない。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
筒井は師走しわすの日をせめてもの心だよりとして男の便りを待ったが、例に依ってそれはむなしい彼女の心だのみに過ぎず、あと二日寝れば正月というのに、何のたよりもなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
此のようなむなしい感情を、私は何度積み重ねてはこわして来たのだろう。……
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「しかしこのむなしさはなんだろう」と甲斐は暫くしてまた呟いた
空も山も青い田も、飢えている者の眼にはむなしく映った。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
我が飛翔かけりこぞて見む郷人くにびとに心はあがむなしかりけり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
むなしきれい
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)