しま)” の例文
旧字:
しまっておいたって仕様がないし、そうかといってウッカリ気心の知れないところに持って行ってお勧めする訳にも行きませんからね。
悪魔祈祷書 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は妻という(しての)気持から、あなたとしては極めて自然に云われた数言を、耳へしみこませ、わが懐の奥ふかくしまう心持です。
三百両の金をしまって立ち上ろうとする。お松は情けないかおをして、眼にはいっぱいの涙を含んで、小さなあごえりにうずめてうなずきます。
ただ彼はひとりも知己を持たず、どの門番の家へもその名刺をふりまくことができなかったので、それをポケットの中にしまい込んだ。
私にとっては金に換えがたいものばかりをしまっていたのでございましたわけで、それだけは、どうしてもなくしたくなかったのでした。
村の少年少女こどもたちは造りかけた山車だしや花笠や造花つくりばなをお宮の拝殿にしまへ込んで、ゾロゾロと石の階段を野原の方へと降りて行くのでした。
女王 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
やがて物も言わずに突き膝で箪笥の方へにじり寄り、それをしまいこむ、その腰のあたりを見ると、安二郎はおかしいほど狼狽した。
青春の逆説 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「アラ、厭なの。じゃ、何かそこでしていんじゃない? 抽斗ひきだしや、下着入れを覗いているんだったら、今のうちにしまうことよ……」
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上からさすって見てから、それを、肌身深くしまいこんで仕舞った……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
どうやら自分ばかりが見ることの出来る不思議の宝物がしまつてあつて、そこに富と幸福とが、水銀を撒いたやうに散らばつて居る。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
だから彼はそそくさに四つの大根を引抜いて葉をむしり捨て著物の下まえの中にしまい込んだが、その時もうばばの尼は見つけていた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
「院長、では、これを見て、判断していただきましょう。当時、私が身につけていたものは、大切に、皆ここにしまってあるのです」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
瀬川は机の上の手紙を慌ててかくし、抽斗ひきだしの中へしまい込むと、それから机に背をもたらせて寄りかかりながら「まあ、お座り」と言った。
彼は叫ぶように言って、指環をチョッキの内ポケットにしまった。そして、冠っていたソフトを取ってテーブルの上に叩きつけた。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼はプロマイドをしまうと、そっと歩きだした。鳩の家の扉を開けると、いきなり一羽の伝書鳩を捕えて、マントの下にかくした。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
なぜといふに前の日からの約束で、この日われ/\が行くまではその幅をしまつておいて貰ふ打ち合せになつてゐたからであつた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「あなたは妾に見せられないものがあるのでせう、いゝえ、あの手箪笥の引き出しには何がしまつてあるか、妾にはよくわかつてゐます。」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
花をむしるも同じ事よ、花片はなびらしべと、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱にしまっておこう。——殺せ。(騎士、槍を取直す。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高い帯揚のしんは減らせ、色はもっと質素なものをえらべ、金の指輪も二つは過ぎたものだ、何でも身のまわりを飾る物はしまって置けという風で
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると樟脳や包袋においぶくろの香りと一緒に、長らくしまわれていたものの古臭いような、それでいて好もしい、匂いもまじって鼻を打ってくるのでした。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
見付けられたとすれば、俺だけではない、これから入ってくる何百という人たちの、こッそりしまいこんでいた楽しみが奪われてしまうんだ。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
母親はよくその村のことを話した。四ツ切の大きな写真が箪笥たんすの底にしまつてあつた。墓がいくつとなく並んでる写真であつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彩牋堂記の拙文は書終ると直様すぐさま立派な額にされたが新曲は遂に稿を脱するに至らずその断片は今でも机の抽斗ひきだししまわれてある。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
少年の試験場における念仏に依って直接に得たものは何か、それは宇宙に漲る大きな助力と、自分の内部にしまってある潜在意識
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ここには四五人ひとがいる。だが一人も女はいない。何んとなく刀気が感じられる。これは武器庫に相違ないよ。随分沢山しまってあるらしい。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
芸妓げいこは一寸頭を下げて、紙包みを長いたもとの中にしまひ込んだ。商人あきんどは自分ながら江戸つ児のはなれのよいのに満足したやうににつと笑つた。
それはいつも、引き出すと同時に大急ぎで押しこまれてしまうため、一体どのくらい金子かねしまってあるのやら、確かなことは分らなかった。
それで、もう釣もお終いにしようなあというので、蛇口から糸をはずして、そうしてそれをしまって、竿は苫裏とまうらに上げました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ここでも作りかたは簡単でないので、老人などの無い家では頼んで作ってもらい、用がすんでからも翌年まで、大事にしまって置く者があるという。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼は秘蔵の品に手をふれるように青い下帯をでさすりながら、珍らしい物をいままでしまって置いたものだといった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ある日母子二人とも留守の間に入って来てそこらを掻き探しているうちにふと私からやった手紙のしまってあったのを目つけて残らず読んでしまった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
いとも慇懃に帽子を脱ぐとさて「いやいや、奥さま。何卒宝石はおしまい下さい。そして叶いますことならば、あなたのおぐしの花を頂かせて下さいませ」
薔薇の女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
校長はしまつた懐中時計をまた出して見て、『恰度七時半です。——恰度可いでせう。授業は十一時からですから。』
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
之は如何にも俗見で、ブーラール夫人にしたところで、滅多にめない宝石入の指輪を大事にしまっていた形跡があるのだから、此の小言は無理である。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
が、そう思い付いたものの、それはトランクの底深く、しまってあるので、急場の今は、何のたすけにもならなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
本当に今まで永い間しまつて置いてよかつた。飛んでもない恥さらしをする事であつた。あの蕪雑な「雲母集」でつくづく私は懲り果ててゐたのであつた。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
新しい倉庫の建て増しまでおさせになって、それへは法皇がこの宮へ無数に御分配になった貴重品の今まで六条院にあったのを移しておしまわせになった。
源氏物語:38 鈴虫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
左近方には四郎左衛門が捕はれて死んだ後に、此徳利が紫縮緬むらさきちりめん袱紗ふくさに包んで、大切にしまつてあつたさうである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
あれほど彼自身がもうもうこれは一文だつて無駄使ひは出来ないのだからと内ぶところに堅くしまつて、ぽんぽんと叩いてなど居たのに——つい例の病ひで
老猾抄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そして花梨のステッキは、玄関の傘戸棚のなかにしまったままになっているのだが、井伏さんはふと思い出したように、この旅にこのステッキを持って出る。
井伏鱒二によせて (新字新仮名) / 小山清(著)
吸殻は黄色く燻ぶっていた。煙草に魔睡薬が仕込んであるに違いない。私はそれを自分のポケットへしまった。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
貴方あなたどうぞおめなすって、そうして貴方の指環をわたくしにくださいまし、あなたし嵌めるのがおやならしまって置いてくださいまし、私は何も知りませんが
たとへば酢とか油とか脂肪とか云ふやうな錆の出来るものと接触ふれさせずに、しまつておかなければならない。
かんざしをつまみ出し、香水の瓶をちよつと鼻の先に当てて匂ひを嗅ぐと、礼も言はずに戸棚の中にしまつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
いつでしたか、いちばん後まで残り、バック台をしまってからも、皆、降りて行ってしまうまで海を眺めるふりをし、誰もいなくなってから、体育室に入ってみました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いらい何十年もつい訪うていなかったのだ。主人の手紙によると私が書いた「三佳亭」の額やら色紙が遺墨として今もしまってあるという。遺墨とあるには私も笑った。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真白な大理石の可愛らしい、美しい墓石もちやんと準備が出来てゐる、墓に関してのすべての遺言状も何遍となく浄書し直して、自分の文庫の中に丁寧にしまはれてある。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
その悶えは苦しいと同時に甘かった。たゞ何となく、大切にしまって置きたいようなものであった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
動物的の愛なんぞは何処かの隅にそっしまって置き、例の霊性の愛とかいうものをかつだして来て、薄気味悪い上眼を遣って、天から振垂ぶらさがった曖昧あやふやな理想の玉をながめながら
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
焼捨てるのは勿体ないし、唯しまつて置くのも惜しい、世間へ出して差支の無いものなら出したい、斯ういふ妹からの頼みで、自分等は順にそれを読んで見ることに成つた。
一葉の日記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)