落魄らくはく)” の例文
何でも睾丸きんたまにシラミが湧いたから剃るのだ……といったような事を話していたから、余程、落魄らくはくして帰って来たものであったらしい。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
軽侮しているんだろう、おれの落魄らくはくしたざまが可笑おかしいんだろう、それならなぜ軽蔑けいべつしないんだ、どうして笑わないんだ、どうしてだ
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
岸本は七日ばかりもこの旅の人を自分の許に逗留とうりゅうさせて置いた。その七日の後には、この落魄らくはくした太一の父親を救おうと決心した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
落魄らくはくして、最後に一旗という資本がないので、心まで淋しくなり、蝶吉の母に迫って、その落籍ひかしただけの金員耳を揃えて返せという。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これまでは自宅で療養していたが、この時は父が死亡して落魄らくはくの折だから三等患者として入院し、更に又公費患者に移されていた。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
落魄らくはくして漁民となったのだといわれているが、彼自身は「片海の石中いそなかの賤民が子」とか、「片海の海人あまが子也」とかいっている。
あゝ、当年豪雄の戦士、官軍を悩まし奥州の気運を支へたりし快男子、今は即ち落魄らくはくして主従唯だ二個、異境に彷徨はうくわうして漁童の嘲罵にふ。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
悲壮な覚悟があるように見える。世に豪奢ごうしゃを誇った香以が、晩年落魄らくはくの感慨を托するに破芭蕉やればしょうえらんだのははなはだ妙である。
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
聞けば男の生まれは新潟県だという。異郷の果てに落魄らくはくの身の二人である。話合ううちに、しみじみとお互いに心のふれ合うものがあった。
それとも彼等は彼のこうまで落魄らくはくしている境遇へつけこんで、同盟して彼一人を奈落の底へ突きおとすのであるかも知れない。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
八歳の時に足利を出て、通りの郵便局の前の小路こうじの奥に一家はその落魄らくはくの身を落ちつけた。その小路はかれにとっていろいろな追憶おもいでがある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私はその場合、先ず朝鮮へ行っていた弟としての私が、内地へ舞い戻って来たと想像して、心持から、身なりから、落魄らくはくした弟らしく装います。
彼は自分の肉体に、あらゆる醜穢しゅうえを塗り付けた後、自分の心の状態が如何に落魄らくはくするだろうと考えて、ぞっと身振みぶるいをした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一瞬の後、落魄らくはくの小説家東野南次は、その浅ましい死骸を、裏銀座の街上に横たえる運命でした。真に一瞬の後、——が
また公権をさえ褫奪ちだつして彼をして官途にあたわざらしめ、結局落魄らくはくして郷里に帰るのほかみちなからしめんと企てたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
しかも今や落魄らくはくの極にあるこの不幸なるスペイン人の上に、願わくは閣下のキリスト教徒たる感情を向けたまい、慈悲の一瞥いちべつを投ぜられんことを。
全体に門付かどつ物貰ものもらいのやからを、すべて人間の落魄らくはくした姿のように考えることは、やや一方に偏した観方みかたなのかも知れない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わずかに、邑久郡おうくのこおり今木いまきと、熊山の山間に、旧領の一部と、少数な部下を持っているにすぎない落魄らくはくの武士だった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その落魄らくはくの感じをいたましく漂わした肩を、さよう、その落魄感を大事に骨の上に載せていて、落してはならないとしてでもいるように微動だにさせず
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
駒井甚三郎は落魄らくはくしたけれども、まだ大事を為すの準備として、相当の資金がいずれにか蓄えてあるはずである。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところで私自身は、他人から見たら蕭条しょうじょうたる落魄らくはく一老爺いちろうや、気の毒にも憐むべき失意不遇の逆境人と映じているだろうが、自分では必ずしもそう観念しては居ない。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
周囲にめぐらした土塀どべいも崩れ、山門も傾き、そこにつたがからみついて蒼然そうぜんたる落魄らくはくの有様である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ひょっとしたら十何年目のカテリイヌ——恐らく落魄らくはくしているだろうが——にめぐりっていつか自分をママ致して奴隷のようにして仕舞った巴里に対する憎みを語りたい。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが一旦いつたん兄さんがつまらない心を起して返り討ちにあつてから、落魄らくはく一途いちづ辿たどりはじめた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ソロモン落魄らくはくして、乞食し「説法者たるわれはかつてエルサレムでイスラエルに王たりき」と言い続く、たまたま会議中の師父輩が聞き付けて、阿房あほの言う事は時々変るに
これでは落魄らくはくと云ってもよいような細々ほそぼそとした暮しをしていたとしか思われなかったが、それと云うのも、故人が芸術的良心に忠実で、昔からの舞の型をくずすことを極端にきら
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんな落魄らくはくしたような姿をつやに見せるのがえがたい事のように思われ出したのだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「うう、それぢや君は何か、僕のかうして落魄らくはくしてをるのを見て気毒きのどくと思ふのか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
水上氏は落魄らくはくし、ひどい恰好で日本へ帰ってきて、恵那の奥の郷里に落着いた……ところで、そのへんの谷のようすは、水上氏の目には、アメリカで見たウラニウムの出る谷々の形相と
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
次第に落魄らくはくして近頃はおれの部屋からまだ二階上にある屋根裏に移つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
うたた脾肉ひにくたんに耐えないのであったが、これも身から出たさびと思えば、落魄らくはくの身の誰を怨まん者もなく、南京虫なんきんむししらみに悩まされ、濁酒と唐辛子をめずりながら、温突おんどるから温突へと放浪した。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
夜更けて帰って来て、なにしろ家がせまいから、明朝あしたまた早くゆくといってくつろいでいた。その翌日いったらもう死者は家にいなかった。落魄らくはく御直参連一党がつらなって帰って来てつぶやいた。
病院を出て家に戻って来るまでに、あたりは見る見るうちに薄暗くなってゆき、それが落魄らくはくのおもいをそそるのでもあった。薄暗い病院の廊下から表玄関へ出ると、パッと向うの空は明るかった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼はそれを見ながら、落魄らくはくした男の姿を感じた。その男の子供に対する愛を感じた。そしてその子供が幼い心にも、彼らの諦めなければならない運命のことを知っているような気がしてならなかった。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
落魄らくはく、といったようなところはみじんも見えない若さでした。
お前は落魄らくはくした給仕人だ。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
丑松は敬之進のことを思出して、つく/″\落魄らくはく生涯しやうがいを憐むと同時に、の人を注意して見るといふ気にも成つたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
家系の落魄らくはくに対する卑下感から、その結婚を過大に考えすぎたらしいし、それだけ真沙への愛情も激しくいちずになったようだ。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生計的に落魄らくはくし、世間的に不問にされていることは悲劇ではない。自分が自分の魂を握り得ぬこと、これほどのむなしさ馬鹿さみじめさがある筈はない。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
われわれ武門のはしくれだった者さえ、弱肉強食のちまたにはてず、落魄らくはく愍然びんぜんたる境界に追いやられ、いまは争闘の世に、まったく思いっているのに。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人は落魄らくはくして、窮困の中に年をとって行くと、まず先に笑うことから忘れて行くものかも知れない。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今こそ落魄らくはくはしているが、後来必ずや名を成すのは、あんな人だろうなんぞと米友は考えました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その後、私はそのお好み焼屋の、これまたなんというか、——何か落魄らくはく的な雰囲気ふんいきかれて足しげく通うようになったが、行くたびに、ミーちゃんこと美佐子は大概いた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
アア妾もまた不幸落魄らくはくの身なり、不徳不義なる日本紳士のうちに立ち交らんよりは、知らぬ他郷こそ恋しけれといいけるに、彼はたちま活々いきいきしく、さらば自分と同行するの意はなきや
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
明治二十四、五年の間予西インド諸島にあり落魄らくはくして象芸師につき廻った。その時象が些細な蟹や鼠を見ていたく不安を感ずるをた。そののち『五雑俎』に象は鼠をおそるとあるを読んだ。
落魄らくはくしている顔付きを思い出すに連れて、十円もする帽子を大得意で帰って来る自分の心理状態が恥かしくて、たまらなくなりましたから、汽車が博多駅に着く前に折畳んでふところに入れて
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして服装からも、様子からも、落魄らくはくというような一種の気分が漂っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一旦嫁いだ女たちが後に謀叛人むほんにんの子なるが故に夫にうとまれ、落魄らくはくした結果であろうか、それとも関ヶ原の当時まだ結婚期に達していなかった妹たちだけが、漂泊の憂き目を見たのであろうか。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貧しい職人ていの男も居る。中には茫然ぼんやりと眺め入って、どうしてその日の夕飯ゆうめしにありつこうと案じわずらうような落魄らくはくした人間も居る。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
安宿の客たちも(例外はあるが)純朴で人情にあつく、またお互いが落魄らくはくしているという共通のいたわりもあって、いかにも気易くつきあうことができた。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)