草鞋穿わらじばき)” の例文
とちやほや、貴公子に対する待遇もてなし服装みなりもお聞きの通り、それさえ、汗に染み、ほこりまみれた、草鞋穿わらじばきの旅人には、過ぎた扱いをいたしまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
熱い灰の中で焼いた蕎麦餅そばもちだ。草鞋穿わらじばき焚火たきびあたりながら、その「ハリコシ」を食い食い話すというが、この辺での炉辺ろばたの楽しい光景ありさまなのだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
車に引添ひっそうてまだ一人、四十許りの、四角なかおの、茸々もじゃもじゃひげの生えた、人相の悪い、矢張やっぱり草鞋穿わらじばきの土方風の男が、古ぼけて茶だか鼠だか分らなくなった
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
斯うやって草鞋穿わらじばきになり田舎者の仮色こわいろつかい、大勢を騒がし、首尾よく往った所がたった八十両、成程是れはちいせえ、それに引換え旦那などは座蒲団の上で、くわえ煙管をしながら
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
網代笠あじろがさを深くかぶって袈裟文庫けさぶんこをかけて、草鞋穿わらじばきで、錫杖しゃくじょうという打扮いでたちです。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お千世の祖父じいの甚平が台所口から草鞋穿わらじばきの土足である。——これが玄関口から入ったら、あるいはこうはなかったろう。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
草鞋穿わらじばきで、土いじりでもしながら、片手間に用務を談ずるなんて、そういう気風の人じゃ有りません
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ちらと見たばかりでは何の車とも分らなかった。何でも可なり大きな箱車はこぐるまで、上からこもかぶせてあったようだったが、其を若い土方風の草鞋穿わらじばきの男が、余り重そうにもなく、匇々さっさと引いて来る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すげの深い三度笠をかぶりまして、半合羽はんがっぱ柄袋つかぶくろのかゝった大小をたいし、脚半甲きゃはんこうがけ草鞋穿わらじばきで、いかにも旅馴れて居りまする扮装いでたち行李こうりを肩にかけ急いで松倉町から、う細い横町へ曲りに掛ると
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男は草鞋穿わらじばき脚絆きゃはん両脚もろずね、しゃんとして、あたかも一本の杭の如く、松を仰いで、立停たちどまって、……まなじりを返して波をた。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤い頭巾ずきんを冠せた乳呑児を負いまして、鼠色の脚絆きゃはん草鞋穿わらじばき、それは旅疲たびやつれのしたあわれな様子。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千草ちくさの汚れた半股引を穿き、泥足草鞋穿わらじばきの儘洋物屋とうぶつやあがはなに来て
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その日、両国向うの得客とくい先へ配達する品があって、それは一番後廻、途中方々へ届けながら箱車を曳いて、草鞋穿わらじばきで、小僧で廻った。日が暮れたんです。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
洋服に草鞋穿わらじばきで、寂しい旅人のように、三吉は村へ入った。ずっと以前大火があって駅路の面影おもかげもあまり残っていなかった。そこは美濃路みのじの方へ下りようとする山の頂にあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と見る所を草鞋穿わらじばきの足を上げてドンとあごを蹴ったから
腰に風呂敷包をぐらつかせたのが、すあしに破脚絆やぶれぎゃはん草鞋穿わらじばきで、とぼとぼと竹のつえかれて来たのがあった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
表門のさくのところはアカシヤが植えてあって、その辺には小使の音吉が腰をかがめながら、庭をいていた。一里も二里もあるところから通うという近在の生徒などは草鞋穿わらじばきでやって来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひょっこり肌脱の若衆わかいしゅが、草鞋穿わらじばきで出て来そうでもあるし、続いて、山伏がのさのさとあらわれそうにもある。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
筒袖つつそでの半天に、股引ももひき草鞋穿わらじばきで、頬冠ほおかぶりした農夫は、幾群か夫婦の側を通る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
祖母としよりは、その日もおなじほどの炎天を、草鞋穿わらじばきで、松任まっとうという、三里隔った町まで、父が存生ぞんしょうの時に工賃の貸がある骨董屋こっとうやへ、勘定を取りに行ったのであった。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤い毛布ケットで頭を包んだ草鞋穿わらじばきの小学生徒の群、町家の軒下にションボリと佇立たたずむ鶏、それから停車場のほとりに貨物を満載した車の上にまで雪の積ったさまなぞを見ると、降った、降った
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
薄汚れて、広袖どてらかと思う、袖口もほころびて下ったが、巌乗がんじょうづくりの、ずんと脊の高い、目深に頬被ほおかぶりした、草鞋穿わらじばきで、裾を端折らぬ、風体の変な男があって、懐手で俯向うつむいて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身には法衣ころもに似て法衣でないようなものを着ていた。それに、尻端折しりはしおり脚絆きゃはん草鞋穿わらじばきという異様な姿をしていた。頭は坊主にっていた。その時の心の経験の記憶がた実際に岸本の身にかえって来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
車輪のごときおおきさの、紅白段々だんだらの夏の蝶、河床かわどこは草にかくれて、清水のあとの土に輝く、山際に翼を廻すは、白の脚絆きゃはん草鞋穿わらじばき、かすりの単衣ひとえのまくり手に、その看板の洋傘こうもり
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父が存生ぞんしょうの頃は、毎年、正月の元日には雪の中を草鞋穿わらじばきでそこにもうずるのに供をした。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこも変らず、風呂敷包を首に引掛けた草鞋穿わらじばき親仁おやじだの、日和下駄で尻端折しりはしょり、高帽という壮佼あにいなどが、四五人境内をぶらぶらして、何を見るやら、どれも仰向いてばかり通る。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向顱巻むこうはちまきしたであります——はてさて、この気構えでは、どうやら覚束おぼつかないと存じながら、つれにはぐれた小相撲という風に、源氏車の首抜くびぬき浴衣の諸肌脱もろはだぬぎ、素足に草鞋穿わらじばき、じんじん端折ばしょり
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白い脚絆きゃはん、素足に草鞋穿わらじばきすそ端折はしょった、中形の浴衣に繻子しゅすの帯の幅狭はばぜまなのを、引懸ひっかけに結んで、結んだ上へ、桃色の帯揚おびあげをして、胸高に乳の下へしっかとめた、これへ女扇をぐいと差して
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不思議と草鞋穿わらじばきで、饅頭笠まんじゅうがさか何かでって見えてさ、まあ、こうだわ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顔容かおかたちすぐれて清らかな少年で、土間どま草鞋穿わらじばきあしを投げて、英国政府が王冠章の刻印ごくいん打つたる、ポネヒル二連発銃の、銃身は月の如く、銃孔じゅうこうは星の如きを、ななめ古畳ふるだたみの上に差置さしおいたが、う聞くうち
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
錺屋かざりや、錺職をもって安んじているのだから、丼に蝦蟇口がまぐち突込つっこんで、印半纏しるしばんてんさそうな処を、この男にして妙な事には、古背広にゲエトルをしめ、草鞋穿わらじばきで、たがね鉄鎚かなづち幾挺いくちょうか、安革鞄やすかばんはすにかけ
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)