あし)” の例文
おなじく桂川のほとり、虎渓橋こけいきょうの袂。川辺には柳幾本いくもとたちて、すすきあしとみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まもなく、江のまん中を、斜めにぎるうち、あしの茂みをいて、チラとべつな一隻が見えた。すると、こっちから阮小二が呼んだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時の中洲なかずは言葉どおり、あしの茂ったデルタアだった。僕はその芦の中に流れ灌頂かんじょうや馬の骨を見、気味悪がったことを覚えている。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一段はほぼ五十センチほどの厚さがあり、段と段のあいだは隙間になって、枯れた古いあしの幹が支柱のように竝立へいりつしている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
森林に囲まれた大沼は、黒漆くろうるしの縁にふちどられた、曇った鏡のそれのようであった。沼は浅く水も少く、あしだのかやだのすすきだのが、かなりの沖にまで生えていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
卒都婆は波にもまれてあしのしげみにかくれてしまいました。わしはそれをじっと見送っていたらなみだがこぼれた。しかし神様には何でもできないことはないはずだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
あし都鳥みやこどりを描いた提灯ちょうちんは、さしもに広い亀清楼の楼上楼下にかけつらねられて、その灯入りの美しさ——岸につないだ家根船やねぶねにまでおなじ飾りが水にゆれて流れた。
ある日など、大川の土堤の斜面にねころんで、赤いかにあしの茎を上ったり下ったりするのを、一時間あまりも一人で眺めていて、自分でも不思議に思ったことがある。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
岸はあしを畳んでできている。石垣ではなくて芦垣あしがきである。こうしなければ水の力でさらわれる恐れがあると云う。芦はいくらでも水を吸い込んで平気でいるから無難だと見える。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岩崎覚左衛門はいずれの国の生まれか知らぬが、かの難波なにわあしも伊勢の浜荻はまおぎの歌をもどいて「ヘヲとは謂はで」と詠んだのを見れば、この語は相応人に知られた普通名詞であった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いずれそんなことになるのだろうと覚悟していた。『大清』ならば、いわば水にあし。これが紙問屋へ行くの呉服屋へ行くのと言うんなら決して承知はしないが、水商売ならお前の性にあう。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
浜荻はまおぎ(三津村の南の江にあり) 片葉のあしの常の芦にはかはりたる芦なり是を
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
水は渺々びょうびょうあし蕭々しょうしょう——。梁山泊りょうざんぱく金沙灘きんさたんには、ちょっと見では分らないが、常時、水鳥の浮巣のように“隠し船”がひそめてある。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕は時々この橋を渡り、なみの荒い「百本杭ひやつぽんぐひ」やあしの茂つた中洲なかずを眺めたりした。中洲に茂つた芦は勿論、「百本杭」も今は残つてゐない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一段はほぼ五十センチほどの厚さがあり、段と段のあいだは隙間すきまになって、枯れた古いあしの幹が支柱のように竝立へいりつしている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夜露をふんで城外の河原へ出ると、あかるい月の下にすすきあしの穂が白くみだれている。どこやらで虫の声もきこえる。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いそに漂着ひょうちゃくしたる丸太や竹をはりけたとし、あしむすんで屋根をき、とまの破片、藻草もぐさ、松葉等を掛けてわずかに雨露あめつゆけたるのみ。すべてとぼしく荒れ果てている。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
雨の夜は腐木くちきが燐火のように燃え、白昼沼沢地しょうたくちあしの間では、うわばみが野兎を呑んでいたりした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ところが、川西の野爪のづめはらにかかると、よしあしや、また低い丘の起伏の彼方に、たくさんな弓の先が見えた。鉾の先もきらめいている。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
池のまはりには、一面にあしがまが茂つてゐる。そのあしがまの向うには、せいの高い白楊はこやなぎ並木なみきが、ひんよく風にそよいでゐる。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
文政十一年の秋ももう暮れかかる九月二十一日朝の四つ半頃(午前十一時)で、大師河原のあし穂綿ほわたは青々と晴れた空の下に白く乱れてなびいていた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そんなてまをかける暇がなければ、裏の空地の枯れあしの中でもいいし、夏なら根戸川の堤でも、妙見堂の境内でも、消防のポンプ小屋でも用は足りた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしそれが成功しなかったので、(よろめく)あゝ、ほとんど信ずることのできないような残酷な方法です、あしの密生している高いがけの上に連れ出して、後ろから突き落としたのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「全体どうも本所という土地が化物ばけものには縁の近い土地での。それ本所の七不思議と云って狸囃しにおいてけ堀片葉のあしに天井の毛脛、ええとそれから足洗い屋敷か……どうもここにあるこの屋敷もそのうちの一つではあるまいかの?」
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この朝の彩雲さいうんはすばらしい。いちめんなあしは、紫金青銀しこんせいぎんの花を持つかと疑われ、水は色なくして無限色をたたえる瑠璃るりに似ていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
池中の蛙が驚いてわめいてるうちに、蛇は蛙をくはへた儘、あしの中へかくれてしまつた。あとの騒ぎは、恐らくこの池の開闢かいびやく以来未嘗いまだかつてなかつた事であらう。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
川岸に沿って、枯れたよしあしえてい、それが肌を刺すような風に吹かれて、乾いた葉ずれの音をたてていた。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこには大きい湖水みずうみのようなものを作って、岸の方には名も知れない灌木かんぼくあしのたぐいが生い茂っていた。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひとくちに多々羅ヶ浜といっても、南は筥崎はこざきみやから北は香椎手前かしいでまえの丘陵線までのなぎさ一里半、あし、泥田、砂原などの広い平野もふくんでいる。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その男はなんでも麦藁帽むぎわらぼうをかぶり、風立った柳やあしを後ろに長い釣竿つりざおを手にしていた。僕は不思議にその男の顔がネルソンに近かったような気がしている。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あしが風を呼んでるだな」幸山船長はふと頭を傾けて云った、「——ちょっと外へ出て風に吹かれようかね」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
岸にはすすきあしの葉が青く繁っていて、岩にせかれてむせび落ちる流れの音が、ここらはひとしお高くきこえます。ゆう日はもう山のかげに隠れていましたが、川の上はまだ明るいのです。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三叉みつまたの女屋敷菖蒲あやめの寮は、大川筋の水明りから明けて、絵絹ににじませたようなあしや寮の屋根などが、ほのぼのと夢のままに浮かんできた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜は?——いや、昼間さへ僕は「お竹倉」の中を歩きながら、「おいてき堀」や「片葉かたはあし」は何処どこかこのあたりにあるものと信じないわけにはかなかつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのひねこびた松並木をはさんで、枯れたあしの茂みがところどころに見える、それらはみな沼か湿地で、川獺かわうそいたちんでいるといわれ、私も川獺は幾たびか見かけたし
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伊那丸はあしからかけあがって、松並木へはしった。ピュッピュッという矢のうなりが、かれの耳をかすって飛んだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沼にはおれのたけよりも高いあしが、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。も動かない。水の底にんでゐる魚も——魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大部分はあしや雑草の繁った荒地と、沼や池や湿地などで占められ、そのあいだを根戸川から引いた用水堀が、「一つ𣱿いりから「四つ𣱿」まで、荒地に縦横の水路を通じていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つぶやいたまま、うっとりとして、三叉の銀波、つくだあしの洲などに眼を取られて、すぐ桟橋へ上がろうともしなさらない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふすまをあけて、そこに母が立っていた……髪はほおけたあしの花のように灰色だった、腰は曲がっていた、だらっと抜けたように垂れている手は、まるで枯木の枝のようにやせていた
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
永井荷風ながいかふう氏や谷崎たにざき潤一郎氏もやはりそこへ通ったはずである。当時は水泳協会もあしの茂った中洲なかずから安田の屋敷前へ移っていた。僕はそこへ二、三人の同級の友達と通って行った。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いつかあなたに青々としたあし湖水こすいの水と、湖尻の山、乙女峠おとめとうげ、長尾の肩などが明け方の雲表にのぞまれて、自身は
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒い朝日の光と一しよに、水のにほひあしの匀ひがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙えだかはづの声が、蔦葛つたかづらおほはれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうちに友達の一人が驚いて声をあげ、お止め場だと云って、慌てて川岸のあしの茂みへ逃げこんだ。さえと他の一人もそのあとから逃げてゆき、茂っている芦の隙間からそっと覗いてみた。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やや暫し、あしの洲に半身はんしんを没して、じっと行手を見定めていたが、何思ったか、俄かに芦をき分けて走りだした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東京の川にもこんな水怪すゐくわい多し。田舎ゐなかへ行つたらなほの事、いまだに河童があしの中で、相撲すまふなどとつてゐるかも知れない。たまたま一遊亭いちいうてい作る所の河太郎独酌之図かはたらうどくしやくのづを見たから、思ひ出した事をしるしとどめる。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さおをしごいて、水玉を降らし、へさきをザッとあしへ突っ込むと、無言のまま弦之丞が飛び乗った——そしてお綱も。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝を待って、僧房の芋粥いもがゆをすすり、焼飯やきめしかては釘勘の腰につけて、三人はまたあし久保くぼの山村を立ちました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこはつい昨日きのうまで、ぼうぼうとあしの生えていた沼だった。所々の水田も、地味が悪くて、稲は痩せていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その春の陽が、真っに沈むころ、奥州船は、右を見ても左を眺めても、あしばかりな入江にはいっていた。怖しく広い川幅を、帆を垂らして徐々にさかのぼって行く——
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)