肋骨あばら)” の例文
「ううっ……」と、仰むけにぶっ仆れたお十夜は、ひとつ、大きな波を肋骨あばらに打って、こんこんときでる黒血の中に断末をとげた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肋骨あばらが透いて見えて、いかにも貧血的な非化体相ひかたいそうと云い……そのすべてが、𥥔祭カタコムブ時代のものに酷似してはいる、がかえってそれよりも
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、その棟木と直角に、これは大蛇の肋骨あばらに当る沢山のはりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
肋骨あばらの張りぐあいと言ったら、ちょっと考えも及ばないくらいで、あしのうらだってまんまるこくって、歩いても地面じべたにつかないような逸物なんだぜ!
みぞおちから肋骨あばらの辺を堅くめ附けている丸帯と、骨盤の上をくくっている扱帯しごきの加減で、私の体の血管には、自然と女のような血が流れ始め
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「いまに肋骨あばらが折れるかもしれないぜ、男が恋のとりこになると我を忘れるからな、——さあ云えよ、おまえはなに者なんだ、つなはどこにいるんだ」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
太刀先がしだいに顫えを加えて細かく細かく日の光を刻む。襟が開けて胸もとがのぞいて、青白い皮膚の肋骨あばらの窪みに、膏汗あぶらあせがにじみ出て光っている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
福島から笹木野に分れる石高道に、肋骨あばらばかりに痩せさらばえたのが、幾十人となく倒れている。足音をききつけると、枯葉のような薄い掌をさしのべて
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
老いた人々の、痩脛やせずねも、肋骨あばらも、露わにしての抗争あらそいは、見ている藤吉に、地獄——という言葉を想わせた。
作「え、なに己だ、林の蔭に隠れていたが、危ねえ様子だから飛び出して来て、與助野郎の肋骨あばらを蹴折って仕舞った、兄い無心どころじゃねえ突然いきなりったんだな」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その腰に獅噛しがみ付いた小女は、いつの間に奪い取ったものか銀次の匕首あいくちを、うしろ抱きにした銀次の肋骨あばらの下へ深く刺し込んだまま、ズルズルと引擦られて行った。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
投げているらしいんですよ。なにしろ咳が出て、胸から肋骨あばらが痛んで熱が出て……。どうもこの秋は越せまいと思うんです。わたくしも長らくお世話になった姐さんですが……
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
俺の肋骨あばら一枚骨だで弾丸たまだて通らぬサ
サガレンの浮浪者 (新字新仮名) / 広海大治(著)
素枯すがれはてたる肋骨あばらなり。
哀音 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
肋骨あばらみな瘠せ
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
つばから七、八分どころから引き気味に深く割りつけたので、生木を裂くらいのように、刀のは脳から肋骨あばらの何枚かまでとおって行った。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
背丈せいが五尺と一寸そこらで。年の頃なら三十五六の。それが頭がクルクル坊主じゃ。眼玉落ち込み歯は総入歯で。せた肋骨あばらが洗濯板なる。着ている布子ぬのこが畑の案山子かかしよ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お絹はときどきに熱が昇って肋骨あばらが痛む、それがひどく切なさそうだとのことであった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
膏薬こうやくだらけの古畳、ところどころ肋骨あばらを出している壁、高いところにたった一つだけ、明りとりの窓があって、そこから陽の光が射して来るばかりの、陰惨とした部屋の中には
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
びっくりしたは源次郎と思いのほか、大恩受けたる主人の肋骨あばらへ槍を突掛つきかけた事なれば、アッとばかりにあきれはて、たゞキョトキョト/\として逆上のぼせあがってしまい、呆気あっけに取られて涙も出ずにいる。
といってそのむなもとへ、石火せっかにのびてきた朱柄あかえやり石突いしづきは、かれの大刀が相手の身にふれぬうちに、かれの肋骨あばらの下を見舞みまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気絶する程に痛い足を十基米キロメートルも引摺り引摺り、又もあの鉄と火のざき地獄の中へ追返されるのかと思うと、自分自身が苛責さいなまれるような思いを肋骨あばら空隙くうげきに感じた。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乱れた鬢髪、血走った眼、蒼白の顔色、土気色の口、そういう形相を燭台の燈の、薄暗い中で強ばらせ、肋骨あばらの見えるまではだかった胸を、怒りのために小顫いさせ、主税は怒声を上げ続けた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
肋骨あばらへ、いきなり、匕首あいくちだった。彼がけて仰向けに倒れるのと、外の人間がかたまっておどりこんだのと、息一つの差がなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その肋骨あばらから背中へかけて痛々しい鞭の瘢痕あとが薄赤く又薄黒く引き散らされていた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
肋骨あばらは、さかんな心臓を抑えるため、よろいのように張って来て、思わず、材木のように腫れている足で、がばと蒲団を退けてしまう。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗い夜道の馬上、高氏は、部下のたれも知らない闘志と夢に、その肋骨あばらをふくらませていた。——そして、大蔵の屋敷へ、宵ごろ着いた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「と、なっては一大事」として、尊氏もそこで介を待つ間は、吉か凶かに、肋骨あばらもいたむような胸騒むなざいをいだいていたにちがいなかった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木工助は、主君の子にそうされて、恐懼きょうくにかたくなっていた。だが、枯木のようなかれの肋骨あばらの下にも、やがて烈しい感情が波打っていた。
対象のうごき方は、とうの速度よりも、もっとはやかった。——いやそれ以上に迅速だったのは、その敵の肋骨あばらの下から噴いて出た白刃であった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蓑をねた浪人者の顔を、酉兵衛は、あっと、一眼見たきりだった。ずばっ——と片手なぐりに、肋骨あばらへ斬り下げられて
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あとの暗い北窓には枕をつけたままの武大が、口のかわきにも、白湯さゆ一つままにはならず、身を起そうにも、肋骨あばらが痛んで身動きもできない有様。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰切りの漁衣ぎょい、はだけた胸。その大胸毛は珍しくないが、石盤のような一枚肋骨あばらは、四せんの絶壁を思わすに充分である。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水はまだ、雪解ゆきげをもつかと思われるほどやっこい。ぎゅっと、流れの中で、四肢の骨が、肋骨あばらに向って凝結した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加山は、老先生の心臓が、肋骨あばらのやぶれるほどふくれているのを感じた。怒濤のように吠えている血潮の音を聞いた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてその体が地につかぬうちに、腕の付根から肋骨あばらへかけて、ザッと、あまりにすごい二の太刀がかかる……。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、権内は、四肢を痙攣けいれんさせ、眼を上にった。——長い呻きを曳いて、肋骨あばららしたはずみに、ぐたっと、雲霧の手から離れて、二つほど醜く転がった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前へ廻ってからお杉婆は、とがった肩や薄い肋骨あばらを波のようにあえがせて、喘息ぜんそくでも起った時のように、しばらく、口につばめて息を休ませているのだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肋骨あばらふくらむように息がつまってくる。——何ゆえにという説明は彼にもつかないのである。巨腕を持った名匠の力量がそこにひそんでいるというほかはない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いけねえ、いけねえ。そのゲタか肋骨あばらの二、三本も、ぶち砕かねえうちは、おれの虫がおさまるものか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
必死の訴えを、途中で折られたので、わしの呼吸は肋骨あばらのうちで、出所でどころを失ったようにあえぎ廻った。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてここからも見える眼の前の——突兀とっこつとした岩山の中腹までかかって行くと、ちょうどその山肌の肋骨あばらの辺りになる岩頭に、世にも怖ろしい妖怪が腰かけていて
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも今のあらゆる社会の人間が、如何なる楽しみを持つより大きな深刻な楽しみを抱いて、肋骨あばらいっぱいに、血しおを沸かせて、その死を楽しんでいるのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
油皿の燈芯とうしんが、ジ、ジ、ジと戦慄せんりつしている。大きな嘆息ためいきにふくらむたびに肺は肋骨あばらおされていたむ。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
碁盤ごばんのような胸幅が肋骨あばらをつつみ、丸ッこい顔の団栗眼どんぐりまなこを、よくうごかしながら物をいう。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そこへ持ってきて、奉公先の伜が、売掛け金を持ち逃げしたり、女房は、床につくし、餓鬼がきゃ餓鬼で、おとといの夕方、軽尻馬に蹴とばされて、肋骨あばらを折って、寝てる始末だ」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かがみこむと肋骨あばらさわって、よろこぼうとする官能の邪魔になる気がするのであろう、中途から、その木剣をぐるりと背中へ廻して、一度、むしゃむしゃやりながら往来へ眼を遊ばせた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と支える手の先に、何か? ぬるい液体がタラタラと伝わってきたので、よくよく目をこらしてみると、宅助の胸の脇、ちょうど肋骨あばらの下の辺に、キラッと光る物が突き抜けている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間の灰汁あくというものが抜けきって、寒巌枯木にひとしい余生の肉体とばかり自分でも思っていた官能に、急に、熱い血でも注ぎこまれたようなふくらみを覚え、自分の肋骨あばらの下にも
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、余りに思いつめていたので、その思いに、肋骨あばらはふくらみ、声はつまって、子が親に、いい出しにくいことをいおうとする怖れにも似て、おずおずと、前へ出るにも、足はすくみがちだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)