綽名あだな)” の例文
と聲を掛けたのは、主人萬兵衞のをひで、藤屋の番頭をしてゐる喜八の女房、綽名あだながガラ留と言はれる、二十七八の大年増お留でした。
また白花蛇楊春ようしゅんは、蒲州ほしゅう解良かいりょうの人、大桿刀おおなぎなたの達人だった。腰は細く、ひじは長く、綽名あだなのごとき妖蛇の感じのする白面青気の男である。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一人は才蔵と申します。若者の方でござります。山谷の霧を自在に使い隠見出没致しますため霧隠きりがくれという綽名あだながございますそうで」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
◎お乙女あねさんはお仁王と綽名あだなされた丈け中々元気で、らいが鳴る時などは向鉢巻をして大鼓を叩いてワイ/\と騒ぐ様な人でした。
「ほほ、ごめんあそあせ、貴方には百足むかでちがいという綽名あだながあるそうですけれど、それはどういう故事から出たのでございますか」
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこの古着屋の娘に生れた、おつやというのがそのおばあさんの名だったが、役者買いと嫁いじめで、人よんで「鬼眼鏡」と綽名あだなした。
先生という綽名あだなを附けられて、からかわれている乞食だ。おい、奥田先生だって、やっぱり同じ事なんだぜ。あきらめろ、あきらめろ。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
というのは、ラ・フーイエットおとっつあん(たるのお父つあん)はその綽名あだなにしごく相当していて、月に二、三回は酔っ払っていた。
ジーグフリードは、ニーベルンゲン族と闘って巨宝を獲たのであるが、それ以前、一匹の巨竜を殺したため、殺竜騎士ドラゴンスレーヤー綽名あだながあった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
するととなりにいた沢村さんが、大きな声で、「青大将なのよ」とぼくのいちばんきら綽名あだなを呼んでから、気持よさそうに笑い出しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
災厄をも親しく遇した。不運ともよく馴染み、その綽名あだなを呼びかけるほどになっていた。「鬼門きもんさん、今日は、」と彼はいつも言った。
虎蔵の強盗時代の仕事ぶりは「ハヤテの虎」とか「カン虎」とかいう綽名あだなと一緒に、ズット以前から、世間の評判になっていた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
定例の袋敲ふくろだゝきの制裁の席上、禿はげ綽名あだなのある生意気な新入生の横づらを佐伯が一つ喰はすと、かれはしく/\泣いて廊下に出たが、丁度
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
アイヌが其先住者に與へたる綽名あだなの一にして、此他にも種々の異名有りとの趣を述べしが、此所に其一二を説明して住居考ぢうきよかう材料ざいれうとせん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
僕は、自分の中の夢想児を責めさいなんだ。つまり、窓を破壊したのだ。しかも僕の元来の綽名あだなは「奇態な空想家」ではなかったか。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
脚絆に草鞋わらじがけという実誼じつぎなりで一年の半分は山旅ばかりしているので、画壇では「股旅の三十郎」という綽名あだなをつけている。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夜盗の綽名あだなとは思ったが、それにしても、あのいきで、いなせで、如何にも明るく、朗かな若者が、そうした者とも思われない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
言葉の間に「絲瓜」といふことを挾むのが千代松の癖で、村の人々は「絲瓜の千代さん」といふ綽名あだなけてゐるのである。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「お嬢さんが私にお父さんの綽名あだなを教えて下さいましたわ。何処かの中学校では閻魔えんま塩辛しおからとついていたそうでございます」
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
といって、常日ごろ、ばかに年寄りじみたことをいうので、“おじい”と綽名あだなのある丸本水夫だが、すこし当惑とうわくの色が見える。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それに師匠とたのむ馬翁というのは、学問はあるに違いないが、ひどく癖のある老僧で、美濃の荒れ馬と綽名あだなされるほど人当りが苛酷かこくだった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
九十九里ヶ浜の生まれで、子供のときから泳ぎが上手で、二里や三里は苦もなく泳ぐというので、海坊主という綽名あだなを取ったくらいの奴です。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これははり別所べっしょというところに住んでいて、表面は猟師、内実は追剥おいはぎを働いていた「鍛冶倉かじくら」という綽名あだなの悪党であります。
綽名あだなにまで取った、「勘弁ならねえ」を連発しながら、勘弁勘次は職掌柄人波を分けて細目に開けた格子戸の前に立った。
又、手紙故に、「珍品」という綽名あだなを貰って腎臓炎を起した一国の宰相もある。そう考えると、静也は手紙を書くのが恐ろしくてならなかった。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
どっしりと落ちついて、思いやりがあり、しかも頭がいいので、「親爺おやじ」という綽名あだなでみんなに親しまれていた。とりわけ恭一は彼に親しんだ。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それがめずらしいといって遠くから見物に来る人が多く、半瓦はんがわらの弥次兵衛という綽名あだながつけられて、大評判であったという逸話いつわも伝わっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と厭にからんで云いがゝりますも、まむし綽名あだなをされる甚藏でございますから、うっかりすれば喰付かれますゆえ、仕方なく
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ボオドレヱルは「自我崇拝閣下」と綽名あだなされた。けれども一方、会衆の前に飄然へうぜんとして出て来て、「君、赤ン坊の脳髄を食つたことがありますか」
夭折した富永太郎 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
半東洋風の黒い頭髪をロジェル・エ・ギャレ会社の製品で水浴用護謨ごむ帽子のように装飾して——で、私は彼にひそかにこの綽名あだなを与えたわけだが
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
家柄は禰宜様——神主——でも彼はもうからきしらちがないという意味で、禰宜様宮田という綽名あだながついているのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
青いポアンといふ綽名あだながこの少女の口かられ、一群の少女たちの間に拡つたのはそれから間もないことだつた。その上級生の名は劉子りゅうこといつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ホラ、この町を毎日のようにうろうろした変な婦人おんなが有りましたろう。皆さんで『カロリイン夫人』だなんて綽名あだなをつけた婦人が有りましたろう。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
振り向いて、あツドラ猫だ。宮城といふ受持の教師だつたが、咄嗟とつさにその名は想ひ出せず、思はず、綽名あだなを口走つた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
那麽あんな小い人も滅多にありませんねえ、うちぢや小供らが、誰が教へたでもないのに三尺さんといふ綽名あだなをつけましてね。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もちろん夥しい報酬を獲たがなお慾張って、廟に掲ぐる前に、見料先払いでその画を観せ、大儲け、因ってこの画のヘレナを遊君と綽名あだなしたという。
『先生』と綽名あだなのついた老人のセミョーンと、誰も名を知らない若い韃靼ダッタン人が、川岸の焚火の傍に坐っていた。残る三人の渡船夫は小屋のなかにいる。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それでサクソモアイェプ(sak-somo-aye-p 夏には言われぬ者)とも綽名あだなされている。そのかわり寒さには弱くて体の自由がきかない。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
綽名あだなはほんらい失礼な代物だが、落語家などにはこれも一つの人気の現われ、誰がつけるともなしに呼び馴れて、高座へ上るといきなりに飛ばされる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
湯呑所ゆのみじょには例のむずかしい顔をした、かれらが「般若はんにゃ」という綽名あだなたてまつった小使がいた。舎監しゃかんのネイ将軍もいた。当直番に当たった数学の教師もいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
誰もかまってくれないところから、綽名あだなのように附けられたものである。ジーモンの私生子。フリードリヒとの酷似がいっそうよくそれを説明している。
と、いう綽名あだなもらっていましたが、いいたまごむので、これも女御主人おんなごしゅじんからむすめよう可愛かわいがられているのでした。
何処どことなく顔の容子が狐に似ているとかで、こんこんさんと綽名あだなをされた人で、変り者でありましたがこの人も定次郎氏と一緒に朝夕遊びに来ていました。
黒吉は、彼女の口から「虫」といういやな綽名あだなを聴くと、苦汁を飲まされたような気がして、黙って仕舞った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いわゆる黄金崇拝おうごんすうはい物質的の米国などと綽名あだなされてあるこの国民が奢侈しゃし贅沢ぜいたく弊害へいがいおちいる傾向が割合いに少ない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
家中では霞の半兵衛という綽名あだな出来できている位槍をもたしては名誉の武士であった。又右衛門が鍵屋の辻で
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「お前も喜んでおやり、きみ子はお母さんから金鵄きんし勲章をいただいたから」といわれたので、それから暫くの間、私は金鵄勲章という綽名あだなが附けられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
殊にその海賊の首領は、頭に角が一本ある鬼で、船には守神まもりがみとして黄金のねこをもつてるといふので、「きんねこの鬼」と綽名あだなされてる、気性の荒々しい大男でした。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
もう一つ困るのは、松山中学にあの小説の中の山嵐やまあらしという綽名あだなの教師と、寸分すんぶんたがわぬのがいるというので、漱石はあの男のことをかいたんだといわれてるのだ。
僕の昔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
母は別にそれを改めさせようともせず、自分でも蔭では「ヒゲ」という綽名あだなで侮蔑的に彼をんでいた。