空手からて)” の例文
最後の日にも空手からてで戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし主人があれほど懇望こんもうしているのを、空手からてで帰るのも心苦しいので、彼はいろいろ思案の末に先方の頼みをきくことに決めた。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あわてるな。どっちも空手からてではかえさぬ。お客さまがご窮屈でないように、お二人ずつ分けて進ぜる。賃銭はあとでつけた値段の割じゃ」
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
先へ行くお艶の姿が掻き消すように消えて失くなるという怪談じみた報告しらせを齎して、皆しょんぼり空手からてで帰るのが落ちだった。
立んとて此大雪に出で行きたれどもなん甲斐かひやあらん骨折損ほねをりぞん草臥くたびれ所得まうけ今に空手からてで歸りんアラ笑止せうしの事やとひとごと留守るすしてこそは居たりけり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
マントルも、——(一生懸命に)いや、空手からてでも助けて見せる。その時に後悔こうかいしないようにしろ。(気違いのように酒場を飛び出してしまう。)
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「お淺が小さい風呂敷包を大事さうに抱へて行きましたが、あとは空手からてで、人間一人隱して持込んだ樣子はありませんよ」
空手からてで踊りつつ来る者もあり、あっと申す暇もなくわたくしどもは、お文倉ふみぐらとの間を隔てられてしまったのでございます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
それでないと、大将は王女をとりかえさないで空手からてでかえって来たばつに、きっとくびをきられるにきまっていました。
ぶくぶく長々火の目小僧 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
くささらつちからつてくので次第しだいつちせてく。だから空手からてでは何處どこつても竊取せつしゆせざるかぎり存分ぞんぶんやはらかなくさることは出來できない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
荒いコートに派手な頸捲えりまきをして、毎日のように朝はやくから出歩いているお島が、掛先から空手からてでぼんやりして帰って来るような日が、幾日いくかも続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
空手からてを団扇を持った形にして、あおいで、時には、ぐるりで皆があおいでいる、その風の動きと合ったリズムで無意識にあおぐ真似をしていたのだそうです。
そのついでに演説をする——のではない演説のついでに玉津島だの紀三井寺などを見た訳でありますからこれらの故跡や名勝に対しても空手からてでは参れません。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
斧は空振からぶりに空振りをかさね、朱同の姿は飛電の光にことならない。なにせい鄆州うんしゅう随一の捕手頭、乱捕らんどりの達人なのだ。むしろ空手からてが得意であったとみえる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空手からての起源については未だ定論はないやうであるが、諸家の説を綜合して見ると、当地では昔から只単に「手」と称し「空手拳頭」を以て敵を倒す武術があったが
空手道の起原と其の沿革 (新字旧仮名) / 島袋源一郎(著)
そこで「この山の神は空手からてで取つて見せる」と仰せになつて、その山にお登りになつた時に、山のほとりで白い猪にいました。その大きさは牛ほどもありました。
「そんなに困ってるどこさ、空手からてで行ったって、仕方があんめえがね。金を都合して行くとか……」
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
眼も何もれふさがりさうな顏に、涙の露をたらして、京子はヂツと竹丸の顏に眼を注ぎながら、右の空手からてで大事な物を握つてゐるやうにして、うや/\しく前に差し出した。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
これで空手からてで帰ることにはならない。犬が雀躍こおどりする。わたしも、得々としてからだをゆすぶった。
実は、私はこの人を捕えに行ったのですが、とうとう見当らず、空手からてで帰って来ました。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ともかく、とうとう、私は海から上ったし、また空手からてで戻って来たのでもなかった。
空手からてで物を貰ふ者に附物つきものの愛嬌笑ひを惜し気もなく小説家の卓子テエブルの上にぶち撒けた。
空手からてで戻るのもいまいましいから、あの狸でも撃ってやろうか」
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
空手からてを組んで、四辺あたりを見たが、がッくりと首を振って
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は空手からてになってぶらぶら帰りました。
見ましたから、空手からてじゃあいけないと思って、すぐに台所から出刃庖丁を持ち出して行きました。そうして溜池のところで追っ付いたんです
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
空手からてで踊りつつ来る者もあり、あつと申す暇もなくわたくしどもは、お文倉ふみぐらとの間を隔てられてしまつたのでございます。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
こちらの昔話とちがった点は、鬼は後生の使となって人の魂を取りにくるが、折々だまされて空手からてで帰ることもあり、或いは頼まれて人の生存期間を加減したりする。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
若松屋惣七が近づいてゆくと、もう一度空手からてでおどりかかって来たが、からだが惣七に触れたかと思うと、磯五は、思いきりよく投げ出されて、土のうえに仰向けになった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかながあひだ機嫌きげんそこうた勘次かんじもとかへるのにはかれ空手からてではならぬといふことをふかねんとした。かれそれからといふものるべくコツプざけ節制せつせいしてふところあたゝめようとした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「此邊だ、甚助は家から持出した香爐を此邊に隱して空手からてで古道具屋へ行つたに違ひない」
これでもう空手からてで帰らないでも済む。犬が雀躍こおどりする。私も得々としてからだをゆすぶる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
空手からてで帰国の途につくしかなかったが、途中、柴桑さいそうに船をよせて一泊したついでに、周瑜しゅうゆを訪ねて、この次第を話すと、周瑜は、またしても卿は孔明に一杯喰わされたのだと云い
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまりは同じく空手からてのまま、やっとくぐりぬけて来たというのが大方おおかたです。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
しかし、それだけではなかった。料理番コック空手からてでは行かなかった。
そこへ自分たちふたりが空手からてでうかうかと踏み込むのは危険であるまいかと、かれは云った。それを聞いて、喜平もすこし不安になって来た。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それと無く樣子を見て居ると、紫御殿の出入には、その頃の役所などの出入に使つた、小判形の門鑑もんかんが要るらしく、空手からてで入つては飛んだ耻を掻かなければならないことに氣が付いたのです。
かれ疾走しつそうしたあと異常いじやう疲勞ひらうかんじた。かれ自分じぶん燒趾やけあとてようとするのに鳶口とびぐち萬能まんのうみなそのなかつゝまれてしまつてた。かれ空手からてであつた。唐鍬たうぐはつてかれふたゝあつそばつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
空手からてで美濃一国をわが物とした男だけに、最初に仕えた主人土岐政頼ときまさよりを殺し、次の主人頼芸よりなりをまた、国外へ追って、そのしょうを奪ったりなど——残忍酷薄な数々の経歴は、挙げて語ったらりもない。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に十日以上の暇をつぶさせては、このまま空手からてで帰すことも出来ないので、その礼心にそれだけの金を贈ったのである。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「五千兩を狙つた野郎が、空手からてで逃出すものか」
どんな様子か見とどけに行って来ようかと身支度をしてかどを出るところへ、いつもの勘次が空手からてで来た。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつもの場合と違って、彼は空手からてでお絹の家の格子をくぐるわけにはいかなかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かれらは得物えものを取って闘っているのでなく、空手からての掴み合いであるらしかった。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
届けにゆく途中で取り押さえて、その密書を手に入れれば、なにかの秘密をさぐることが出来たのであるが、空手からてで帰る途中ではどうにもならない。彼は少しく思案して、自身番の男に云った。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)