たま)” の例文
宗助そうすけにも御米およねにもおもけないほどたまきやくなので、二人ふたりともなにようがあつての訪問はうもんだらうとすゐしたが、はたして小六ころくくわんするけんであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「Sさんには、この節はたまにしか逢わない」と三吉は嘆息しながら、「何となく友達の遠く成ったのは、悲しいようなものだネ」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たまには、せんべいや蕎麦そば振舞ふるまいまでしているほどなのに、その好意に対しても、ここで取っ組みを初めるなぞは、不届き至極だ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生来の倹約家しまつやだが、実際、僅の手間では、食って行くのが、関の山で、たまに活動か寄席へ出かけるより外、娯楽たのしみれ無い。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「苦労の多い丈け楽みさ。冗談は兎に角、この寸法を一つ実地問題にしようじゃないか? たまに来たんだから宜いだろう?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おさんちゃんだってたまには屈託な顔もするだろうし、溜息だってつくだろうよ。それを一々噂の種にする奴があるもんか。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
道理で二三日前から、たまに会ふ彼の両親や細君の様子が何だか妙だつた! と自分は気づいて、てれた。——彼は続けた。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
兼「私の方からは、必ず手紙で何時いつ幾日いくかに何うすると、ちゃんと極めて上げるのに、たまに手紙の返辞の一本ぐらいよこしてもいじゃア無いか」
此のたまの虫干しの日に、遂に私は粗相をしました。うっかり何かにぶつけて、父の大切にしている赤い絵模様の水差みずさし握手にぎりてを折って了ったのでした。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
ところで世中へ出てみるとまるで娘の時分に思った事と反対で海でも無風無波という日は滅多めったにありません。たまにあれば暴風雨の起る前兆位なものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たまに聞いてくれる者があっても、人を馬鹿にするなと云っておこり出したり……ニヤニヤ冷笑しながら手を振って立ち去ったり……胸が悪くなったと云って
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そりゃあね、たまには旦那のような優しい親切なお方も有りますけど、どうせあたしのようなもんの相手になる者ですもの、みんな其様そんな薄情な碌でなしばかしですわ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
たまに田舎に来ると実にいなあと思う。東京なんかに住まないで、こう云う田舎に住んで見たいなあと思う。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と云ふのは、自分が時々善からぬ事をしてゐるのを、渠自身さへたまには思返して淺間しいと思つて居たので。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのうへに叔母さんは、自分の大好きな慰みを止めてしまつて、狩猟かりにも出かけなくなつた。たまに出かけることがあつても、鷓鴣と間違へて烏を射つたりした。
村の寄合などにたまに出て、私は諸君の頭の白くなったに毎々まいまい驚かされます。驚く私自身が諸君に驚かるゝ程としをとりました。全く十七年は短い月日でありません。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「こうまであぶれるとわかっていりゃあ、あっしも店を締まって押し出すんだった。これでも生物ですからね、たまにゃあ商売を忘れて騒がねえとやりきれませんや。」
郭外の大勢の人々は、日曜の晴れ着をつけ、たまには郭内の者のように百合の花をさえつけて、マリーニーの大小の広場に散らかり、輪遊びをしたり、木馬に乗って回ったりしていた。
照子は、ごくたまに、麹町の里にふらりと来ることもあつた。濱町にゐたのではわからないが、さうして麹町の家に来てみると、彼女のふとした身じろぎからも、薬の臭ひがただよつた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
リード夫人自身も、極くたまにやつて來て、衣裝箪笥いしやうだんすの中の、ある祕密な抽斗ひきだしの中のものを調べるだけだつた。そこには、色々な文書類や、寶石の小函や、亡夫の小照ミナチュアなどが收めてあつた。
宗助にも御米にも思い掛けないほどたまな客なので、二人とも何か用があっての訪問だろうとすいしたが、はたして小六に関する件であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まあ、十人が十色のことを言つて、けなしたりくさしたりする、たまに蓮太郎の精神をめるものが有つても、寧ろ其を肺病のせゐにしてしまつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
老親としよりにも女房子にも、たまには、帰って功名ばなしの一つも聞かせ、一合のお扶持ふちでも御加増に逢って、歓ばせてやりたいからな
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折角たまに落ちて来るやつを待ち構へて口にけて見ると、それは水ではなくて熱い酒なので情なかつた、さう思へばあの月は、色も怪しい……。
環魚洞風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
たまにお帰宅かえりの時分を外したからって、何も女中を寄越して恥をかゝせるには当りませんわ。今夜は家人数うちにんずばかりでなく目黒のあによめが来ていましたよ。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それにわしゃア馬が誠にきれえだ、たまには随分小荷駄こにだのっかって、草臥くたびれ休めに一里や二里乗る事もあるが、それでせえ嫌えだ、矢張やっぱり自分で歩く方がいだ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と云ふのは、自分が時々善からぬ事をしてゐるのを、渠自身さへたまには思返して浅間しいと思つて居たので。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
飲酒家さけのみの家族は毎日お酒のかんをしますからたまに醤油の燗をして検査する位何の手数でもありません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たまにはあわれな私の事を思い出して下さい。どうぞ、生甲斐のある人生をお送りになりますように。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
たまに、山越えの諸国担ぎ売りが宿をとるくらいのもので、もとより浴客よっきゃくなどはないのだから、温泉とはいっても、沢の底の奇巌のあいだに噴き出るに任せ、あふるるままに
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たまには場末の色町らしい処で笠の中を覗き込んで馬糞まぐそ女郎や安芸妓げいしゃたちにムゴがられて、思わず収入みいりに有付いたり、そんな女どもの取なしで田舎大尽いなかだいじんに酒肴を御馳走され
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は散歩の時好んで小銃を持って出たが、それを使うのはたまにしかなかった。たまたまそれを使うような時には、その射撃は当たらないということがなく、人を恐れさせるほどだった。
お蔦 嘘だと思ったらあがっといで、親分に叱られるのもたまにゃ面白いだろう。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「なんの、貴方あなたたまにいらしって下すったんですもの」と相川の妻は如才なく、「どんなにか宿でも喜んでおりますんですよ」
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「お、膳が来ていたのか。酒はいらねえ。宿屋の飯にも飽きたから、たまにゃ外で、何か美味いものでも拾い食いしてみたい」
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おい/\、イダーリアの親爺さん、そんなふくれツ面ばかりを売物にしないでたまには俺達と一処になつて下院議員の改善策でも謀らないかね。」
山彦の街 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
折角たまに教会へ出れば二度と顔出しの出来ないような事が起る。そして皆がの子は善くない善くないと言う。何処まで損な生来うまれつきだか知れやしない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まるで紀伊國屋の伊之助さんのお内儀かみさんのようだ、御新造ごしんぞだという噂が立ちましたから、別に買いに来る客も有りません、たまにあっても座敷切りで
... 正月そうそうお金さんもとんだ目にいなすったね」胃吉「マア何にしろ今日はお互に遊びたいものだ。私たちだってたまに休息もしなければ根気がきていよいよ働けない。 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ハリウッドの女優さんなんかは、署名サイン係というのを何人か雇っていて、ブロマイドにサインをしてファンへ送っているそうですが萩乃のは、たまのことだから、自分で書くのだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それはそれとして、唄もたまにはいいが、仕事を忘れちゃいけないのう。(去る)
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
空は、仰げば目も眩む程無際限に澄み切つて、塵一片ひとつ飛ばぬ日和であるが、たま室外そとを歩いてるものは、れも何れも申合せた様に、心配気な、浮ばない顔色をして、跫音あしおとぬすんでる様だ。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「お前はきらいだからさ。しかしたまには飲むといいよ。い心持になるよ」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唯、毎日のように互いに顔を見合せていては、たまに逢って見る年の若い人達のように、それほど激しく成長を感じないまでだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こちとらなど、働いても働いても、どうしてあいつらの真似まねもできねえのかしらと、たまにゃあ、情けない気もしてきますぜ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「兄さんはあたしの為に一緒に来たやうに思つてゐるけれど、それは反対になつてるわ、屹度自分の勉強の気分のために——たまには別の部屋で……」
熱い風 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「こゝには次郎長というこの土地生え抜きの侠客がいましたよ。たまに豪いものが出れば博奕打の親分と来ています」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おむら 今更の叱言こごとだけれど、おとッさんの死目にも会わず、家とは音信不通で永らくいてたまに帰ってきて一晩たつと、もうこんな騒ぎを始めるのか、お前は他国で斬ったはったの騒ぎをして
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
実に是邂逅めぐりあひの唐突で、意外で、しかも偽りも飾りも無い心の底の外面そと流露あらはれた光景ありさまは、男性をとこと男性との間にたまに見られる美しさであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
たまに、安土あづちへ上がると、御主君までおいたわり下さるが、ふいに厚いふすまなどに寝ると、却って寝苦しゅうて、よう眠れぬ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)