狂人きちがい)” の例文
で、彼女は小屋を出て雪の高原を彷徨さまよいながら狂人きちがいのように探してみたが結果は昨日と同じであった。で、また寂しい夜となる。……
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この思わぬ言葉に、早苗は、相手の眼のなかを窺うように、覗き込んだ——ひょっとすると、この男は狂人きちがいになったのじゃないかしら。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自暴自棄な年若の大之進が腕ができるにしたがい人斬り病にかかったのも、狂人きちがいに刃物のたとえ、無理からぬ次第であったとも言える。
なぞ、なかなか面白いが、今朝けさも何か、そんなニュースが這入はいったらしい。吾輩は頭のフケを狂人きちがいのように掻きまわしながら起上った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ああ、狂人きちがいだ、が、ほかの気違は出来ないことを云って狂うのに、この狂気きちがいは、出来る相談をして澄ましているばかりなんだよ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は狂人きちがいに共鳴したのかと思ったら落胆がっかりしてしまって、昨日一日心持が悪かった上に、今日はもう朝起をする気になれなかった。
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
たまに手紙や何かを取りに来る浅井の顔を見ると、いきなり胸倉を取って武者ぶりついたり、座敷中を狂人きちがいのように暴れまわったりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ややもすると「あんな狂人きちがいはやッつけろ」ぐらいのことは言いかねないような、そんなあざけりの声さえ耳の底に聞きつけることがある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は狂人きちがいのようになって叫びました。怖しい権幕におびえて、小田切さんは一言も云わず、青い筋を額に見せて、唇を噛みしめていました。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
そうなって来ると、その附近まわりにいた信者達は、狂人きちがいのような眼つきをして、お駕籠を見ようとしましたが、並木や人の頭ですぐは見えません。
尼になった老婆 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おれは狂人きちがいのようにへや中を駆けまわった。そして犠牲者を見ようともしないで、或る臆病な本能から、戸をあけるが早いか
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ですが、狂人きちがいじゃございませんから、笑わないでおくんなさい。可哀そうです、わっしの身になってごらんなせえ、笑いごッちゃありませんぜ
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「私の知ってる限りでは、一人の狂人きちがいからです」スメエル教授は言った。「それは長い物語です。そしてある意味において馬鹿気ばかげた事なのです」
この隔離病舎にほど近い狂人きちがい監房からは、咽喉のどの裂けるかと思われるまで絞りあげる男の叫び声が聞えはじめたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
自分では酔わぬつもりでも、脚はかなりふらふらしていた。彼はその千鳥足ちどりあしを踏み締めながら、狂人きちがいのように、どんどん雪をってけだした。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「ワッハッハッハッ、永田が狂人きちがいちゅうこと、子分の癖に、気がつかんとか。玉井、お前を贔屓ひいきにしとる永田が、お前たちを売っとるんじゃよ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
わたし狂人きちがいにされてしまったのです。しかしなあにわたしはどうでもいいので、からしてつまりなんにでも同意どういいたしましょう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
善ニョムさんは、まったく狂人きちがいのように怒り出して、畑の隅へ駈けて行くと天秤棒をとりあげて犬の方へ駈けていった
麦の芽 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「放っとくがいいよ、お母さんも今井さんも、揃いも揃って狂人きちがいばかりだ。」と中村は云って、何故か首を振った。
変な男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
狂人きちがいか、乞食か、ただしは山𤢖やまわろ眷族けんぞくか、殆ど正体の判らぬの老女を一目見るや、市郎も流石さすが悸然ぎょっとした。トムがあやしんで吠えるのも無理は無い。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その狂人きちがい付添つきそうて来る僧侶も沢山です。それらの飾りはなかなか立派なもので容易に言葉に尽すことが出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その男は四十ばかりの、一見して狂人きちがいと見える姿で、何事かをつぶやきながら、街をこちらに歩いて来ました。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
狂人きちがいに刃物とはこれだ、手が利いているだけに危なくって寄りつけねえ、御新造様、早く逃げましょう、ぐずぐずしているとお前様もられちまいますぜ」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ふむ、それはしからん。女の臀部でんぶを斬るとは一体何の為だか。いずれ馬鹿か、狂人きちがい所業しわざであろうな」
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
『本をよみ出すとまるで狂人きちがいでね。側で悪口を云っても聞えないんだから。』兄は嬉しそうに笑った。
咲いてゆく花 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
ゴメズは屠牛所の血の匂いを嗅ぎつけた牡牛のようにえ続けた。彼は我々が線路の側に立っているのを見た。そして狂人きちがいのように我々に向って手振りをしてみせた。
くるから、あねは、狂人きちがいのようになって、すはだしでみなと町々まちまちあるいて、おとうとさがしました。
港に着いた黒んぼ (新字新仮名) / 小川未明(著)
でもね、コン吉、どうせ賭球盤ルウレットだって狂人きちがいでしょう。公爵も、ま、それに近いわけね。だからこの二つを組合わせると、ことによったらことによるかも知れない、と思うのよ。
「あいつを追っかけてくれ。捕えてくれ。わしはあいつに何をしたんだろう。あれは狂人きちがいだ。逃げていった。ああ、神よ! ああ、神よ! こんどはもう帰ってきはすまい!」
それは戦乱の世ならかやすすきのようにり倒されるばかり、平和の世なら自分から志願して狂人きちがいになる位が結局おちで、社会の難物たるにとどまるものだが、定基はけだし丈の高い人だったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
……そうだ、笑いたまえ、僕をあざけりたまえ。もちろん、僕は狂人きちがいさ。慎重なやつらは、健全な理性の法則に従って行動する。だが僕はそうじゃない。衝動によってのみ動く人間なんだ。
日夜狂人きちがいのように歩き廻って呪いの言葉を口走ったり、大声に神の名を呼んで祈り続けたりする許りだったが、それでも、シュナイダア家の故郷である同州 Midland 町には
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「何を言うんだね? お父さんは! 狂人きちがいのようなことを言ったりして……」
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
狂人きちがい不具者かたわものと思って、世間らしい望みを嘱してくれぬようにと答えました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なれども当人は平気で、口の内でうたいをうたい、或はふいと床から起上って足踏をいたして、ぐるりと廻って、戸棚の前へぴたりと坐ったり何か変なことをいたし、まるで狂人きちがいじみて居ります。
梅若七兵衛 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
政吉 俺だって万更白痴たわけ狂人きちがいじゃなし、隠れていればいいものを飛んで出て文太郎をやっ付けたのは、微塵、俺が助かりてえためじゃねえ。恩に着せる気はねえが、おなかさんお前のためだ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
たたかいに負けて、狂人きちがいのようになったスミス中佐は、青白い顔をみなに向けて
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
平生さえ然うだったから、いわんや試験となると、宛然さながら狂人きちがいになって、手拭をねじって向鉢巻むこうはちまきばかりでは間怠まだるッこい、氷嚢を頭へのっけて、其上から頬冠ほおかむりをして、の目もずに、例の鵜呑うのみをやる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「みんなが僕を狂人きちがい扱いするからね」となおいっそう私は笑い出した。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
きずいたしかなし鋭しまたさびし狂人きちがいの部屋に啼ける鈴虫
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
早くだれか来てこの狂人きちがいをおもてへ出しておしまい。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
もしや狂人きちがいではあるまいか。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
嫉妬しっと猜疑さいぎ、朋党異伐、金銭かねに対する狂人きちがいのような執着、そのために起こる殺人兇行——あるものと云えばこんなものばかりです。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
唯今ただいま狂人きちがいが、酒に酔って打倒ぶったおれておりましたのは……はい、あれは嘉吉と申しまして、私等わしら秋谷在の、いけずな野郎でござりましての。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(可哀そうな、かなしいマヌエラ。ここで、よしんば助かるにしろ、先々はどうなろう。治るまい、おそらく真の狂人きちがいに移ってゆくだろう)
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「自分の過去」を「狂人きちがい病院の標本室」の中から探し出さねばならぬとは……絶対に初対面としか思えない絶世の美少女が
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
狂人きちがいにでも成るかと思われたお種の晩年に、こうした静かさが来ようとは、実に三吉には思いもよらないことで有った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ブルダンはあっといって跳び退いたが、眼は狂おしく釣りあがり髪は逆立ち、両手をひろげてぶるぶるふるえながら、まるで狂人きちがいのようになって叫んだ。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
藤枝は刀をきらりと抜いて戸棚の前でふるったが、なんの手答えもなかった。彼は狂人きちがいのようにそのあたりを切って廻った。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
家つき娘だから、代々村一番だった堀尾家の旗色が少しでも悪いと、狂人きちがいのようになる。正晴君は決してさからわない。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)