杜若かきつばた)” の例文
明けると、荒れたが、庭づくりで、石の崩れた、古いおおきな池が、すぐこの濡縁に近く、はすは浮葉を敷き、杜若かきつばたは葉がくれに咲いている。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
現に、彼のふところには、思いのたけを杜若かきつばた、あの恋文がはいっているのだけれど、もうこれを、萩乃にとどけることはできない……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこへいくとこの文楽師匠は赤でなし、青でなし、巧緻に両者を混ぜ合わせた菖蒲あやめ鳶尾いちはつ草、杜若かきつばた——クッキリとあでに美しい紫といえよう。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
戸毎に宿舎割当の氏名が貼り出されているところを、やっと探し当てて、お茂登は、前の小溝に杜若かきつばたが濃い紫に咲いている一軒の格子をあけた。
その年 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今でも覚えてゐる……そこにはがま真菰まこもが青い芽を出してゐて、杜若かきつばたなどが咲いてゐた。そこで、祖父はいつも鯰の煮たのか何かで酒を飲んだ。
迅雷 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
杜若かきつばたの咲く古池に沈められたお文という腰元の魂が、奥方のまえに形をあらわしてその恨みを訴えるというところで、その幽霊が物凄く描いてあった。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
むかし杜若かきつばたのあった跡だという、丘ふところの小さな池をめぐり、業平塚なりひらづかなども見てやや疲れた彼は、すぐ近くにひと棟のびた住居のあるのをみつけ
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
杜若かきつばた菖蒲あやめ伊吹虎尾いぶきとらのを、どんなに恐しい娘よりも、おまへたちのはうがわたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
まず眸の真上に杉柾すぎまさの天井が見えた。長押なげしには槍、床には紫の杜若かきつばた白衣びゃくえ観世音の軸へ、切り窓から朝か夕かわからぬが、とにかくこの世の光が射していた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕掛ながれの末には杜若かきつばたなど咲き躑躅つゝぢ盛りなりわづかの處なれど風景よし笠翁りつをうの詩に山民習得ならひえて一身ものうかん茅龕ばうがんに臥しうみて松にかへつ辛勤しんきんとつ澗水かんすゐおくる曉夜を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「———お庭には蛍がたくさんいますのよ、あの築山の向うの、杜若かきつばたが咲いているあたりに、———」
どれが菖蒲あやめか、どれが杜若かきつばたであるのか、子供達にはそんな事はどうでもよかつた。どれもこれも美事であつたからだ。この花は水の画布かんばすに刺繍されて、いよいよ美事になつた。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
軒の杜若かきつばたを一筋引き落して、急ぎ書きて、はしたもののをかしげなるして、追ひて奉る。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
周三は何といふことは無く振向いて見た。而るとお房は、紅を吸上げさせた色のめたやうに淡紅い菖蒲あやめの花と白の杜若かきつばたとを五六本手に持つて、花屋と何か謂ツてゲラ/\笑出す。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
芍薬しゃくやく、似たりや似たり杜若かきつばた、花菖蒲しょうぶ、萩、菊、桔梗ききょう女郎花おみなえし、西洋風ではチューリップ、薔薇、すみれ、ダリヤ、睡蓮、百合の花なぞ、とりどり様々の花に身をよそえて行く末は、何処いずこの窓
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
日暮れごろから、木挽こびき町のさる料理屋の大広間で、社の懇親会があった。雨がびしょびしょ降っていた。庭の木立が白くけむっていた。池の岸に白と紫の大輪の杜若かきつばたえんに水々しく咲いていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
あたしの古郷ふるさとのおとめといえば、江戸の面影と、を、いくらか残した時代の、どこか歯ぎれのよさをとどめた、雨上りの、杜若かきつばたのような下町少女おとめで、初夏になると、なんとなく思出がなつかしい。
花瓶くわへいは日々坐右におき、今日は杜若かきつばた二りんいけゐ申候。四季ざき也。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
杜若かきつばたの蔭に金魚が動いてゐる。五月の雨は絶え間なく降つて居る。
(旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
『句兄弟』に「簾まけ雨に提来さげく杜若かきつばた」という其角の句がある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
杜若かきつばたしぼむ下から開きけり 自友じゆう
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一院のしずかなるかな杜若かきつばた
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
今はカフエーの杜若かきつばた
沙上の夢 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
こきむらさきの杜若かきつばた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
継はぎの足袋に草鞋ばかり、白々としたはぎばかり、袖に杜若かきつばたの影もささず、着流したみのの花の雪はこぼれないが、見紛みまがうものですか。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桜間金太郎が杜若かきつばたをやる。Y行きたがらず、山内封介が来るというので、私だけゆく。丁度杜若のシテの出のところ。
しかも、わざと、かたくるしい大玄関は避けて、露地門を押開き、庭づたいに、杜若かきつばたの紫を見、白つつじの咲く間を縫い、奥書院へじかに導いて行くふうだった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筆とりて、心のたけを杜若かきつばた、色よい返事を待乳山まつちやま、あやめも知れめ水茎みずぐきの、あとに残せしむらさき。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
自分の源氏名げんじなの八橋にちなんだのであろう、金糸で杜若かきつばたを縫いつめた紫繻子のふち取りの紅い胴抜きを着て、紫の緞子に緋縮緬の裏を付けた細紐しごきを胸高に結んでいた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
杜若かきつばたべたりととびのたれてける
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
杜若かきつばた、悲しい松明たいまつの強いほのほ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
水は杜若かきつばた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
右から左へ、わずかに瞳を動かすさえ、杜若かきつばた咲く八ツ橋と、月の武蔵野ほどに趣が激変して、浦には白帆のかもめが舞い、沖を黒煙くろけむりの竜がはしる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山吹がもしゃもしゃ茂り、小枝の折れ、落葉など、雑然とかさなりあっている手入れされたことのない庭の隅に、杜若かきつばたがぞっくり揃った芽を出していた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
船楼せんろうをつつむ軍幕とばりには、杜若かきつばたの大紋がはためき、武者囲いの蔭には、銃身や槍の穂先が林立していた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半七はお霜を二階へ連れてあがると、そこは三畳と横六畳のふた間で、座敷の床の間には杜若かきつばたが生けてあった。東向きの縁側の欄干を越えて、雨の大川がけむって見えた。
杜若かきつばたべたりととびのたれてける
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「五月雨の……と心持でも濡れましょう。池のまこもに水まして、いずれが、あやめ杜若かきつばた、さだかにそれと、よし原に、ほど遠からぬ水神へ……」
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むごい主人の手討に逢つて、杜若かきつばたの咲く古池に沈められたお文といふ腰元の魂が、奥方のまへに形をあらはしてその恨みを訴へるといふところで、その幽靈がもの凄く描いてあつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
杜若かきつばたべたりととびのたれてける
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
も桃色にさっと流して、ぼかす手際が鮮彩あざやかです。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若かきつばたは、風呂屋へ進上の祝だろう。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭先には杜若かきつばたの咲いてゐる池があつて、腰元の幽靈はその池の底から浮き出したらしく、髪も着物も酷たらしくれてゐた。幽靈の顔や形は女小兒をおびえさせるほどに物凄く描いてあつた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
杜若かきつばたべたりととびのたれてける
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
伏屋貝ふせやがいかと浜道へこぼれていて、朽ちて崩れた外流そとながしに——見ると、杜若かきつばたの真の瑠璃色るりいろが、濡色に咲いて二三輪。……
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭先には杜若かきつばたの咲いている池があって、腰元の幽霊はその池の底から浮き出したらしく、髪も着物もむごたらしく湿れていた。幽霊の顔や形は女こどもをおびえさせるほどに物凄く描いてあった。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ここには葉ばかりでなく、おくざきか、返り花が、月に咲いたる風情を見よ、と紫の霧を吐いて、杜若かきつばたが二三輪、ぱっと花弁はなびらを向けた。その山のに月が出た。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くるま寂然しんとした夏草塚なつくさづかそばに、小さく見えて待っていた。まだ葉ばかりの菖蒲あやめ杜若かきつばた隈々くまぐまに自然と伸びて、荒れたこの広い境内けいだいは、宛然さながら沼の乾いたのに似ていた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとからの耕地でないあかしには破垣やれがきのまばらに残った水田みずたじっと闇夜に透かすと、鳴くわ、鳴くわ、好きな蛙どもが装上って浮かれて唱う、そこには見えぬ花菖蒲、杜若かきつばた
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつ溝川みぞがわにも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家こいえにさえ、大抵たいてい皆、菖蒲あやめ杜若かきつばたを植えていた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絵のお清書をする時、すずりを洗ってくれて、そしてその晩別れたのは、ちょうど今月じゃありませんか。その時の杜若かきつばたなんざ、もう私、嬰児あかんぼが描いたように思うんですよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)