時雨しぐ)” の例文
霧のやうな小雨がじめ/\と時雨しぐれると、何處からともなく蛙のコロ/\と咽喉を鳴らす聲が聞えて來ると、忽然、圭一郎の眼には
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
今日は時雨しぐれた天気で今もうそろそろ雨戸を閉める刻限ですが、五位鷺の鳴きながら飛んでゆく声が聞えます。そちらでも聞えたわね。
「なんだか時雨しぐれそうでございます」と、お兼は縁側をふきながら薄暗い初冬の空をみあげた。「今晩からお十夜じゅうやでございますね」
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さむいでせう、御氣おきどくさまね。生憎あいにく御天氣おてんき時雨しぐれたもんだから」と御米およね愛想あいそつて、鐵瓶てつびんぎ、昨日きのふのりいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
時雨しぐらんだような薄暗さのなかに、庸三は魂をいちぎられたもののように、うっとりと火鉢ひばちをかかえて卓の前にいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何に驚きてか、垣根の蟲、はたと泣き止みて、空に時雨しぐるゝ落葉る響だにせず。やゝありて瀧口、顏色やはらぎて握りし拳もおのづから緩み、只〻太息といきのみ深し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
半月も過ぎて秋も深まり、百舌鳥もずの鋭いき声が庭園を横切るかと思えば、裏の山の実をいばむ渡り鳥が群れ啼いて空を渡り、時雨しぐれる日が多かった。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
くも時雨しぐれ/\て、終日ひねもす終夜よもすがらつゞくこと二日ふつか三日みつか山陰やまかげちひさなあをつきかげ曉方あけがた、ぱら/\と初霰はつあられ
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
何となく時雨しぐれて来た空の下には、桑畠の間に色づいた柿の葉の枝に残ったのが故郷の秋を語っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夕方から時雨しぐれて来れば、しよげ返る波は、ささの葉にあられがまろぶあのさびしい音を立てる波ではあるが、たとへいつがいつでもの川の流れの基調は、さらさらとひがまず、あせらず
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その四日目は、うすら寒く空は時雨しぐれて、朝靄あさもやの晴れぬうち、いつかしとしとと小雨になった、東の窓はヴェランダにつづいて、蔓薔薇のからんだ欄干の上に、樅の梢が少し見える。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
いや、心に受くるそのいたみにおいては、御許おもとよりも、誰よりも、謙信こそはその重責と傷心に深く自らを鞭打つものだ。ましてや今宵のごとく、戦のあと、いとど寂やかに時雨しぐるる夜などは
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いよよ寒く時雨しぐれ来る田の片明りあとなる雁がまだわたる見ゆ (一一八頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
少しでも距離を大きくすることは、それだけ孤独に近づくことであった。見通しもかないほどひろい原野の夕暮れは、ひとときッと輝いて、あとはたちまち時雨しぐれるようなうす墨であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
もう暮れかけて、ときどきサーッと時雨しぐれてくる。むこう岸はボーッと雨に煙り、折からいっぱいの上潮で、柳の枝の先がずっぷり水にかり、手長蝦だの舟虫がピチャピチャと川面かわもで跳ねる。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
又昨日のやうに時雨しぐれるかと、大阪商人あきんどの寝起の眼を、遠い瓦屋根の向うに誘つたが、さいはひ葉をふるつた柳のこずゑを、煙らせる程の雨もなく、やがて曇りながらもうす明い、もの静な冬の昼になつた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時雨しぐれた時分にはちょうど先方にいたもんだから何んともなかった」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
秋から冬になって時雨しぐれた日もたびたびあった。そのたびたびの時雨にったということも住み馴れた心持にぴったりと当てはまるものだ。び住んで居る静かな人の境涯きょうがいがおのずから描かれておる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
秋霧に立ちおくれぬと聞きしより時雨しぐるる空もいかがとぞ思ふ
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「はあ。一昨日は一日時雨しぐれました」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しの時雨しぐれつる深草ふかぐさ小野をの
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
あやなくも時雨しぐるゝまなこ
小曲二十篇 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
時雨しぐるらむ
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
十一月の末の時雨しぐれかかった空はまた俄かに薄明るくなって、二階の窓の障子に鳥のかげが映った。お浜は長火鉢に炭をつぎながら呟いた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「寒いでしょう、御気の毒さまね。あいにく御天気が時雨しぐれたもんだから」と御米が愛想あいそを云って、鉄瓶てつびんの湯をぎ、昨日きのう煮たのりを溶いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少し空が曇り、北風でも吹くと、元気な文鳥以外のものは、皆声も立てず、止り木の上にじっとかたまって、時雨しぐれる障子のかげを見ているのである。
小鳥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
が、別に可恐おそろしい化方はしませぬで。こんな月の良い晩には、庭で鉢叩はちたたきをして見せる。……時雨しぐれた夜さりは、天保銭てんぽうせん一つ使賃で、豆腐を買いにくと言う。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
節子は弟の一郎を連れて、急に時雨しぐれるかと思うと復た晴れて行くような日に高輪へたずねて来た。その日は節子姉弟きょうだいに取って、谷中から祖母さんや叔父を見に来た最初の時であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
北の国の憂鬱ゆううつな潮の音や、時雨しぐらんだ山のひそみにも似た暗さけわしさで、彼をいらつかせることもあり、現実にはうとい文学少女でありながら、商売女のように、機敏に人を見透かしもするのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
またこれを「時雨しぐるるや」とか何とかいう初め五字を置いて、その次に人が道を歩きつつあるという場合には、冬の初めの寒い時雨の降るような天気の日に人が表を歩きつつあるというわけになって
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と、蕭々しょうしょうとして、白い鉄橋の方へ時雨しぐるるせみのコーラスである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それは七日の宵で、きょうは朝から時雨しぐれかかっている初冬の一日を、市之助は花菱の座敷で飲み明かしているのであった。日が暮れてから半九郎も来た。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蓮の花が咲いたあとには蚊帳かやを畳んで蔵へ入れる。それから蟋蟀こおろぎが鳴く。時雨しぐれる。木枯こがらしが吹く。……謎の女が謎の解決に苦しんでいるうちに世の中は変ってしまう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きのう一昨日はすっかり春めいて暖かであったがきょうは又時雨しぐれている。そして寒い。この部屋はよく日の当る時で五十三四度。今のように寒いと四十六度ばかりです。
いよよ寒く時雨しぐる田の片明りあとなる雁がまだ明る見ゆ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
うち仰ぎ時雨しぐるといひて船出かな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
何となく時雨しぐれて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは半七老人が今この話をしている時と同じような、十一月はじめの時雨しぐれかかった日で、店さきの大きい炉には炭火が紅く燃えていた。半七は店へあがって炉に手をかざした。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
天気がすっかり時雨しぐれて、今にも雪が降りそうだ。お祖母さまが急にかえると仰云る。あんなに金のことを云われては、居るのもいやなので、かえることにする。私はまだ居たかったのに……。
東京へたてにはこの紅が恋しくて、寒い記憶を繰り返すのもいとわず、たびたび過去の節穴を覗いては、長きを、永き日を、あるは時雨しぐるるをゆかしく暮らした。今は——紅もだいぶ遠退とおのいた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時雨しぐるゝを仰げる人の眉目びもくかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
またの夕日に時雨しぐるる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「なんだか時雨しぐれて来そうだな」と、半七は低い大空を見あげながら歩き出した。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今日は大変時雨しぐれた天気であった。
二三子にさんし時雨しぐるる心親しめり
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
半七老人を久し振りでたずねたのは、十一月はじめの時雨しぐれかかった日であった。老人は四谷の初酉はつとりへ行ったと云って、かんざしほどの小さい熊手くまでを持って丁度いま帰って来たところであった。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
時雨しぐるると娘手かざし父仰ぎ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「紋作さん。なんだかいやに時雨しぐれて来ましたね」
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
時雨しぐるゝや四台静かに人力車じんりきしゃ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
石に腰すなわ時雨しぐれ来りけり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)