昂然こうぜん)” の例文
染五郎は昂然こうぜんと応えるのです。天地神明に恥じないといった態度です。一つはお絹を縛ったガラッ八に対する反感もあったでしょう。
そして腕組みをして昂然こうぜんとした態度を作つた。それには不自然なところがあつた。兄はありたけの勇をふるつて弟の瞳ににらみ合つた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そう昂然こうぜんと言って、(——私は昂然たる朝野を、ここで初めて見た。)朝野はポンと、はだけたせた胸を叩き、みずからよろめいた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
が、彼の顔を見ると、彼女は急に唇をゆがめて、さげすむような表情を水々しい眼に浮べたまま、昂然こうぜんと一人先に立って、彼の傍を通り過ぎた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、いよいよ、彼は、昂然こうぜんとして、母親の顔を直視する。母親はなにがなんだかわからない。彼女は、救いを求めるように、人を呼ぶ——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
民心の彼に向うを奈何いかん、とありけるに、昂然こうぜんとして答えて、臣は天道を知る、何ぞ民心を論ぜん、と云いけるほどの豪傑なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
四人が席を立った時、藤尾は傍目わきめも触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然こうぜんとして入口まで出る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三造は、昂然こうぜんとして答えました。しかし、私はこの愚ものの言葉を、俄に信用していいかどうか、判断に苦しまないではいられませんでした。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
瑠璃子が、急いで応接室にけ込んだとき、父はそこに、昂然こうぜんと立っていた。半白の髪が、逆立さかだっているようにさえ見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「その男らしさは剣ややりで腹をつらぬかれているのに、昂然こうぜんたるはじらいのうちに、歯をくいしばったまま、静かに突立っているものなのだ。」
世の嘲笑ちょうしょうや批難に堪えてゆけるだけの確乎かっこたるものはなかったが、どうかすると、彼はよく昂然こうぜんと、しかし、低くつぶやいた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼は昂然こうぜんと語りだした、自分を最も難境に陥らせるかもしれない事柄を、すなわち、兵士らとの喧嘩けんか、自分が受けた追跡、国外への逃亡などを。
マリユスはコゼットと相並んで、かつて瀕死の身体を引きずり上げられたあの階段を、光り輝き昂然こうぜんとして上っていった。
「申上げたとおりです」正四郎は昂然こうぜんと云った、「私の知らない娘ですし、娘のほうでも私を知りません、まったく関係のない人間でございます」
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
病人は多少とも卑屈になり、おどおどした態度を示すものだが、その青年はその気配は微塵みじんも見せなかった。昂然こうぜんとして廊下をまっすぐ歩くのだ。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あだかも燃ゆるがごとき熱望にみち、あたたかい情感にあふれ、あの昂然こうぜんとした独立独歩の足どりで、早くこの戸を明け放てと告げに来る人のように。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど従前から各部署にいる大将連は、昂然こうぜんとして、みな敢えて服さない色を示していた。賀をべてくる者すらない。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしだつて、其樣そんな無鐵砲むてつぽうことはない、この工夫くふうは、大佐閣下たいさかくか仲々なか/\巧妙うまい感心かんしんなすつたんです。』と意氣いき昂然こうぜんとして
椅子によりかかって黙って社員の顔を眺めていられるだけであったが、社員が昂然こうぜんとして得意そうに英語をしゃべれば喋るほど
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
晃 むむ、ごとに見れば星でもわかる……ちょうど丑満うしみつ……そうだろう。(と昂然こうぜんとして鐘を凝視し)山沢、僕はこの鐘をくまいと思う。どうだ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きょうの地で暴民に囲まれた時昂然こうぜんとして孔子の言った「天のいまだ斯文しぶんほろぼさざるや匡人きょうひとそれわれをいかんせんや」が、今は子路にも実に良くわかって来た。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「科学もいい、理詰めもいい、しかしその外にも大事なものがある」紋太夫は昂然こうぜんと云う。「他でもない大和魂やまとだましいよ」
と、やがて立留たちとどまって室内しつない人々ひとびとみまわして昂然こうぜんとしていまにもなに重大じゅうだいなことをわんとするような身構みがまえをする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
エルリングは昂然こうぜんとして戸口を出てくので、己も附いて出た。戸の外で己は握手して覚えず丁寧に礼をした。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
誤解の中にも攻撃の中にも昂然こうぜんと首をもたげて、自分は今の日本に生まれてべき女ではなかったのだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼がウオムスの大会において訊問せられんとするや、人その行を危ぶむ。彼昂然こうぜんとして曰く、「否々我かん、悪魔の数縦令たとい屋上の瓦より三倍多きも何ぞ妨げん」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
五人の友輩ともがら、幾人かの弟子どもを、刀を抜かず打ち倒した雪之丞の、あまりに昂然こうぜんたる意気に、気圧けおされはしたが、退きもならず、勇気を振い起し、髪の毛を逆立てて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
むかし、山田奉行所の白洲の夜焚き火のひかりに、昂然こうぜんと眉をあげた幼い源六郎のおもかげ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
刃を捨て、昂然こうぜんと廻れ右をして立ち去ったのは、ひとり、ランボオだけではなかったか。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
天晴あっぱれ東洋の舞台の大立物おおだてものを任ずる水滸伝的豪傑が寄ってたかって天下を論じ、提調先生昂然こうぜんとして自ら蕭何を以て処るという得意の壇場が髣髴としてこの文字の表に現われておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ある目に見えぬ力に向かっていどみかけでもするように、彼は昂然こうぜんとしてつけ加えた。
意気昂然こうぜんと引き揚げていったので、当然のごとくに伝六がいろめきたちました。
昂然こうぜんうなじをそらして詰所へ出て、昂然と項をそらして詰所から引いていた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
前述べたとおり、わたしは「落胆への賦」を書くつもりではなく、止り木のうえに立った朝の雄鶏のように昂然こうぜんと誇らかに歌うのだ——たとえわたしの隣人たちを目醒ますだけであろうとも。
玄米でも饂飩粉でもよかった、「働く人の食料を分けてもらうのは気の毒」と私が申すと、「働くから上げられるのです」とI君が昂然こうぜんこたえました。これは確に一本参りました。全くです。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、田山白雲が昂然こうぜんとして肯定しながら、言葉をつづけました。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昂然こうぜんとして戦う決意を明らかにした義仲は、さらに語を継いだ。
「おまえに食わせる豆腐とうふはないぞ」とチビ公は昂然こうぜんといった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
手に杯を持たまゝ、昂然こうぜんこうべをあげて大空をながめて居た。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
先生は、丸まっちい肩を昂然こうぜんそびやかすようにしながら
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おしまいにはやがて昂然こうぜんとした調子で
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
歌麿は昂然こうぜんとして居ずまいを正した。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いましめたが、ルターは昂然こうぜんとして
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
陳君は、昂然こうぜんと肩をそびやかした。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
昂然こうぜん泰山木たいさんぼくの花に立つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
昂然こうぜんと嬌坊第一にいた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
次郎は昂然こうぜんとなった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あれども無きがごとくによそおえ。昂然こうぜんとして水準以下に取り扱え。——気がついた男は面目を失うに違ない。これが復讐ふくしゅうである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昂然こうぜんとして顔をあげたのは、ちょっと良い男の浪人者御厩おうまや左門次でした。二十七八、身扮みなりもそんなに悪くはなく、腕っ節も相応にありそうです。
十分ばかり逡巡しゅんじゅんした後、彼は時計をポケットへ収め、ほとんど喧嘩けんかを吹っかけるように昂然こうぜんと粟野さんの机の側へ行った。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)