)” の例文
そしてがっかりくたびれたあしりながら竹早町から同心町の界隈かいわいをあてどもなくうろうろ駆けまわってまた喜久井町に戻って来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は突然湯河の手頸てくびつかんでぐいと肩でドーアを押しながら明るい家の中へり込んだ。電燈に照らされた湯河の顔は真青だった。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
上手かみてから一人の着物の前をはだけてひきるように着た痩せた男が路いっぱいにふらりふらりと大股に左右に揺れて降りてくるのを見た。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
三十前後の顔はそれよりもけたるが、鋭き眼のうちに言われぬ愛敬あいきょうのあるを、客れたるおんなの一人は見つけ出して口々に友のなぶりものとなりぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
花曇りの空がだんだんり落ちて来る。重い雲がかさなり合って、弥生やよいをどんよりと抑えつける。昼はしだいに暗くなる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かう云つて鏡子は姪に頬りをしたが心は寂しかつた。千枝子は口を少しいて小鳥のやうな愛らしい表情をして居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
若黨れがして居ないばかりでなく、傍に居る者に、五月の薫風くんぷうのやうに爽やかさを感じさせるのです。
男は然程さほど注意を惹かないが、ゆきふ女がおいも若きも引る様な広いジユツプ穿いて、腰の下迄ある長い黒の肩掛を一寸ちよつと中から片手で胸の所の合目あはせめつまんで歩くのが目に附く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
にじみ出ると、生活から游離された霊魂が、浮ばれずにさまよつてゐるのではなからうかと思はれて、私は大地の底へでも、引きり入れられるやうに、たゞもう、味気あぢきなく
亡びゆく森 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
これとひとしく、どろんとしつつも血走ったまなこを、白眼勝に仰向いて、赤熊の筒袖の皮れ、毛の落ち、処々ところどころおおいなるまだらをなした蝦蟇がまのごときものの、ぎろぎろとにらむを見たのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東の縁側から逃げ出した七代の乱れたもとどりに、飛鳥のごとく掴みかかった与一は、そのまま飛石とびいしの上をヒョロヒョロと引きられて行った。金剛兵衛こんごうへえを持直すもなく泉水の側まで来た。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「おゝあつえ/\、なんちあつえこつたかな」おつたは前駒まへこま下駄げたつて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「一向寒ぐなぃ。あいなのなは大きくて引きるがらわがんなぃ。」
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
死骸しがいでも引きって帰れると、成功の方かも知れません。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けど、あの娘、随分田舎れがしてゝ仕立て憎いわね。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
閾際を通る時に、細君は長い寝間着のすそをぞろぞろって歩くので、その裾が五度に三度までは必ず瓦斯の栓にさわること。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宜道はふところから例の書物を出して、ページなからして宗助の前へ置いた。それは宗門無尽燈論しゅうもんむじんとうろんと云う書物であった。始めて聞きに出た時、宜道は
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「でも継子くらいは殺し兼ねませんよ。お屋敷れがしてる上に、ヤットウだって知っているし」
疲労の足を引きって、石壁の上に登りついたとき、眼は先ず晶々粲々さんさんとして、碧空に輝きわたる大雪田、海抜三千百八十九米突メートルの高頂から放射して、細胞のような小粒の雪が、半ば結晶し
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一向いっこうさむぐなぃ。兄※のなは大きくて引きるがらわが※なぃ。」
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
やはり子供を安心させたさにられて、喜ぶ顔が見たいために妻とれ合いでむつましい風を装うこともあるのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓から首を出す訳には行かないから、姿をき留める事は出来ないが、だんだん近づいて来る模様だ。からんからんと駒下駄こまげたを引きる音がする。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
入れたものはきっとどろの底に引きんでやろう。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そう云って片手でぱっぱっと煙を吐きながら、もう好い加減屑屋くずやへ売っても惜しくなさそうな旅行れのしたスーツケースを、寝台の上へ一杯にひろげた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小野さんは重い足を引きってまた部屋のなかへ這入はいって来た。坐らずに机の前に立っている。過去の節穴ふしあながすうといて昔の歴史が細長く遠くに見える。暗い。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分が嬉しさの余り、疲れた足をりながら、いそいそ近づいてくると、初さんは奇怪けげんな顔をして
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの時も米吉どんと結婚するようなしないような、若旦那に対しても愛着があるような無いような、曖昧あいまいな態度だったので、つい若旦那も引きられて来たのであるが
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やがて提唱ていしやうはじまつた。宜道ぎだうふところかられい書物しよもつしてページなからして宗助そうすけまへいた。それは宗門しゆうもん無盡むじん燈論とうろん書物しよもつであつた。はじめてきにとき宜道ぎだう
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし私には、此の人の好い、気の弱い両親が、もうすつかり恒川に足元を見られてゐるので、結局彼の望み通りに引きられてしまふことが、分り切つてゐるやうに思へた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は死の恐怖に眼を閉じて一途いちずに性の衝動しょうどうおもむくままに身をまかせた。夫も私の大胆さと無鉄砲さにあきれ、今にどうなるであろうかと案じながらも結局私に引きられて行った。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
光沢つやのある髪で湿しめっぽくし付けられていた空気が、弾力でふくれ上がると、枕の位置が畳の上でちょっと廻った。同時に駱駝らくだ膝掛ひざかけり落ちながら、裏を返して半分はんぶに折れる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして二つの展覧会を見るとくたくたに疲れてしまったが、悦子の懇望で動物園も見ることになり、くたびれた足を引きって簡略に一と廻りして、帰ったのは夕刻六時過ぎであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
第三と知らぬあいだに心変りがしたようなものの、変りつつ進んで来た、心の状態は、うやむやの間に縁を引いて、れ落ちながらも、振り返って、もとの所を慕いつつ押されて行くのである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは丁稚でっちから写真館の主にまでなったのだから、啓ちゃんのような坊々ぼんぼんとは違うだろうけれども、それだけに、そう云っては悪いが、世間れのした狡猾こうかつさを持っているような気がする
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それで歩き出すや否や、少し話もし掛けて見たくらいに、近しい仲となってしまった。これからして考えると、川で死ぬ時は、きっと船頭の一人や二人を引きり込みたくなるに相違ない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貞之助は彼女達のわめき声と廊下をばたばた駈けり廻る音で一睡も出来ず
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとえば椅子の足の折れかかったのに腰をかけて uneasy であるとか、ズボン釣りを忘れたためズボンがり落ちそうで uneasy であるとか、すべて落ちつかぬ様子であります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)