掏摸すり)” の例文
かげ名誉めいよたすかった。もう出発しゅっぱつしましょう。こんな不徳義ふとくぎきわまところに一ぷんだってとどまっていられるものか。掏摸すりども墺探おうたんども
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その開卷に旅客心得として、江湖十二則を掲げてあるが、概して盜賊・放馬おひはぎ欺騙かたり掏摸すり拐騙もちにげ偸換すりかへ等に對する注意に過ぎぬ。
支那人の妥協性と猜疑心 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
盛り場である人がなんの気なしにとった写真に掏摸すり椋鳥むくどりのふところへ手を入れたのがちゃんと写っていたという話を聞いたこともある。
カメラをさげて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いったいその女掏摸すりというのは、どの客であろうかと、銭筥ぜにばこ抽出ひきだしから眼鏡めがねをだして、上がってくるのを一人一人見張っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし人間の注意力などというものは、案外たよりないもので、掏摸すりの眼から見ると、大抵の人間は馬鹿ばかに見えるそうである。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かねて烏啼天駆は、掏摸すりといえども代償を支払うべしとの説をかかげていたのですが、彼はそれを自ら実行しているのですよ。
さればその便利なるだけそれだけ混雑もまた甚だしく警察船の常に往来するにかかはらず、掏摸すり船の災難にかかる者少からず。
四百年後の東京 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
つけられているのは二人の掏摸すりで、これがまた変わった風采ふうさいであった。すなわち一人は女であり、町娘ふうにやつしている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
汽車はあまり混んで居なかつたが、車中の人は、皆な怪訝けげんさうに私をじろ/\と眺めた。私は何となく心がふるへた。皆掏摸すりではないかと思つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
尤も中には、女の手を握らうと思ふ奴だの、掏摸すりだの、それから刑事だのも入り込んでるだらうが、それは何十分の一だ。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
だが、私は押込み強盗や掏摸すり等のいない、異教徒の国に住んでいるので、事実、故郷セーラムの静かな町にいるよりも、遙かに安心していられる。
「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と掏摸すりが云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸ドイツで大和魂の芝居をする」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あら! それを出張っていうの? なかなか洒落しゃれているのね。——でも、小母さん、掏摸すりなんかには、なんかそんなところがあるそうじゃないの?」
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
このとき、三味線堀へ出る韓信橋かんしんばしを、昌平橋しようへいばしから掏摸すりを追っかけて来たいろは屋文次が、息を切らして走っていた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
東京には、面白い掏摸すりが居るなあ。いっぺん盗んどいて、送りかえして来たよ。中を調べてごらん。なに一つ、のうなっとらん。銭も入れたままじゃ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
警察界にほとんど同時に職を奉じた同僚なかまであるが、掏摸すり賭博とばくのほうに明るくて、彼が十余年来、警察署を回らされているのに、ずっと警視庁を動かず
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
「此奴も奇抜な意匠だ。左右少し面相のかわっているのはめすおすの積りなんだろう。君、用心し給え。掏摸すりがいるぜ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
紳士も、淑女も、モガも、モボも、サラリマンも職業婦人も、ブルもプロも、掏摸すりも、巡査も動いてはいけない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此処ここにも朝鮮人を軽蔑して居る内地人の心理があった。と云うのは、思い出した男と云うのは近頃市内を荒し廻っている朝鮮人の掏摸すりの一人なのであった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
まして、繻子しゅすの襟も、前垂まえだれも、無体平生から気に入らない、およそ粋というものを、男は掏摸すり、女は不見転みずてんと心得てる、鯰坊主なまずぼうずの青くげだ、ねえ竹永さん。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掏摸すりのように烈しくあたりの参詣人の目をさぐって、自分に注意しているものがいないということを見極めると、五本の白い蛇のように宙に這うていた指は
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あの娘は盗癖があるかと思っていたがさいわいにそうではないらしい。万引まんびき掏摸すりになられては厄介だが、あのくらいのところで運命が定まればまずいいほうだろう。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
百年前には、夜中短剣がそこから現われてきて人を刺し、また掏摸すりは身が危うくなるとそこに潜み込んだ。森に洞穴どうけつのあるごとく、パリーには下水道があった。
さきに絵草紙を看た時、掏摸すりに奪ひ去られたのである。わたくしは已むことを得ずして家に還り、救を父楊庵に求めた。父はわたくしのために金をつぐのうてくれた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
白墨はくぼくでその辺の壁に矢の印を書いてまわったり、金持らしい通行人を見かけると、自分が掏摸すりにでもなった気で、どこまでもどこまでもそのあとを尾行して見たり
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……掏摸すりなどがよくやる手で、盗んだ財布から金だけ抜きとり、財布のほうはところかまわずそのへんの縁の下へ投げこんで行く。そんな例はザラにあるんです。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
刑事に追われて人混みにまぎれ込もうとする掏摸すりのように。いや、追込みに入った競馬の騎手のように。——あるいはいたずらを見つけられて逃げる子供のように。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
番犬のような吠えつく心、刑事のような探る心、掏摸すりのような狡い心を棄ててしまって、嬰児えいじのような無邪気で快活な心に還ることが私たちには絶対に必要である。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
威勢のよい面構えをした人間もたくさんいたが、これはあらゆる大都会に横行しているあのしゃれた掏摸すりやからに属する連中だということが、私にはたやすくわかった。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
僕にはいつの頃からか、活動館の陳列の写真を見るとき、かれたように見入ってしまう癖がついてしまいました。放心していて掏摸すりたもとを切られたこともあります。
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
驚いた事にはあれが掏摸すりであつたのだ。しかも當局者間では有名な掏摸ださうだ。それで僕等仲間の者には少しの損害も與へ無かつたばかりか、親切ないゝ男であつた。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
六片のものを六シリンはおろか六ポンドにも売りつけるやつがないとは限らない。忘れてはいけない。ここは詐欺と掏摸すりとこそ泥が組織的に横行する権利のある競馬場だからだ。
成程なるほど眼で分かる——さもありそうなことだ。の目、鷹の目、掏摸すりの眼、新聞記者の眼、其様そんな眼から見たら、鈍如どんよりした田舎者の眼は、さぞ馬鹿らしく見えることであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
烱々けいけいとまなこを光らして、ひとり、ふたり、三人とお山同心たちの手に押えられていくしごき掏摸すりの姿と数を見しらべていましたが、そのときはしなくも目に映ったのは
おれは卑しい堕落した煩悩ぼんのうをいだいた卑劣な人間かもしれないが、しかしドミトリイ・カラマゾフは泥棒や、掏摸すりや、掻っ払いには、断じてなり下がるはずがないだろう。
二幕が、もう了りかけた時であった。四十ばかりの女が、自分の背後うしろからもたれかゝるようにした。自分は、その容子を変に思った。自分は掏摸すりではないかと、直覚的に思った。
天の配剤 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
陽子は呆気に取られていたが、この女は三越の店員でも何でもなく、女掏摸すりだったのかと思うと、いくらか安心した。盗んだ人が分れば、もう自分に嫌疑がかかるはずもない。
梟の眼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
彼は掏摸すりの小説を構想した。が、どうも不安なので、掏摸の顔を見たさに、町へ出た。
経験派 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「へへっ、頭は木櫛きぐしばかり、懐中は、びた銭、御倹約令で、掏摸すりは、上ったりでさあ」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そも此の招待券につきては、待つ間の焦心せうしん、得ての歓喜、紛失の恐れ、掏摸すりの心配は、果たして如何なりけん。貧乏人が一万円の札を手に入れたる時の心地ぞ斯くある可しと思ひぬ。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
このごろ汽車の中に掏摸すりが出没していますから皆さま御用心なさい、と叫んだとか、その他、まだまだ面白い逸事があるらしく、お心も高潔のようだし、講義も熱心で含蓄が深いのに
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「実に言語道断の敏捷すばしこい奴じゃ、掏摸すりどもの仲間に相違あるまい、あれあの通り」
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
掏摸すりの留公から桝本が西村の死ぬすぐ前に西村を訪ねたことを訊き出し、桝本を怪しいと睨み、桝本を署へ同行して訊問すると、意外にも桝本の口から、お蝶と舟木とのことを訊き出し
彼女は、そう思いつめて、軽業はわき芸、いつか、掏摸すりを本業にしてしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
掏摸すりが一度、豪勢な身なりをしている男の懐中物をくすねて鼻をあかしてやると、その快味が忘れられず、何回もそれを繰りかえし、かっぱらう。そして、そのことのおもしろ味を享楽する。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
但馬守たじまのかみ流石さすがに、そんな些事さじたいして、一々死刑しけいもちゐることは出來できなかつたが、掏摸すりなぞは從來じうらい犯以上ぱんいじやうでなければ死刑しけいにしなかつたのを、れは二はんあるひことによると初犯しよはんからてて
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
掏摸すりとも見えなければ、不良青年とも見えず、それかと云って、今まで何処かで会ったような記憶もなかった。年のころは三十から四十までと云うことは解っても、確かには判断できなかった。
凍るアラベスク (新字新仮名) / 妹尾アキ夫(著)
いって見れば、田舎者の顔と、掏摸すりの顔とを一緒にしたような顔付だ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
窃盗掏摸すりなどの事件を断ずる場合に、彼は加害者を詰責せずして、かえって被害者を叱り付け、この災害は汝自身の不注意から自ら招いたものであるから、今更誰を怨むべきようもないと罵って
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
戊「ナニあの侍の物を取りに掛ったので、幇間のふり掏摸すりをしたんで」