慚愧ざんき)” の例文
自分も時々こういう傾向を持っている事を自覚して慚愧ざんきに堪えない事がある。思うにこれは数百年来の境遇がしからしめたのであろう。
沖縄人の最大欠点 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
慚愧ざんきの冷汗やら、散々なことでありましたが、それにつけても思うには、男と生まれて、こんな馬鹿気ばかげ真似まねの出来るものではない。
「老先生! 慚愧ざんきにたえません! 事ここに至っては何事も及ばないことですが、羅門塔十郎、今初めて、多年の迷夢がさめました」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
能面に対してこれほど盲目であったことはまことに慚愧ざんきえない次第であるが、しかしそういう感じ方にも意味はあるのである。
能面の様式 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
実に慚愧ざんきに堪へぬ悪徳であつたと、自分の精神に覚醒の鞭撻べんたつを与へて呉れたのは、この奇人の歪める口から迸しつた第一声である。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
幾日か降った雨、それは恋しい、懐しい、春の行くのを泣いた泣いた女の涙であっただろう……私は、その夜後悔と慚愧ざんきもだえた。悶えた。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
二葉亭の交際した或る文人が或る雑誌に頼まれて寄稿した小説がすこぶる意に満たないツマラヌ作であるをしきりに慚愧ざんきしながらも
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
客はたちま慚愧ざんきの体にてかたちを改め、貴嬢願わくはこの書を一覧あれとの事に、何心なにごころなくひらき見れば、思いもよらぬ結婚申し込みの書なりけり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
けれども、その慚愧ざんきの念さえ次第にうすらぎ、この温泉地へ来て、一週間目ぐらいには、もう私はまったくのんきな湯治客になり切っていた。
断崖の錯覚 (新字新仮名) / 太宰治黒木舜平(著)
なんとなく死因に対する、法水の道徳的責任を求めているように思われ、はてはそれが、とめどない慚愧ざんき悔恨かいこんの情に変ってしまうのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうです、夢中だったんです、のぼせあがっていたんです、すっかり気がちがってたんです、今日になってみると、いまさら慚愧ざんきにたえません!
時に依るとかえっていっそう明かになり、わたしをして慚愧ざんきせしめ、わたしをして日々に新たならしめ、同時にまたわたしの勇気と希望を増進する。
些細な事件 (新字新仮名) / 魯迅(著)
ついに非望のげられないことをさとった紀昌の心に、成功したならば決して生じなかったにちがいない道義的慚愧ざんきの念が、この時忽焉こつえんとして湧起わきおこった。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「社員の中には存外不届ものがいる。しかしそれも我輩の精神が部下に徹底していない証拠だと思うと、慚愧ざんきに堪えない。熊野君、君も責任が重いぜ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
平生に似ずことばもしどろで、はじめの気焔きえんが、述懐となり、後悔となり、懺悔ざんげとなり、慚愧ざんきとなり、はて独言ひとりごととなる。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼等が去るの日に於て、我等は今更の如く其人と其働の意味を知り得て、あらためて感謝と慚愧ざんきを感ずるのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ああ成程——」と凡太は当然なことに暫く慚愧ざんきして耳を伏せたが、つらつら思ひめぐらすにこれは当然慚愧するには当らない根拠があると気がついた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
この不始末、若年の其許に申聞け候は汗顔とも慚愧ざんきとも申すべきよう無之これなく、唯々愚しき父を御憫察びんさつのほど願入候。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今もなお往時むかしながらの阿蒙あもうなるに慚愧ざんきの情身をむれば、他を見るにつけこれにすら悲しさ増して言葉も出でず。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今日になってこれをおもえば、そのいずれにも懐しい記憶が残っている。わたくしはそのいずれを思返しても決して慚愧ざんき悔恨かいこんとを感ずるようなことはない。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ことによると、自分の中にもどこかに隠れているらしい日本人固有の一番みじめな弱点を曝露されるような気がして暗闇の中に慚愧ざんき羞恥しゅうちの冷汗を流した。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
慚愧ざんき不安の境涯きょうがいにあってもなお悠々ゆうゆう迫らぬ趣がある。省作は泣いても春雨はるさめの曇りであって雪気ゆきげ時雨しぐれではない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかも両篇とも僕の文に似て居るから慚愧ざんきの至りだ。これにくらぶれば「素人浄瑠璃しろうとじょうるり」などの方遥かに面白し。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
軽忽けいこつに狂喜した我がおろか慚愧ざんきする外はありませぬ——かし其の為に貴嬢の御名をも汚がすが如き結果になりましては、何分我心の不安に堪へませぬので
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
我輩は右の話を聞て余処よその事とは思わず、新日本の一大汚点を摘発せられて慚愧ざんきあたか市朝しちょうむちうたるゝが如し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ある慚愧ざんきの念と、以前の残酷な行為の記憶とが、私にそれを肉体的に虐待しないようにさせたのだ。数週の間、私は打つとか、その他手荒なことはしなかった。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
平馬は締木しめぎにかけられたように固くなってしまった。まだ何が何やらわからない慚愧ざんき、後悔の冷汗が全身に流るるのを、どうする事も出来ないままうなだれた。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
赤くなったり青くなったりして星尾の物語るところは、満更まんざらうそであるとは思えなかった。彼はその変態性欲について大いに慚愧ざんきにたえぬと述べて、汗をふいた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
成仏じょうぶつはさて置いて菩薩ぼさつにもなることの出来ぬのは慚愧ざんきの至りであると思ってまた一つの腰折こしおれが出来ました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
はなはだおそまきの話で慚愧ざんきいたりでありますけれども、事実だからいつわらないところを申し上げるのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十五節—二十節においては友を沙漠の渓川たにがわたとえて、生命をうるおす水を得んとてそこに到る隊客旅くみたびびと(Caravan)を失望慚愧ざんきせしむるものであるとなしておる。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
まことに慚愧ざんきに堪えないが、いざ——をのむ段になると、僕の手は急に硬ばったような気がしたよ。
ある自殺者の手記 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
私は非常な慚愧ざんきを感じて、一も二もなくかぶとをぬいだ。父はそれについて、遂に一言も言わなかった。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
彼は鉄鎚てっついで頭を一つがんとなぐられたような気もちでその手紙を握っていた。彼は一時のいたずら心から処女の一生を犠牲にしたと云う慚愧ざんきと悔恨に閉ざされていた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あるいはなお一るの気息きそくが通っていたのではなかろうか、自分らはそれをたしかめもせず、ただおそろしさのために、人間の本分をおこたった、慚愧ざんきの念が心をかんだ。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
と言って刎起はねおきました。自分が踏台となるべき義務を忘れて寝込んでしまった怠慢を、さすがに慚愧ざんきに堪えないものと見えて、その周章あわて方は尋常ではありませんでした。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此の時代の彼は既に武士ではなくなって、思いは日夜かの不仕合わせな上﨟じょうろう母子の身の上に馳せながら、なお内心に何故とも知れざる自責の念と慚愧ざんきの情とが往来していた。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕は独り机に向い、最も不愉快な思いがして、そぞろ慚愧ざんきの情にむせびそうになったが、全くこの始末をつけてしまうまでは、友人をも訪わず、父の家にも行くまいと決心した。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
後ではまた慚愧ざんきするのだとも思はないでもないのだが、これが私の人に親炙しんしやしたい気持の満たし方であり又、かくすることによつて私は人になつき、人を多少とも解するのである。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
去年のいま頃、このO村でふとしたことから暫く忘れていたこの日記のことを思い出させられて、何とも云えない慚愧ざんきのあまりにこれを焼いてしまおうかと思ったことはあった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
手前事、長年、播州ばんしゅう侯のお名を偽って遊里を徘徊はいかいしたが、まことにもって慚愧ざんきのいたり
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は四十になり五十になつても、よし気が狂つても、頭の中に生きて刻まれてある恋人の家族の前で火鉢をこはした不体裁な失態、本能の底から湧出る慚愧ざんきを葬ることが出来ない。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
畢竟ひっきょう私の微力の致すところである(ノウノウ)。甚だ慚愧ざんきに堪えない(ノウノウ)。
〔憲政本党〕総理退任の辞 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
右の次第、そのもとへ参り候儀、おおかた恥ずかしく、御家族様方を初め御親類衆様方へ対し奉り、女心の慚愧ざんき耐えがたき儀につき、なにぶんにも参上つかまつりかね候よし申しいで候。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分の魂の醜くさをまざまざと眼の前の絵姿の上に見せつけられて後悔慚愧ざんきに身の置き処もなく、まるで死んだもののように俯伏うつぶしているのであったが、ふと誰やらが近付いてくる跫音あしおと
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
屋敷へ戻る途中、喜兵衛は一種の慚愧ざんきと悔恨とに打たれた。世にたぐいなしと思われる名管を手に入れた喜悦と満足とを感じながら、また一面には、今夜の自分の恥かしい行為が悔まれた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は浅草に住んでいる朝野を、私の方からついぞたずねたことがないのに、ふと慚愧ざんきの情を覚えさせられ、言い訳めいたことを言おうとすると、朝野は私に口を開かせまいとしているごとくに
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
後悔と慚愧ざんきとに冷めていた二人の心が、また惹き着けられて行った。家でも寝るときの浅井の姿の、側にいないことが、時々夜更けに目のさめるお増の神経を、一時に苛立いらだたせるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「国歌さへ知らぬ文学者」とは暗にわれらを指したる者か、われら実に国歌を知らず、慚愧ざんきへず。されどわれらをして国歌を知らしめざる者、半ばわれらの罪にして半ば国歌の罪なりと信ず。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
不埓の所業仕候段慚愧ざんきに堪えず候間、重なるわが罪悔悟かいごのしるしに、出家遁世仏門しゅっけとんせいぶつもん帰依きえ致し候条、何とぞ御憐憫ごれんびんを以て、家名家督その他の御計らい、御寛大の御処置に預り度、右謹んで奉願上候。