巾着きんちゃく)” の例文
お庄は見世物小屋の木戸口へ行って、帯のなかから巾着きんちゃくを取り出しながら、弟を呼び込もうとしたが、弟はやはり寄って来なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
当時の将軍家は、十代家治いえはるであった。軽くうなずいて紅錦こうきんふくろをとりだす。いわゆる肌着はだつきのお巾着きんちゃく、守りかぎとともに添えてあるのを
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「這入ろうと思ったら巾着きんちゃくを忘れたのに気がついて、廊下から引き返したんだ。人が巾着でもとりゃしまいし第一それからが失敬さ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大抵たいていな人は財布さいふの底をはたいて、それを爺さんの手にのせてりました。私の乳母ばあや巾着きんちゃくにあるだけのお金をみんな遣ってしまいました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
これは風情じゃ……と居士も、巾着きんちゃくじめの煙草入の口を解いて、葡萄ぶどう栗鼠りす高彫たかぼりした銀煙管ぎせるで、悠暢ゆうちょうとしてうまそうにんでいました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このよく乾いた、清潔な、狭苦しい自分だけの住居すまいに隠れ、彼はうちいっぱいに場所を取り、吝嗇坊けちんぼう巾着きんちゃくみたいに膨れている。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
相対あいむかいて、浪子は美しき巾着きんちゃくを縫いつつ、時々針をとどめて良人おっとかた打ちながめてはみ、風雨の音に耳傾けては静かに思いに沈みており。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
夜になってから、母親は巾着きんちゃくの残りの銭をじゃらじゃら音をさせながら、かたちばかりの年越しをするために町に買い物に行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
巾着きんちゃくも紙入も持っていなかったようです。お勝手口からすぐ来た様子で、素足に水下駄を突っかけて源次に追ったてられて来ましたが——」
女中は、よくある客の戯れと思うかして、「御串談ごじょうだんばかり」と眼で言わせて、帯の間から巾着きんちゃくを取出そうとするお新の様子をじろじろ眺めた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このおとろえた女王の巾着きんちゃく切めいた商売は、ふたたびいまいましく興味索然さくぜんたらしめることに、力をつくしたのであった。
マンは、奥に入ると、桐箪笥を探って、巾着きんちゃくを取りだした。十銭銀貨をひとつ、塵紙のなかにひねりこんだ。玄関に出ると、「煙草銭たばこせんにでも」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
時の将軍様のもちいたにしきのきれはじであり、腰にさげている猩々緋しょうじょうひ巾着きんちゃくは、おなじく将軍火事頭巾ずきんの残りれだという。
米友は、懐中へむんずと手を入れて引出した巾着きんちゃく——それを御丁寧に用意の粗紙につつんで、畑の傍らの小松の上に置き
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ラネーフスカヤ (怖気おじけづいて)持ってらっしゃい……さあ、これを……(巾着きんちゃくの中をさがす)銀貨がないわ。……まあいい、さ、この金貨を……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
馬「着物おめしをお着替なさい、だが箪笥は錠が下りて居ます、鍵はおふくろさんの巾着きんちゃくの中へ入れてありましたがの儘帯へはさんで一緒にずうとお出かけで」
そうかと思うと巾着きんちゃく切りや、ごまのはいなどもまじって行き、艶めかしいは駈け落ち者の、若い美しい男女であろう。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「わしは拾って来たのではない。どうしてあのどうろくがその小判を持っていたのか知らないが、昌平橋のうえでったのだ。巾着きんちゃく切りだよ、わしは」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その中の銀一枚はこれで蕎麦そばをおごろうと御竹さんの帯の間へ。残りは巾着きんちゃくへ、チャラ/\と云うも冬の音なり。
高知がえり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
参太は胴巻と、革の財布さいふ巾着きんちゃくを取り、二十両を胴巻へ入れてまるめ、三両二分を財布、残りを巾着へ入れた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
発明乞食の父親は眼を放心したようにみはっていましたが、やがて雑嚢の中から子供の巾着きんちゃくを取り出し窓框の上へ置き、億劫そうに一つお辞儀をすると立去りました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それで巾着きんちゃくを切ることもあり、仕事の邪魔をした者に復讐的に顔面を傷つけるという話は聴いている。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
取調の結果、犯人は老人を殺して置いて、老人の巾着きんちゃくから鍵を取出し、箪笥たんす抽斗ひきだしをあけ、その中の手提金庫から多額の債券や株券を盗み出したことが分りました。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
物類称呼ぶつるいしょうこ』は百七八十年前の採集であるが、その中には薺を尾張あたりで爺の巾着きんちゃく婆の巾着といい、奥州津軽では雀のダラコというと出ており、前の方は知らず
支那人はこの時大変こわい顔をしましたが、何も知らずに羽子をついている美代子さんのすぐうしろに来て、小さな金襴きんらん巾着きんちゃくをポケットから出してその口を拡げながら
クチマネ (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
のっそりもまた一気性、ひと巾着きんちゃくでわが口らすようなことは好まず、親方まことにありがとうはござりまするが、御親切は頂戴いただいたも同然、これはそちらにお納めを
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
母もとうとう断念したらしく、鏡台きょうだい縁側えんがわに持ち出して私の髪をってくれたり、箪笥たんすの一ばん上の抽斗ひきだしから赤い支那緞子しなどんすきれでつくった巾着きんちゃく細紐ほそひもとを私にくれたりした。
勿論、主人持ちの小僧や、年寄りの巾着きんちゃくなぞは狙わない。彼女が狙ったのは、浅黄裏あさぎうらの、権柄けんぺいなくせにきょろきょろまなこの勤番侍や、乙に気取った町人のふところだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
可愛い男を忍ばしてあるから、巾着きんちゃくの底をはたいてせいぜいの御馳走をしているんだ。おまけに毎月の書き入れにしている月浚いさえも休んでいるというのが、何よりの証拠だ。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は花びらを一つずつ用い草の葉や、草の実をたくみに点景てんけいした。ときにはおびのあいだにはさんでいる小さい巾着きんちゃくから、砂粒すなつぶほどの南京玉なんきんだまを出しそれを花びらのあいだにはいした。
花をうめる (新字新仮名) / 新美南吉(著)
隅々の糸がほつれている色も分らない古巾着きんちゃくを内懐から出して、鍵を入れると
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すると、そこへ女の母親が、寺詣てらまいりでもするらしい巾着きんちゃくをさげて入って来た。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
利助もいつの間にか帰ってる、お町は白粉を利助に渡して自分は手軽に酒の用意をした、見ると大きな巾着きんちゃく茄子を二つ三つ丸ごと焼いて、うまく皮をいたのへ、花鰹はながつおを振って醤油をかけたのさ
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
つまり巾着きんちゃくやその他いろんな贈物を拵えることが挙げられている。
(帯の間から巾着きんちゃくを出して投げてやる)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「この旅包みの側へおいたわしの巾着きんちゃくじゃ。——宿の払いは、胴巻のお金で払い、当座の路銀をその巾着に入れておいたのじゃが」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それが子供のことですから、よくは解りません、——それから、お爺ちゃんの巾着きんちゃく、というような事も言いました」
あたしの祖母がおつまをとって来て、巾着きんちゃくからお金を払い、お其にもやった。八百屋の親たちはしきりにおじぎをした。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その言葉だけでお民にはたくさんだった。来た時と同じように、彼女は鈴の鳴る巾着きんちゃくを和助の腰にさげさせ、それから下女のお徳の背におぶわせた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
敏捷すばやい事……たちま雪崩なだれ込む乗客の真前まんまえに大手を振って、ふわふわと入って来たのは、巾着きんちゃくひだの青い帽子を仰向あおむけにかぶった、膝切ひざきりの洋服扮装いでたちの女で
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かく応答するかと見ると、自分は汚ない巾着きんちゃくを出して、手早く鳥目を幾つか並べると共に、茶屋の大福餅を鷲掴わしづかみにして、むしゃむしゃと頬張りました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こいつおかしいと思ったので、直ぐに後をつけやした。それ私は四尺足らず、三尺八寸という小柄でげしょう。もっとも頭は巾着きんちゃくで、ひらったく云やア福助ふくすけでさあ。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「御隠居が、こんな物をくれたで……。」と、綺麗な巾着きんちゃくを、紙に包んだまま娘の前に出すこともあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ラネーフスカヤ (巾着きんちゃくをのぞいて)昨日はお金ずいぶん沢山あったのに、今日はからっきしないわ。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
中には閻魔えんま巾着きんちゃく、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もう一つの包は、兼ねて乞食の祖父からわたくしの父へ伝えられたと話では聞いていたが始めて見る、丸に鷹の羽のうち違いの紋のついている赤羅紗あかラシャ巾着きんちゃくに、戸籍の謄本でした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
尋常に巾着きんちゃく網や、長瀬ながせ網を引いている奴は、馬鹿みたようなもんで……ヘエ……。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これはずっと以前に主人が伊勢参りをして、それから大和をめぐって途中で手に入れた小石で、巾着きんちゃくに入れて来た故に、その名を巾着石と呼んでいました。(同書。同県千葉郡二宮村)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いちばん可愛い妹の巾着きんちゃくから銭をくすねたり、大事にしている玩具をこわしたりしたもんだ、そうして親に叱られるとうちをとびだし、どっかの物置とか、薪小屋なんぞへもぐり込んで寝て
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その時千代子は巾着きんちゃくのような恰好かっこうをした赤い毛織の足袋たびが廊下を動いて行く影を見つめていた。その足袋のひもの先には丸い房がついていて、それが小いさな足を運ぶたびにぱっぱっと飛んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)